第58話 姉と妹②

ティナは城へ呼ばれた。


(お兄ちゃん、用事があるって書いてたけど、何だろう)


ライズに呼び出されたティナは、何故かドキドキする心臓に手を当てながら、ライズがいるという中庭へ向かう。


しかし、中庭にいたのはライズではなかった。


「っ、ユティア……」


「……久しぶり」


ユティアは、まるで処刑を待つ罪人のような面持ちでテーブルに座っていた。


ティナは顔が強張った。


ふと、今までユティアから受けた数々の暴行を思い出す。


「お姉ちゃん……」


「何?」


ユティアは椅子から立ち上がり、ティナに近付く。


そして



「ごめんなさい!」



と、頭を下げた。


それを見て、ティナは湧き上がった恐怖を霧散させる。


(そっか、たぶん、お兄ちゃんがセッティングしてくれたんだよね)


優しいライズの事だから、きっとユティアにも優しかったのだと思う。


わざわざユティアに、こうして自ら罪を償う機会を与えるのだから。


そうでなければ……きっと、ユティア1人では、こうして対面で謝罪しようなどと思い至らなかったはずだ。


それを想像して、少しだけ胸がチクッと痛んだ。


ティナは、許したかった。


もしもユティアが心の底から、己の行いを反省して、自ら罪を償おうとしているなら、その行いを肯定したかった。


でも、ただライズに言われたから、とにかく罪の苦しみから逃れたいから、そんな理由だったら、許す訳にはいかない。


「ねぇ、ユティア。

そのごめんって、何に対して?」


ユティアは肩をビクッと震わせて


「……全部よ。

あんたを魔法で操った事、あんたの名誉をズタズタに貶めた事、あんたを殴ったり蹴ったり刺したりした事、犯罪者の濡れ衣を着せた事、あんたを殺そうとした事、全部よ」


自ら罪を語り、それについて謝罪する。


それは、きっと簡単な事ではない。


本気で謝りたいのだろう、と感じた。


「許してくれなんて言えない。

もしもお姉ちゃんがあたしを殴りたいなら、いくらでも殴って良い。

罵ってくれて良いし、いくらでも貶めてくれて構わない」


「ユティア……しないよ、そんな事」


ティナはゆっくり、首を横に振った。


「もし、今ここでユティアを殴ったり罵ったりしたら、私はユティアと同じ罪を犯してしまうから」


「っ!」


「だから、私は何もしない」


「そう……」


「……私ね、さっきまで、あなたが心から謝ってくれたら許したいなって、思ってた」


「え?」


ユティアは心から謝ってくれた。


本当なら、「分かった、許すよ」と言うつもりだった。


しかし


「でもやっぱり、無理みたいなの。

あなたを許したくても、あなたを見るだけで昔の苦しみを思い出すから。

折角謝ってくれたらんだから、昔の事は水に流してまた仲良く一緒にいようって言えたら1番幸せなはずなのに……私、あなたのした事を忘れられないの」


「……そっか」


「でも、だからって永遠にあなたを思い出して苦しみたくはない。

大好きな妹の事をずっと恨みたくない。

昔みたいに手を繋いで笑い会いたい。

だから……いつか、あなたの事を許せる日が来たら、その時は教える。

その時まで、謝罪は保留って事で良いかな?」


「お姉ちゃん……うん、ありがとう……ごめんなさい」


最後、ユティアの声は震えていた。


その瞳には涙が浮かんでいるように見えたけど、ティナはあえて気付かないフリをした。




許されないと分かっていた。


それでも、実際に許せないと言われると、心が痛んだ。


しかし、その心の痛みすら罰なのだろう。


「……一応、感謝しとく」


「気付いてたの?」


中庭に生える木の上から、ライズは飛び降りる。


姉妹の謝罪シーンを見学しよう……なんて趣味の悪い理由ではなく、万が一にもユティアがティナに襲い掛かりでもした時の保険だ。


「ただの勘よ。

……あんたがいなかったら、直接なんて謝ってなかったと思うから。

ま、あんたはあたしの為じゃなくて、ティナの為に協力してくれたんだろうけど」


「そりゃね、ティナの事は可愛い妹みたいに思ってるから」


「ふん、でしょうね、あんたはあたしの事嫌いだもの」


勘違いなどしていない。


ライズのお陰でこうして謝罪する事が出来た。


その結果は痛みと苦しみのあるものだったけど、それでも、少しだけ自分と向き合えた気がした。


臆病で怖がりで、痛みや苦しみから逃れる事しか考えられなかった昔より、ちょっとだけマシになれた気がした。


それならば、たとえティナの為だったとしても、この結果を与えてくれたライズにはお礼を言うべきだと、ユティアは思っていた。


「……確かにね。君の事は嫌いだし、被害者のティナよりも加害者の君を気遣うなんてありえないでしょ?」


(やっぱりね)


分かっていた答えだった。


しかし、分かっていたのに心がチクッと痛んだ。


「……でも」


「ん?」



「自分の罪を認めて心から謝れる人間は、敬意を払って良い人間だと思うから。

今の君は、前ほど嫌いじゃないよ」



ほんの微かだが、ライズは小さく微笑みながら、そう言った。


途端、ユティアはドクッと心臓が高鳴った。


「っと、ティナにもちゃんと会わないと。

じゃ、私はもう行くから」


ライズは城の中へ去って行く。


ユティアは呆然と、そこに立っていた。


(な、何よ、今まで、嫌いって言ってたくせに……。

嫌いじゃないとか……)


別に変な事を言われた訳じゃない。


そのはずなのに、今さっきの笑顔がなぜか脳裏を離れず、ユティアは己の顔が微かに赤らんでいる事にも気付かなかった。




それが、謝罪という罰よりも比べ物にならない罰の始まりだった事にも、この時は気付かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る