第27話 悪役令嬢は王子様を夢に見て

深夜、神殿にて


神殿には形式上、牢屋というものはない。


人を裁き、法に掛けるのは司法や王族の役割であり、宗教とは人を導き、正しい道を示すものなのだから。


しかし、それは形式上だけの話である。


実際の神殿は、過去に何度も異端者という名目で人を罰しているし、そうした者達を囚える部屋も存在する。


神殿の3階にある客室には、魔法陣が、敷かれていた。


外部からの魔法を受け付けない代わり、内部からも魔法が使えなくなる。


入口には鍵が掛けられ、窓を覗けば遠い地面と、協会の庭を元気に走り回るホワイトバード(鳴くとめっちゃうるさい)。


神殿は水の張った堀と柵に囲まれ、入口である門以外に出口はない。


実質的な牢屋である。


おまけにティナの首には魔力封じの首輪があり、たとえ外へ出られたとしても魔法には頼れない。


(えっと、何か紐みたいなもの……それに、武器とか……)


それでも、ティナは脱獄を諦めてはいなかった。


脱出出来なければ殺されると分かっていたからだ。


一度、実家の牢屋に閉じ込めて、出て来たと思ったら国民全体の前でユティアを偽りの聖女だと言ったようなものなのだ。


おそらく、2度目はユティアも容赦しないはずだ。


と、ベッドの毛布を引き剥がそうとした時、部屋の鍵が開いた。


ビクッとなり、ティナはとっさに床に正座する。


部屋へ入って来た人物は


「……何してんの?」


「えっと……お、お座り?」


純白のローブに、シンプルでありながら地味過ぎないワンピース。


ザ・聖女スタイルで現れたのは妹であるユティアだった。


「ふん、何?もしかしてここから逃げ出そうとか無駄な算段でも立ててた?

お姉ちゃんって、ほんっと往生際悪いよね。

生き意地の汚いところ、悪女っぽい」


「ユティア……お願い、私をここから出して!

私はあなたを貶める気はない!

ここを出たら、すぐに国外まで行って、ユティアの迷惑にならないようにする!

だから……」


「はぁ〜、ほんっと、お姉ちゃんって馬鹿だよね?

なんにも分かってない」


「え……?」


ユティアはティナへ近付くと、髪の毛をグシャッと掴んだ。


「いたっ!?止めて!」


しかしユティアはティナを強引に立ち上がらせ、そばのベッドに押し倒した。


「遠い所に行かれたって意味ないのよ!

あんたが生きてるだけで、あたしは恐怖に怯えてビクビクしながら暮らさなきゃいけない!

あんたに生きられたら、あたしは永遠に偽りの聖女なのよ!

いつか断罪される存在にしかなれないの!」


「ゆ、ユティア……?何を……?」


「あんたは外国に行ってせせこましく暮らせれば良いとでも思ってるんでしょうけど、そうはならないわよ。

断言する。あんたはいずれ、どこぞの偉い奴にでも才能を見込まれて、国を救うような偉業を成し遂げて、そして聖女として崇められる。

そうなれば私はあんたと比べられて、断言されるわ。

ユティア・ヒーリンレイスは偽りの聖女であるってね」


「そ、そんな事は……」


「妄想だって、馬鹿にする気?

でもね、あんたはそれだけの力がある。

あたしは……あんたと比べられたら、勝てないの。

だから、比べられる前にあんたを排除するしかないのよ!」


ギッ、と髪を掴む力が強まる。


ティナが顔を歪めても、緩めはしない。


「今だって、疑われてんのよ?

まだ、半信半疑みたいだけど……。

本当の聖女はあんたなんじゃないかって。

だから、あんたは生きてるだけで危険なのよ!

あんたが生きてたらあたしは安心出来ないのよ!

だから死ね!」


「ユティア……」


「本当なら、ここであんたを殴って蹴り飛ばして目玉くり抜いて両手両足の骨を折ってやりたい……でも、ここは魔法が使えないから、ヒールで証拠を隠滅する事も出来ない。

残念な事にね」


ユティアは髪から手を離す。


「次、会うときは処刑場よ。

せめてもの情けとして、執行人には、苦しませずに即死させてあげてって、お願いしてあげる」


ユティアは部屋を出た。


「ユティア……」


ティナは身体を起こし、再度鍵のかかった扉をみつめた。


(ごめんね、でも、私だって死にたくないよ)


ティナは毛布を手に取り、窓へ向かおうとする。


と、天井からコンコンコン、とノックが聞こえた。


「ひゃっ!?」


驚いている間に天井の板が外れ、そこから



「ティナ、大丈夫?」



「お兄ちゃん!?」


軍服にも似た、黒尽くめの服を着込んだその少年は飛び降りてきた。


影に潜むのに最適とされた格好を身に纏う少年は、しかし桃色がかった金髪と中性的な美貌が相まって、影の者としては目立ちすぎる気がした。


「なんでここに!?」


「君が連れ去られたってレオン様から聞いて。

このままじゃ聖女を貶めた罪で処刑されるのは目に見えてたしね」


「私を心配して……?」


頷くライズに、ティナは瞳を揺らして


「でも、どうして?

お兄ちゃんは、私の事、疑ってたはずでしょ?

なのに、どうして……?」


「……確かに、私は君を疑っていた。

信じられる根拠はなかったし、聖女を殺そうとした人間を信じるなんて自分でもおかしいと思った。

それでも、信じたいって思ったんだ。

ダンジョンを共に歩んだ君は、偽物じゃないって。

それに、今私のする事も決まった」


ライズはそう行って、ティナをお姫様抱っこした。


「ひぇぁ!?」


「まずはここから逃げようか」


「い、いや、逃げるって、ここ3階だし、鳥さんいるし、どうやって……」


ティナは顔を真っ赤にし、動揺しながら尋ねる。


「安心してよ、こちとら元・王国暗部だよ?

この程度の包囲網も抜けられない程度じゃ、お義父さんに殺されるからね」


ライズは部屋の窓を足蹴にして壊す。


夜の闇に紛れ、冷たい風が吹き付けた。


「怖かったら、目閉じた方がいいよ?」



そして、ライズは跳躍した。



「ウィンドムーブ」


空気を蹴り、闇夜を翔ける。


その姿は羽がないのに空を飛んでいるようにも見えた。


ティナは、目を閉じる事が出来なかった。


怖すぎて目を閉じる余裕すらなかったわけではない。


むしろ、その姿を目に焼き付けたいと思ったから。


闇夜に舞うその金の髪が……真っ直ぐに前を見据えるその瞳が……美しいと思ったから。


(あれ?なんだろ、心臓が……ドキッてする)


その気持ちの名前を、今はまだ、知らなかった。

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