第15話 き、気まずい

 どうしよう。とんでもなく気まずい。

 突然降ってわいた伯父さんは、とても不機嫌そうだ。

 ドカッと座り込んで、じっとこちらを睨んでいる。


 暴れ出して、お爺ちゃんの遺体を傷つけたりしたらどうしよう。

 どこかのアニメで見た織田信長みたいに、御焼香をムンズと掴んで、お爺ちゃんの祭壇にぶつけるとか?

 そんなことしたら、せっかく頑張って進めているお葬式の準備が全部だめになる。


「……親父は……」


 ずっと不機嫌そうに黙っていた伯父さんが、口を開く。


「こっちには一切顔を出さなかった。こんなに近所に住んでいるのにな」


 禄朗伯父さんの家は、近所なんだ。

 それは、子どもとしては、とても寂しいことだったのではないだろうか?

 じゃあ、この人は、お爺ちゃんのことを恨んでいるということだろうか?


「そうなんですか……。お父さんは、時々、懐かしそうねに貴方のことを話していました」


 ケッと、伯父さんが、怒りをこぼす。


「それがどうした。何の意味がある?」


 伯父さんは、嘲笑する。

 事情は知らない。だけれども、子供好きで優しいお爺ちゃんが、我が子を理由もなく放りっぱなしにするとは思えないのだが。


「結局、あのクソ親父は、俺を見捨てた。それだけだ」


 いつか一発殴ってやろうと思っていたのに、勝手に死にやがって。

 伯父さんの言葉は、とても攻撃的だ。


 だが、何というか、お爺ちゃんへの想いなんて物が籠って聞こえるのは、私だけなのだろうか?

 お母さんは、ただ怯えている。

 

 伯父さんにとっては、お母さんは、自分の得るはずだった『お父さんからの愛』を、独り占めにした相手。憎い相手だとしても不思議はない。

 そのことを思って、お母さんは、怯えているのかもしれない。


「禄朗さん……お父さんは……」

「言い訳はいい」

「でも、お父さんは、禄朗さんを気にかけていましたし」

「行動に出なければ、何の意味もないだろう? 爺と婆の家に置き去りにされて、ひたすら帰ってくるはずの親を待っている子の身にもなってみろ。しかも、その親父が、他で家庭を作って、俺とすれ違っても、全く気付かないんだ」


 うわ……それは、傷つく。

 お爺ちゃん、それは駄目だよ。

 きっと、禄朗さんは、ドキドキしてお爺ちゃんとすれ違ったに違いない。

 アニメみたいに一目で『禄朗か?』なんて、気付くことを期待していたかもしれない。それでなくても、少しでも目が合うとかさ……。

 そんなのは、フィクションだと分かっていても、ちょっと期待してしまうじゃない?

 そして、それを裏切られた時の子どもの辛さって、想像しただけで心が締め付けられる。

 でも、私は、お爺ちゃんを信じたい。


「その……伯父さんのお怒りは、もっともだとは思いますが……。どんな事情があったのかは分かりませんが、きっと何かあったと思うんです。お爺ちゃんが、そんな悪い人には、私には思えません! 私が、私がきっとその『事情』を探します。だから、お怒りにならないで、お爺ちゃんを見送ってやって欲しいんです」


 私は、勇気を出して、禄朗伯父さんにそう提案する。

 禄朗伯父さんが、目を丸くして、私を見ている。


「それは、無茶よ……」

「ははっ! 面白い。見つけられる物なら、見つけてみろよ! いいか? もし見つけられなかったら、裁判でも何でもして、ごねてやる! 相続? 葬式? そんなの大騒ぎしてぶっ潰してやる!」


 伯父さんは、怒りのままに、座っていたパイプ椅子を蹴り飛ばして帰っていった。

 これは、大変。

 私、余計なことを言ってしまったのかもしれない。

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