第51話 偽物聖女の償い

報告会が終わり解散となった後、ライズは己の自室へ戻って来た。


裾の長い緩いシャツでベッドに寝転がるのは至福の一時だった。


普段、仕事に真面目で優等生タイプのライズであるが、その私生活は割とだらしない。


休日などは二度寝もするし、食事もカップ麺で済ませてしまいがちだ。


普段、命懸けの戦場に立っているからこそ、そうした無為な時間が余計に心地良く感じる。


(とはいえ、しばらくはそれも無理そうだけど)


今後は、次のダンジョンへ向けて修行しなければならない。


父や寿……最終手段として、騎士団長に教えを請う事も考えなければならない。


(はぁ、冷静に考えると、たかが暗殺者が王国救おうとするとかとんでもないよなぁ。

レオン様ならまだしも)


もちろん、己が王族の血を引いている事は知識的には理解している。


レオンの事も兄慕っているし、国王の事も思っている。


しかし、それは所詮は「」なのだ。


兄のように感じていても根本的にレオンは敬愛する王太子であり、国王は国王でしかない。


彼らと己が対等だとは、ライズは微塵も感じられなかった。


(まぁ、王家の血って言っても捨てられているし、継承権があるわけでもない。

対等でないのは当たり前か)


ライズはふと、ベッドから起き上がる。


なんとなく夜風に当たりたい気分となって、軽く着替えてから中庭へ向かう事にした。




中庭へ来ると、先客がいた。


「ユティア……」


「あら、ライズ、あんたも飲む?」


ベンチに腰掛けていたユティアは薄着のネグリジェの上から申し訳程度に寝巻きを羽織るという、かなり寒々しい格好をしていた。


そしてその手には一升瓶。


「……どこから持って来たの?それ」


「ん?厨房の調理酒かっぱらった」


「王族の城で窃盗とか良い度胸だね?」


「ハッ、多少罪が増えたところで今のあたしに恐れるものなんてないしね」


グイッと酒を煽り、プハァと息を吐く。


見た目は美少女なのに中身は完璧な親父だった。


「んで、飲む?」


「いらないよ、ってかそれ間接キスなるけど?」


「あ、平気、ここにもう1本あるし」


と、背中に隠していたもう1本を見せびらかす。


「はぁ、酒飲みながら夜空見上げるとか贅沢ねぇ。

ずっとダンジョンにいたからなおさらそう感じるわ。

冷たいはずの風すら心地良く感じるの」


背もたれにもたれ掛かり、夜空を見上げるユティア。


ライズはその横に座った。


「何?美少女と相席したくなった?」


「いや、単にここしかベンチがなかったから座っただけ」


「あっそ」


ライズは夜空を見上げる。


確かに、風を感じながら夜空を見上げるというのはダンジョンでは出来ない行為だ。


贅沢に感じるのも分かる気がした。


「……恐れるものがないっていうのは、嘘だよね?」


「は?何よ、いきなり」


「何も恐れず、全てに開き直るなら、ティナを避ける必要もない」


ユティアは身体を強張らせる。


身体を背もたれから起こし、ライズを睨む。


「あたしが、お姉ちゃんを避けてるって?」


「そうでしょ?

偽聖女って国中にバレて、罪人としてダンプロに落とされて、君は開き直ったけど、でもティナに関してだけは振り切れてないんじゃない?

そうじゃなきゃ、あの子を避ける理由にならない」


ユティアはライズの視線から目を逸らした。


それから一升瓶を煽った後


「そりゃあ、避けるに決まってるでしょ?

あたしはお姉ちゃんを貶めて、お姉ちゃんはあたしを断罪した。

こんな確執があって、普通に接するなんて無理でしょ」


「そりゃあね。

でも、今の君なら理解してるよね?

自分がティナに、どれだけ酷い事をしたのかって」


ユティアは何も答えなかった。


「君は断罪された。

でも、それは法的なもので強制されただけで、君自身は何1つ償っていない」


それは、幼い子供でも分かる簡単過ぎる道理だった。



「だって……君は、まだ一度だってティナに謝ってないんだから」



ユティアは何も言わない。


ただ、視線を逸らして酒を飲むペースを上げるだけ。


やがて


「……今更、あたしが何て言えっての?

ごめんなさい、許してください、心から反省しています……。

心の中なら、何度だって言える。

でも、どれもこれも薄っぺらい。

そんな薄っぺらい言葉を今更伝えて、どうするの?無意味じゃない。

謝ったって、あたしのした事は消えないのに。

ただ、この9年間の間違いを自分で認めるだけ。

そこに意味がある?自己満じゃないの」


「それは違うと思う」


ライズは即答した。


「そうやって、謝罪の価値を自分で決める方が私は自分勝手だと思う。

少なくとも、悪い事をしたら謝るのは当然だよ。

それで許す許さないは相手の自由。

謝罪の価値を決めるのも相手の自由。

そして、その気持ちを受け取るまでが、謝る人の義務だと私は思う」


「義務……」


「本気で、悪い事をしたと自覚しているならね。

謝罪って、許してもらう為にするんじゃない。

自ら罪の裁きを受ける意思を示すものだと思うから」


ユティアは何を思ったのか、ベンチを立ち上がる。


「戻るわ」


「夜酒は飽きたの?」


「ちょっと、考えたい事が出来ただけよ。

その酒はあんたにあげるわ」


「いや、その前に調理場へ返そうよ」


ライズのツッコミは無視し、ユティアは客室の方へ向かって行った。


ベンチには、ライズと飲まれ損ねた一升瓶だけがある。


(全く……謝罪どうこう以前に、こういうところで細かい罪重ねないで欲しいんだけどなぁ)


ライズは呆れながら、一升瓶を調理場へ返して来ようと決めるのだった。

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