第47話 侍少女は戦を求める

39階層


土色の光を滲ませた通路を進めば、そこには水の迷宮と同様の光景があった。


「またもや、拙者の一番乗りでござるな」


寿は扉の前に座り込む。


(……なぜ、拙者はここまで来たのでござろうな)


ライズに本性を知られた以上、寿の恩赦はまずなくなっただろう。


それでも寿はここまで来た。


無意味であるはずなのに。


(まるで、これでは、罪を重ねたがっているようでござる)


寿は母国では、元々侍としてとある豪族に仕えていた。


その地域は戦争地帯であり、寿は毎日のように戦漬けだった。


最初は血塗れの過酷な戦場に吐いたし、生き残るだけで精一杯だった。


しかし、何時いつからだろうか。


侍は人を斬る存在なれど、大義を重んずる存在でなければいけない。


主の願いを叶える為、弱き民を守る為、不当に人を苦しめる悪漢を退治する為……その為の、刃だった筈なのに。


寿は、気付けば戦いそのものを求めてしまっていた。


ただ、戦をしたい、強者と戦いたい、この刀を血で塗らし、刹那の一時を楽しみたい。


そればかりを考えるようになっていた。


戦に浸かり過ぎた人間は、時としてその環境に適応する為、人格すら作り変える事すらある。


寿は己がただの最悪なる人斬りへ変わってしまったと、自覚してしまった。


寿はそれでも、そんな本心を抑える為、普段は善良で、親しみやすい少女を演じる事にした。


殺意と闘争心の本心は胸の奥に封じた。


しかし、その本心は、少し怪我をするだけで溢れてしまう。


痛みを感じるだけで、本来の己を抑えきれなくなる。


それは戦場に立つ身では致命的だった。


敵だけではなく、味方すら斬り殺した事もある。


逃げ遅れた平民に刃を振るってしまった事もある。


抑えようとして、抑えられなくて、抑えようとして、抑えられなくて……何度も何度も、繰り返した。


それを主に咎められ、国にいられなくなり、王国フランへとやって来た。


しかし王国でも同じ事。


血と戦に飢えた心は、いつだって人を斬る事を望んでいるのだ。


(拙者は……ライズ殿達と、戦いたいのだろうな)


ライズ達は絶対にここへ来る。


そこで立ち塞がれば、ライズ達は戦わざるを得ないはずだ。


(どれだけ取り繕おうとも、人斬りが改心など、出来るはずもなかったので……ござろうな)


諦めの心に、自分で自分に失望する。


寿は、自ら腕を小さく斬った。


その痛みに、意識が深く沈んでいく。


戦いたい、殺したいと、本能が叫ぶ。


やがて、それしか考える事は出来なくなった。







ライズ達が39階層へ着くと、そこには寿がいた。


「む、何やら様子がおかしいな」


アリスティアが真っ先に足を止める。


「あぁ……殺気を隠すつもりもないらしいね」


ライズがナイフを手にした途端、寿は一直線に突進してきた。


「っ!?」


咄嗟に、しゃがみ込む。


直後には刀の一閃がさっきライズの首があった場所を通り過ぎる。


「ウィンドバースト!」


「白鳥の舞」


風の魔法と魔法がぶつかり合う。


互いに弾かれ、改めて距離が出来た。


「いきなり襲ってくるなんて、どういうつもり?寿」


「……ふん、どうやら、貴様は少しは楽しめそうだな」


見た目は寿のはずなのに、寿とは全く違う口調で話し出す。


ライズは、寿の目に暗い闇が纏わりついているのを感じた。


「俺は、侍も騎士も冒険者も魔術師も殺して来たが、忍だけは戦った事がない。

内密には違うが……ライズ・リーディット、貴様とはずっと、殺し合ってみたかった」


「ちょ、ことちゃん、キャラ変わり過ぎじゃね?」


リースレットが引き気味に言う。


「ふん、元より俺はこっちが地だ。

それを、あっちの俺が押し込めてるだけで」


「あっちの?

