第30話 悪夢を晴らす聖女の光

ナイトメアは声なき声を上げると、手に持った鎌を振るった。


「ティナ!」


鎌の矛先に立つティナをライズは咄嗟に魔法で移動して押し倒す。


その頭上を鎌が過ぎった。


ホールの脇に設置された花瓶に当たると、中に活けてある花が一瞬にして枯れる。


「ファイアランス!」


背後でレオンが呪文を唱える。


炎の槍はナイトメアに当たるが、その半透明の巨体を通り過ぎるのみだった。


「ぐっ、こちらの攻撃は通用しないのに相手の攻撃は一度でも喰らえばアウト……か。

かなり高位のアンデット系モンスターらしいね」


「ナイトメア、こいつらを皆殺しにしなさい!」


ユティアはナイトメアへ命令し、ホールを去ろうとする。


その手首を、神殿から共に来たはずの神官が掴んだ。


「は?何よ、離しなさいよ!」


「悪いが、それは出来んな。

お主にはここで、罰を受ける義務がある」


神官は帽子を脱ぎ去る。


「アリスティア・ミスティロード……なんで、そんな格好を……!」


「当然、お主を誘い出す為だ。

個人的には神官服ではなくシスター服を着たかったのだが……まぁ、それは良い。

お主はここで年貢の納め時だ。

これ以上、お主が罪を重ねる事は叶わぬし、虚実に塗れた栄光を積み重ねる事もない。

全ては、本物の聖女によって打ち払われるのだからな」



「ジャッジメントバースト!」



ティナの凛とした声がホールに響く。


視界いっぱいに広がる光の奔流の中、ナイトメアは苦しみに藻掻きながら、その姿を消して行った。


「なっ……!」


光が晴れれば、今にも倒れそうになっているティナをライズが支えている。


「これで、終止符だな」


アリスティアの言葉は耳元を通り過ぎ、ユティアはその場に座り込むしか出来なかった。




「それで、どうするつもりだい、聖女様?

君は、この偽りの聖女にどんな罰を求める?」


レオンが尋ねてくる。


ティナは首を横に振り


「私は、聖女なんかじゃないです。

聖女は、妹をここまで苦しめたりはしない……きっと、もっと上手に助けられたはずだから」


「己を貶めた者にすらそこまでの情けを掛けられるなら、やはり君は聖女だろう」


ティナは、茫然自失と項垂うなだれる妹を見下ろした。


そんな姿に、「ざまぁ見ろ」なんて囁く心の声に嫌悪した。


(やっぱり、私は聖女じゃない。

私の心はこんなに薄汚れているのに)


「ユティアの事……皆さんは死刑にすべきだって思うんですよね?」


「あぁ、聖女を騙るなど、重罪だからな」とレオンは言い


「人の人生を滅茶苦茶にして、殺そうとまでしてきたんだ。同情は出来ないよ」とライズは言う。


「でも、それって少し、厳しく見すぎだと思うんです」


ライズとレオンは目を見開く。


その表情は似ていて、こんな時であるにも関わらず、本当に2人は双子なんだな……などと感じる。


「だって、ユティアは、聖女としての仕事自体は真面目にしてたんですよ?

国にだって、ユティアに助けられた人はたくさんいると思います。

ユティアは聖女じゃないかもしれない。

でも、聖女って言われて良いぐらいには頑張って来たと思うんです」


ユティアは俯いた顔を少しだけ上げる。


「そう考えればユティアの罪って、私を虐めて、殺そうとした事ぐらいなんですよね」


「いや、ぐらいって……」


「それならこの場で死刑にしなきゃいけないレベルじゃないんじゃないかなって」


「っ、ちょ、ティナ、それは……」


ライズが止めようとする。


しかしティナはそれを振り切り



「だから、ユティアには、ダンジョン攻略の命じるぐらいがちょうど良いんじゃないかなって思います」



「ダンジョン攻略……ってもしかして彼女をダンプロに参加させるのかい?」


レオンの言葉にティナは頷いた。


「はい、ユティアなら可愛いし、プロジェクトの趣旨からも外れないですよね?」


趣旨……美少女犯罪者だけを集めてダンジョン攻略させて配信しよう、などというアホなものだ。


「まぁ、確かに……それなら充分重い罰にもなるね……分かった、なら、彼女の罪はダンプロへの参加という事にしよう。

ユティア・ヒーリンレイス、それで良いかな?

まぁ、拒否権はないけど」


「……勝手にしなさいよ、殺されるわけじゃないなら、どうだって良いわ」


思いの外ユティアはあっさりと了承した。


その後、部屋の外で待機していたのだろう騎士達が入って来て、ユティアを連行していった。




偽りの聖女と偽りの悪役令嬢の物語は、こうして一幕を終えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る