第7話 枕経
水晶の河葬儀社は、駅前の路地を少し入ったところにひっそりと立っていた。
線路の脇にあるから、電車が通れば、その音が響く。
葬儀社の看板が立てられた三台分くらいの駐車場の一つに車を停めて、私たちは、おじいちゃんの元へ。
先に到着していたおじいちゃんは、小さな葬儀社の建物の奥にある座敷に安置されている。おじいちゃんの傍には、枕飾りと呼ばれる線香やお菓子なんかが並んでいる。
ようやく、ようやくおじいちゃんとゆっくりお別れができる……そう思っている私に、
「早急に決めなければならないことがありますから、お参りなさったら、すぐにこちらへ」
と、野々宮君が、悪魔の微笑みを浮かべながらのたまわった。こいつ……。
私は、おじいちゃんに手を合わせて、「待っていてね。時間ができたらゆっくりお話するから!」と、祈る。
お母さんだけで決めるには荷が重すぎる決断だらけ。
私は、少し祈って慌てて野々宮君に指示された部屋に向かう。
「菩提寺は……?」
「菩提寺……おばあちゃんが死んだ時はどこだっけ?」
オロオロするお母さん。
「ほら、
近所の小さな寺。確か、年老いた住職がいたはずだ。三年前の法事で見たことがある。あそこには、跡取りの息子がいたはずだが、どうしたんだっけ? ええっと、ロックが好きでライブハウスに出入りして「俺は日本のエリック=クラプトンになる!」と絶叫していた息子……どうしたんだっけ?
「月楽寺さん……では、枕経はあげないかもですね。あそこは、受付けていなかったはずです。通夜と葬儀に来ていただけるだけですね。どうします? どうしても枕経が必要ならば、他の導師様に枕経だけあげてもらうことも可能ですが……ここだけの話、お寺へのお礼は、思った以上に高いです。それだけは、覚悟して下さい」
高いんだ。どのくらいだろう。
「えっと、お値段表っってないんですか?」
私は、おずおずと聞いてみる。
そもそも「枕経」とは? まず調べてみないと分からないような耳慣れない言葉。高いと言われても、どのくらいの値段かも分からない。
スマホで調べてみれば、亡くなったすぐにお経をあげてもらうことらしい。宗派や家々の考えで、省略する場合もあるらしい。
まあ、仏教でなければそもそもお経をあげないんだから、それぞれの考え方で、それが無ければ成仏しないとか、そういうことはないようだ。
えっと、お坊さんがお経をあげに来るのよね? 専門職として、二時間くらいの労働として……五千円くらい? それならば、そんな高いから覚悟しろとは言わないか。
「導師様は、きっと『お気持ちで』とおっしゃってお値段はお教え下さらないでしょうが……。そうですね、枕経だけですと、我々の感覚からいたしますと、一万円から三万円くらいが相場でしょうか……」
野々宮君が、色々言葉を濁しながら相場を教えてくれる。
高っ!! え、高くない? だって、お経を一回あげてもらうだけで? 私の時給の十時間分から三十時間分のお金が飛んでいくの?? 待って、ちょっと怖くなってきた。じゃあ、あのお通夜や葬儀で盛大にお経をあげてもらうには、一体いくらかかるのだろう??
「ま、枕経は……やめとく?」
おずおずとお母さんに提案してみる。
「そ、そうね……。菩提寺で執り行っていないなら、別にそれは……」
お母さんも私と同じようなことを想像したのだろう。
ごめんね、おじいちゃん。真心は込めるから許してね。
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