第55話 エヴァンエテル家に行こう➁

「ここに、大魔女ベテルの遺した日記があります。

そこには、確かに大魔女ベテルと王神ゼオの関係を伺わせる記述がありました」


エヴァンエテル卿は2人に古びた日記帳を差し出した。


レオンはそれを手に取り、中を覗く。


「『5月2日、晴れの日。

退屈な日々だった。

毎日毎日、結婚しろと強請る親、頭の硬い研究者は私の魔法など認めようともしない、くだらない社交パーティに建前だらけの腹の探り合い、退屈でつまらない。

そう思っていたけど、あの暗殺者がやって来たお陰で、少しだけマシになった。

暗殺者なんて珍しくもないけど、私の魔法をいなすあの技術は目を見張る。

明日も来るだろうか。

暗殺者相手だと遠慮なしに魔法の試し打ちが出来るので良い。

ふふっ、あの男は優男の見た目に反して丈夫だったので、良い実験台になりそうだ』

……だって」


「いや、どんな反応をしろと……?」


ライズは日記の内容に何とも言えない感情を抱いた。


「おそらく、それがベテルとゼオの馴れ初めでしょうな」


「想像以上に色気のない馴れ初めだったけどね」


レオンは言いながら、最後の方のページを捲る。


「『ゼオは、私生活がダメダメだった。

私も人の事は言えないけど、ゼオはそれに輪を掛けて酷い。

掃除もしないし洗濯もしない、部屋着はヨレヨレのシャツだし食事なんて携帯食で済ませようとする。

特に、アクアニアスやウィンディが家事を覚えるとそれが顕著になった。

まぁ、私も家事は全部娘に丸投げしてるし、人の事は言えないんだけど。

そういえば、実は最近妊娠した。

これで6人目だ。

ゼオを驚かせたいのでまだ知らせてはいない。

妊娠も6回目になると驚きが減る。

初めて生理になった時はビックリしたけどなんども経験すると慣れちゃうし。

というわけで、私としては何かとひっきりのレクリエーションで驚かせたいけど、何が良いか……。

う〜む、アクアニアスとアストナに相談しようか。

あの2人は性格的にサプライズをバラす事がないので、こういう時頼りになる』」


「この段階だと、すでにゼオとは結婚していたみたいですね」


ライズは言う。


「しかも、かなり平凡な生活家庭に思えるな。

この状態だと、なぜゼオが王神となって国を憎むようになったのか分からない。

ベテルが何らかの理由で死んだから、か?」


そこで、ライズはふと思い出した。


アクアニアスもアナトスも、ゼオが王神となった詳しい理由は語っていなかった。


それにも関わらず、リースレットは「ゼオは妻が死んだ事で闇堕ちした」と断言していたのだ。


ゼオの妻が死んだかは、あの段階では不明だったのに。


(でも、なんでリースレットはそんな撹乱させるような事を……?)


「いえ、ベテルは20年近く放浪の旅という名の行方不明から帰って、後年のほとんどを屋敷で暮らしています。

たまに外へ出る事もあったようですが、彼女は表面上、誰かの妻となった記録はなく、独身のまま往生しました」 


(つまり、ベテルの死が王神誕生の要因とは考えられないって事か。

そもそもなんでベテルは、ゼオと別れたんだろう。

そこにゼオが王神となる理由があるって事?)


「うぅん、この日記だけじゃ分からないね。

他にはなかったの?」


「あるにはあるのですが、どれもこれも出会いから夫婦生活の間までしか書かれていないんです。

その後の記述はベテルにとって不都合があったのか、一切発見出来ず……」


「1番知りたいところが分からない……か。

まぁ、良い。

その発見出来た日記だけでも、うちで預からせてもらう事は出来るかな?」


「もちろんです。

倉庫に保管しているので用意いたしましょう。

それまではレオン様とライズ様ものんびりとして頂ければと思います。

うちにはリースの馬鹿娘だけでなく、ルージュもいます。

歳も近いですし、話も合うかと」


(あ、これお見合いだ)


ライズはすぐに悟った。


せっかく王太子がやって来るなら、ついでに娘とも交流を持たせておけ、という考えだろう。


「ルージュリカ嬢か……そうだな、顔馴染みだし、挨拶ぐらいして行きたいかもしれない。

今頃だとどこに?」


「おそらくは裏庭にいるかと。

晴れの午後は外で紅茶を嗜むのが趣味でしてな」


「へぇ、僕も紅茶は好きだよ、気が合いそうだ」


「それはそれは、良かったです」


2人はその後、二言三言言葉を交わし、この場は一時解散となった。


「ルージュリカ様ですか……そういえば、私は顔知りませんね」


「おや、そうだったのかい?

リースレットは知っているのに?」


「巡り合わせの悪さもありますけど、ルージュリカ様は確か12歳から国外留学していたはずですので。

その影響もあると思います」


「なるほどな……まぁ、仮に見ていたとしても、それ以上にインパクトの強いリースレットがいるしね、それも仕方ないか」


そもそも、王国暗部の人間と言えど有力貴族全員の護衛や監視を経験するなんて不可能だ。


ライズにとってその相手がルージュリカだっただけに過ぎない。


「まぁ、彼女はリースレットと違ってまともな人だから。

そこは安心してよ」


「それは助かります」


サラッとリースレットに対して失礼な事を言い、2人は裏庭へ向かう事にした。

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