第9話 遺影

 お母さんが役所を回っている間に、私は一旦家に帰ってきた。


 お爺ちゃんの遺影に使えそうな写真を探すのだ。アルバム、スマホのデータ、そんな物の中からいい感じの前方を向いた写真を探す。


 あったっけ? そんなの。


 お爺ちゃん、ハニカミ屋で写真が苦手だったから、写真自体が少ないし、撮っていたとしても横向きが多かったはずだ。


 共用の階段を登り玄関の前。


「こんにちは」


 話かけて来たのは、隣の人。お年寄りの多いこのマンション。お爺ちゃんと同世代の一人暮らしのお爺さん。


「次郎さん、今日は句会け?」


 にこやかに声をかけてくる隣人の真鍋さん。次郎は、お爺ちゃんの名前だ。


「あ、いえ……。実は、お爺ちゃんは、今日亡くなってしまって……」


 私は、事情を話す。


「ですから、家族葬で明日通夜をして、明後日は葬儀なんです」


 ちゃんと『家族葬』と伝えた。


「はぇ〜。それは……なんとも……」


 自分と同世代、家も隣り同士で、多少の付き合いがあったお爺ちゃんが亡くなったことにショックを受ける真鍋さん。


 葬儀はどこにするの? 大変だったね。 病院は? なぜ突然そんなことに……。


 色々と聞いてくる真鍋さん。

 ショックを受けたからだということは、分かる。だけれども、そんなに聞かないでほしい。私だって、どうして突然お爺ちゃんが亡くなったのかなんて分からないし、いまだに受け入れられていない。


「あ、あの! 葬儀の準備がありますから!」


 何とか話を切り上げて、私は部屋に逃げ込む。


 誰もいないシンとした部屋。

 お爺ちゃんの食器も靴も服もそのまま置いてある室内。


 考えるな! 止まれば動けなくなる!


 私は自分を鼓舞して写真を探し始める。

 これは、思った以上に辛い仕事。


 アルバムや写真データを見れば、目に飛び込んでくるのは、生きていた頃のお爺ちゃんの姿。

 笑った顔、怒った顔、照れている顔。

 全部大切な思い出だ。

 たとえ、慰安旅行で白塗り女物の着物で踊っている写真であっても、それは紛れもなくお爺ちゃん。

 

 あった。これがいい……。


 見つけたのは、お婆ちゃんと一緒に並んで、写真館で撮った少し若い時の写真。


 やっぱり、お爺ちゃんは、お婆ちゃんの隣にいる時が、一番良い顔している気がする。


 ちゃんとお爺ちゃんを、送り出してあげないと。向こうでお婆ちゃんに会えるように、私とお母さんで、送ってあげるのだ。


 お爺ちゃんが、私達が心配で向こうに行けないなんてことにならないように!


 突然、インターフォンが鳴る。


「はい」

「真鍋です〜。次郎さんに、林檎持ってきました」


 はい? 真鍋さん? 私、言ったよね? お爺ちゃんは亡くなったって。


 真鍋さん……大丈夫?

 

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