第10話 嵐の予感
「これ、林檎。ちょうどおすそ分けしようと思っていたのよ」
にこやかな真鍋さん。手には、ビニール袋いっぱいの林檎が入っていて、爽やかな香りが漂っている。
「お棺に入れてあげてね……」
ああ、そうか。お棺に入れてということだったんだ。真鍋さんが、お爺ちゃんが亡くなったことを理解できなかったわけではなさそうだ。
良かった。真鍋さんの今後を考えて、ちょっと心配しちゃった。ごにょごにょ。
お棺には、故人の好きだったものや、家族の写真、手紙なんかを入れるのだ。
私も、お爺ちゃんに入れてあげる物を持って行ってあげたらいいのだろうけれども……骨董品は、入れちゃ駄目だよね? きっと燃えずに残ってしまう。靴は……愛用の物が、病院から帰って来た時にすでにいれている。お気に入りの服は?
真鍋さんにお礼を言った後で、私は、お爺ちゃんのクローゼットから、よく着ていたお気に入りのジャケットと取り出して、写真と林檎、ジャケットを持って葬儀社に戻った。
◇◇◇◇
「ああ、良い写真ですね。これならば、合成して遺影に使えます」
野々宮君が褒めてくれる。
野々宮君が、スタッフに写真を渡して、戻ってきた時に、気になっていたことを聞いてみる。
「あの……野々宮君。覚えている? 同じクラスだったの」
私の言葉に、野々宮君の肩がヒクンと揺れる。
「なんだよ。やっぱ覚えていたか」
フウッとため息。そして、ネクタイを緩める。あれ? なんか豹変した?
「ご遺族だと思って敬語使ってたのに。損した」
「いや、ご遺族ではあるから。……まあ、敬語はいらないけれども」
「で? その袋一杯の林檎は何?」
野々宮君が指差した先にあるのは、真鍋さんからもらった林檎。
「ああ、これ? これは、隣の人が持ってきてくれて」
「まさかお前、これ全部お棺に入れようと思っているんじゃないだろうな?」
「え? 駄目?」
「考えてみろ。焼くんだぞ? こんなに大量の林檎をお棺に入れたら、焼き場中に美味しそうな焼き林檎の匂いが広がるぞ」
私は想像する。アップルパイを焼くように焼かれるお爺ちゃんを……。
「わ、やばいかも。でもどうしよう。せっかく隣の人が、お爺ちゃんにお棺に入れて下さいって持ってきてくれたのに」
「そういう時は、一つか二つだけにして、残りは遺族が……て、まさか、葬儀の日程とかを隣の人に話したんじゃないだろうな?」
青ざめる野々宮君。
えっと、うん。話した。説明した。だって、嘘は良くない。
「まじか……」
うなだれる野々宮君。
「どうかしたの?」
「葬儀のプラン変更せざるを得ないかもしれない。て、ほらぁ!!」
葬儀社の入り口で、何やら揉めている声がする。
「あ! 舞ちゃん!!」
手を振るのは、同じマンションのおばさん。ゴミ出しの時に良く顔を合わせる人だ。
「明日も明後日も、用事で来られないからね! ちょっと拝ませていただこうと思って!!」
はい! と、有無を言わさず渡されたのは、香典袋。
おばさんは、お爺ちゃんのお棺にお参りして、さっさと帰っていった。
「まずいな……」
「何? 何がよ?」
私、何かしたのだろうか?
「田舎の年寄りのネットワークなめんな。これ、下手したら葬儀の規模が大幅に変わる」
野々宮君の一言は、私をどん底に突き落とした。
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