あ、もしかして二重人格ってやつじゃない?」


ユティアがクイズに答えるように推測する。


「ふん、厳密には違うと思うが……まぁ、似たようなものだな。

俺は人斬りだ、人を斬り、命を賭けて殺し合う事だけを望む。

だが、それを素直に実行するにはかつての俺は人の心を持ち過ぎた。

理性と本能……そうしたものが乖離し、今の俺の形となった。

……それだけだ」


「り、理性と本能が乖離って……そんな事、あるの?」


ユティアがライズへ尋ねるが、ライズは答えられず寿から視線を逸らせなかった。


一瞬でも隙を見せれば殺される。


(人格の乖離……なんて聞いたことない、でも似たような人は、見た事ある)


暗殺者でもいるのだ、まともな精神の人間が殺戮に身を浸し過ぎた結果、人格に影響が出る場合が。


その場合、廃人や狂人のようになり精神を完全に壊してしまう場合と、バーサーカーに至る場合がある。


バーサーカーとは狂戦士と呼ばれ、戦や殺しをし過ぎた結果、逆に戦や殺しを求めずにはいられない精神状態へ至った者だ。


ライズの知り合いにも、1人バーサーカーとなってしまった者がいる。


すでに討伐されているが、元々優しい青年だった為にショックも大きかった。


(でも、本当にバーサーカーになったらそれはただの殺戮人形だ。

多少でも抑えられてるって事は、寿はまだその領域まで墜ちたわけでじゃない)


「……アリスティア、他の皆も、手出しはしないで、彼女は私がどうにかする」


「なっ!?だが、奴は強敵だぞ!?」


「それでも、ここで止めないと不味い。

それに、彼女のスピードについていけるのは私だけだから」


寿は先程、風属性の魔法を使っていた。


迫って来た時の素早さもかなりのものだったし、おそらくはライズと同様、風魔法で速度強化をしているのだろう。


「ふん、俺は全員で掛かってこられても構わないが?」


「生憎、私一人で充分だよ。

それに、すぐに終わる」


「ほざくか……!」


寿は間合いを一気に詰めに来た。


ライズは刃を躱し、ナイフを振り上げるが刀で弾かれる。


足払いを掛けるがジャンプで躱され、


「鷹の舞!」


突きの連撃を風魔法に乗せて繰り出す。


それをライズは風魔法で強引に己の身体を横へ飛ばす事で回避、ナイフを投擲するが、それも呆気なく躱された。


即座に予備のナイフを取り出すが、自ら寿の間合いへ入る事はしない。


(素早さはまだ良いとして……攻撃力と技量については寿が上だろうな)


ライズはそう結論付けた。


ソロでダンジョン攻略出来る能力があるというのは伊達ではない。


すでにライズは破れていただろう。


その後も、2人は何度も打ち合う。


傍目には互角……しかし、ライズは寿の攻撃を完璧に躱さなければ大ダメージになるのに対し、寿はそうではない。


攻撃力の差もあり、鍔迫り合いとなれば寿が押し勝ってしまう。


必然、攻撃回数は圧倒的に寿が多いのに、ライズは攻撃よりも回避に手間取られる事が多くなった。


やがて、ライズのナイフが宙を舞った。


「ふん、終わりか。

だが、まぁまぁ楽しめた」


そう言って、ライズの無防備となった首筋目掛けて刀を振るう。


しかし、それは叶わなかった。



寿の背後の影から伸びた漆黒の刃が、寿の胸元を貫いたからだ。



「ダークソード!」


ライズは己の手に漆黒のナイフを作り出すと、動揺して僅かな隙の出来た寿の腕を斬り裂き、蹴り飛ばして刀を遠くへ放った。


そして、寿の首筋へナイフを突き出す。


「私の勝ち、それで良いよね?」


尋ねはするものの、ライズは有無を言わせるつもりなんてなかった。


その時には、残りの腕と、足も斬るだけだから。


それを悟ったのか、寿は


「……ふん」


ライズへ向けた殺気は、ほんの少しだけ薄らいだ。


そして、胸を貫く刃が消えるとその場に倒れ込むのだった。

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