第41話 真壁寿の本性

13階層


強くなる魔物に、行進ペースも落ちて来た……と感じていると、ライズ達は通路の先から見知った人物がやって来るのを目撃した。


「あ、寿!」


ライズが呼び掛けると、寿は顔を明るめた。


「ややっ、ライズ殿達ではないでござるか……!

まさか追い付かれてしまうとは……拙者も修練が足りないでござるな」


「いや、むしろソロでパーティ並のペースを保ってる寿がおかしいんだからね?

でも、こっちは逆方向だけど?」


「実は、キャラバンへ食料を買い込もうと思っていたのでござる。

ここの迷宮は岩系ばかりで食料になりそうな魔物がいないのが辛いところでござるな」


(道理で水の迷宮にいた時は休憩所で見かけないと思ったら……)


「ってか、魔物って食えるの?」


ユティアが怪訝な表情を浮かべる。


「ものによるかな。

基本的には、獣系や魚系……植物系で、毒を持たない魔物なら食べられる事も多いよ。

解毒魔法を持っていれば尚安全だけど」


「はっはっ、拙者は解毒魔法など持っておらんでござるからなぁ。

何度か腹下して三日三晩、ダンジョンに漏らした事もあるでござるよ!」


「わざわざ言わなくて良いから!

これ国営放送してるよ!?」


「ハッ、そうでござった、今のはカットで!」


(しないだろうなぁ)


一応生放送に近い形で放映しているとはいえ、あまりにも極端なグロエロはモザイクや表現をぼかす作業をしている。


逆に言えば、そのレベルでなければ国はありのままを放送する。


「あ、でもトカゲなら食べられるんじゃない!?

あたし昔、サラマンダーのステーキ食べた事あるし!」


しかし寿は首を横に振った。


「拙者も考えたでござる。

でもダメだったでござるよ。

土トカゲ、体内に砂がこびりついてて、どんな調理をしても砂を食ってる味しかしないのでござる!

何なら、ただの砂でござる!」


「うわぁ……」


「水の迷宮でも水トカゲはいたでござる……こちらは食えたでござるが味は非常に薄く、水っぽく、常時なら絶対に食いたくないでござる」


(……もしかして、サラマンダー以外のトカゲが不人気なのって、食べられないから?)


「というわけで、事前に用意した食料も尽きた故、一旦帰還しようかと」


「ん、分かった、戻りとはいえ、気を付けてね」


「気遣い感謝いたす」


寿はライズ達の側を通り過ぎようとする。


途端、ライズは寿の腕を掴んでいた。


それは何の確証もない……しかし、暗殺者としての勘が脳裏で小さな警鐘を鳴らしたのだ。


汚れがない、血の臭いがない……長くダンジョンに籠もっていたにしては、彼女は小綺麗だった。


もちろん、水魔法さえ使えれば最低限洗う事は出来るだろう。


それでも、彼女は綺麗過ぎる気がした。


魔物か、稀に遭遇する無法者しかいないダンジョンで必要以上に身体を綺麗にする意味はないはずなのに。


まるで……そこまで綺麗にしなければならない理由があったのでは、と


(ただの邪推であれば良いんだ、でも……)


「ねぇ、寿。

ちょっと聞きたい言葉あるんだけど」


「む、何でござるか?」



「いくら正当防衛とはいえ、人を4人も殺すのは良くないと思うんだよね。

ほら、恩赦に影響しちゃうから」



「っ!?」


寿は大きく顔色を変え、ライズの手を振り解いて後方へ飛んだ。


(あぁ……ただの鎌掛けだったのにな……ビンゴか)


「え?は?どゆこと?」


状況を読み込めないユティアに


「つまり、5階層のパーティを殺した犯人って事だよん、ユティちゃん」


リースレットが教える。


「……拙者は、自己防衛のつもりであった。

貴重な素材を手に入れ、そこを襲われた故に」


寿はそう反論する。


「確かに、状況的にはそう思う。

でも、過剰防衛ではあったと思う」


「なぜ、過剰だと……?」


「仮に実力が逼迫ひっぱくした中で相手を殺したならまだ、問題はない。

正当防衛になる。

でも、相手の抵抗も許さず、首を斬り落とせるような人が、逃げる事さえ出来なかったとは思えない」


所詮は犯罪者の巣窟だし、犯罪者同士の殺し合いが始まってもおかしくはない。

しかし、監視役の目に止まる以上、その行為も犯罪行為としてはカウントされるのだ。


恩赦からは、圧倒的に遠のく。


(まぁ、元々高難易度ダンジョン行きになる罪人に恩赦が渡される可能性は低いけど)


今のところ、高難易度ダンジョンへ行かされて恩赦を貰えたのは元々、恩赦枠に入っていたライズとアリスティア、完全無罪だったティナだけだ。


しかしそれはあえて口にしない。


そもそも、恩赦どうこうの話以前に、ライズは心が冷えるのを感じた。


「私も暗殺者だし、人殺しだ、なんて咎める資格はないと思ってる。

過剰防衛とはいえ、君は襲われたんだから、正当性が全くないわけじゃない。

それでも……殺す必要のない人の命を無駄に奪った君を、私は軽蔑する」


「っっっ!」


こんな事を言って何になる、とライズは思った。


ライズと寿の関係などただの知り合いだ。


そんな人間に軽蔑している、なんて言われても何ら堪えはしないだろう。


しかし、ライズの予想に反して寿は目を見開いていた。


「あ…、あぁ……あ……」


唇を震わせ、肩を抱き締める。


「ちが……拙者は……そんな……あ、あ……」


寿はライズ達に背を向けると、逃げるように奥へ向かって行った。


「ちょ、え!?逃げちゃったわよ!?

追いかける?」


「いや、それは良いだろう、わざわざ追いかけて、戦闘にでもなれば面倒だしな」


アリスティアが、慌てるユティアを宥める。


「どうせ、いずれ会うしな。

休憩所へ引き返すにしても、奥の階層へ向かうとしても……。

近いうちに、また再会するであろう」


アリスティアの言葉は予言でもなんでもなく、確信のあるものだった。


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