第48話 その時には止めるから

「随分、あっさり認めるんだね」


「やろうと思えば殺せる状況で見逃されたんだ、ここで認められんほど矜持を失ってはいない」


寿の傷はユティアに治させた。


しかし、また暴れられたくもないので麻痺付与の魔法もついでに掛けたという。


闇魔法には毒や麻痺を対象に付与する応用魔法もあるらしく、ライズは後々教わっておこうと決めた。


「だが、なぜ俺を殺さなかった?

わざわざ一騎打ちまでして、何が望みだ?」


「殺さなかった理由は、殺す必要がなかったから。

殺さなければ殺されるまで追い詰められれば私も考えるけど、今回はそうじゃなかった」


「暗殺者のくせに、甘い事だな」


「私は、必要のある殺ししかしないんだよ。

人を殺めて喜ぶ化け物にだけはなりたくないから」


「ふん、化け物な、なるほど」


寿は自嘲する。


確かに、自分は化け物だな、とでも言うように。


「一騎打ちしたのは、そうじゃなきゃ君は納得しなかっただろうって事と、勝てる見込みがあったから。

そうじゃなきゃ私だってこんな無茶はしない」


「納得……?」



「私には君を止める力があるって、証明をしたかったんだ」



寿は目を見開く。


暗い闇に覆われた瞳が、微かに揺れる。


「私、君と同じになった知り合いがいるから。

その人も、人を殺し過ぎて心を病んで、バーサーカーと化した」


「バーサーカー……狂戦士か。

俺の国では、修羅と呼ばれた」


「優しい人だったよ、暗殺者なんて不向きなぐらい。

でも、才能があって、どんな難しい任務も熟してみせた。

同僚はそんな彼を尊敬してたし、私も尊敬していたよ。

でも、最後にはただの殺戮人形になったんだ。

そして、私達で彼を殺す事になった」


「……」


「まともな人間が異常な世界に紛れ込んだら、心を壊すか自分も異常者になるしかなくなるんだ。

でも、彼がバーサーカーになったのは、彼がまともな心と才能を持ってたからじゃない。

誰も、頼れる人がいなかったからなんだよ」


「誰も……?」


「だって、あの人は本当に優秀だったから。

誰もあの人に追い付けなくて、だからあの人は自分だけで過酷な任務に何度も挑まなきゃいけなかった。

弱音を吐こうとしても、自分を尊敬してくれる人たちに心配を掛けられる人じゃなかった。

だから溜め込んだ。

自分が少しずつ狂っている事に気付いても助けを求められなくて、取り返しが付かなくなるまで狂ってしまったんだよ」


「それは……」


俺のようだ、と、寿は声にならないような声で、口の中で言った。


「でも、君はあの人ほどまで狂ったわけじゃないと思う。

本当にバーサーカーになったら、人格を意図的に乖離させてまで殺しを止めようなんて思えなくなるから。

だから……今ならまだ、止められると思った。

君が戦いたくて仕方ないなら……殺し合いをしたくて止められないなら……私にはそれを受け止められるって」


寿は目を見開いた。


「何故だ。

俺とお前に接点などないに等しいのに、なぜそんな事が出来る?」


「人を助けたい気持ちに理由なんていらない……なんて言えれば主人公らしくて格好良いんだろうけどね。

生憎、ただの同情だよ。

昔の先輩と重なった。

だから、手を差し出したくなった」


我ながら偽善的だと、ライズは思った。


「まぁ、今の私じゃ君と一騎打ちなんて出来る実力はないけどね。

今さっきだって、条件が良かったから一騎打ちなんて挑めたんだよ」


「条件?」



「だって君、空腹だろう?」



途端、場の空気も読まないギュルルル……という音が寿の腹から響いた。


「結局、君は一度も休憩所に戻らなかった……という事は、キャラバンで食料も補充出来なかったはずだからね。

というか、むしろどうやってここまで食いつないだの?」


「……土トカゲを食べた」


「砂を食べてると思う程不味かったんじゃないの?」


「吐き気がするほど不味かったが、それ以外に食えるものがなかったんだ」


苦虫を噛むような表情を浮かべる寿に、ライズは同情した。


「今の私には君を止めるなんてないけれど。

それでも、君が堕ちていく自分を止めたいと願うなら、私はその助けになりたいって思う。

君を、1人孤独にはさせないから」


「それは……まるで、愛の告白だな」


「っっっ!ち、違うから!これはあくまで、戦いたくなったら私が相手をするとか、そういう意味!

他意はない!」


ライズは赤面して否定した。


寿は、クツクツと笑う。


その瞳の靄は、少しだけ晴れて見えた。


「ならば、我は楽しみにしよう、貴様が真の好敵手となる日を。

貴様が俺の衝動を抑えてくれるというのなら、あっちの俺も本望だろうからな」


と、そこで瞳の靄は晴れる。


そこにいたのはライズの知る寿で


「期待しているでござるよ?」


そう言った。

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