第13話 店主
私は、慌てて家に戻って、自分の机の上のクリップ入れを手に取る。
これ、これが本当に昔お爺ちゃんの言っていたようなそれなりの物だったとしたら、お葬式代の足しにならない?
ひっくり返してクリップをとりのぞいて。
ちょっと洗って布巾で拭えば、緑色の表面は鈍く輝く。
歪んだ上部。そこは釉薬が塗っていないからか、少しざらついた触り心地。
こんな雑な造りのお茶碗。本当に価値があるのだろうか?
だが、お爺ちゃんは、『これは良いものだぞ! やるから、金に困ったら売ればいい!!』と言っていたのだ。
お爺ちゃんのお葬式。どうしても用意したい、お寺へのお布施。
今でしょ! お爺ちゃんの言う『金に困った』時!
売る場所は決まっている。
お爺ちゃんの馴染みの骨董品店。幼馴染だという店主。お爺ちゃんの長年の友達だ。お爺ちゃんの孫である私が売りに来て、そんな買いたたくような真似はしないだろう。
ネットやリサイクルショップで売るより確かだろう。
私は、お茶碗を持って骨董品屋へ走る。
商店街の路地にひっそり営まれている骨董品店。
私には、何がどう良いのか分からない物ばかりが積み上げられている。お爺ちゃんは常々「ここは、いつも良い品しか置いていない」。と、言っていた。
「すみませーん!」
私が声をかけると、中から白髪頭の腰の曲がった老人が出てくる。
「誰? 何?」
ジロリと睨む店主に怯みそうになりながら、私は声を掛ける。
「あの! お茶碗を……売り……たいんですけれども……」
だんだん小さくなる声。決心がぐらつく。
ぶっきらぼうに伸ばされた店主の手に、私はお茶碗を載せる。
「これは……織部の……。あんた、次郎の何?」
怪訝な顔の店主。私が小学生の時にもらった物だ。つまり、この店主は、それほど昔にお爺ちゃんに売ったということを覚えているのだ。
「ま、孫です」
「次郎、これ売って良いって言ってた?」
「それが、お爺ちゃん急に亡くなってしまって。でも、月楽寺さんにお布施を払うのに、どうしてもお金が必要で!」
ふうん。次郎が……。
お茶碗を吟味しながら店主がつぶやく。
店主は、それ以上何も言わずに、お茶碗を持って店の奥へ下がってしまった。
お茶碗を持っていかれてしまっては、退店するわけにもいかずに、そわそわしながら店の前で待つ。
店の柱に付けられた振り子時計が、コツコツコツと大きな音を立てて時を刻む。
出来れば早くしてほしい。ここで駄目なら、次を回らないと駄目だから。
ボーン・ボーン・ボーン……
大きな音が五つ。五時ってことだ。
スマホを見れば、五時五分。少しずれた時計は、私焦りなどお構いなしに時を刻み続ける。
「はい。これ、代金」
厚めの封筒を渡される。
いくらだろう? これだけ厚いのは、千円札で渡されたとか?
封筒を開けようとすると、店主が制止する。
「さっさと帰りな。次郎は寂しがり屋だ」
店主はそう言うと、また部屋の奥へ去っていってしまった。
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