第26話 お役御免の暗殺者

「はぁ、仕事探さないとなぁ」


難航した就活生、もしくは現状に危機を抱くニートのような事を言い出し、ライズはベッドに寝転がった。


元々王国暗部であったライズは、しかし仕事でのミスにより、大衆の前で顔を晒すなんて事をやらかしてしまった。


その上で、ダンジョンガールズプロジェクトなんてふざけた企画にも参加して、カメラで国営放送している最中さいちゅうに実は王家の血筋を引いているなんてスキャンダラスなカミングアウトをされたのだ。


……こんなアホみたいに目立って今更王国暗部が務まるわけもない。


しかし、国全体で暗殺者だと認知された中でどこの企業が雇ってくれるというのやら。


そんな事を考えてライズは


「海外飛ぼうかなぁ」


王国の為に働けなくなるのは思うところもあるが、身バレした暗殺者なんて何の価値もない。


いっそ海外に飛んで冒険者にでもなろうか。


割と本気でそんな事を考えていると



トントントン、バッ!



「ライズ!大変だ!」


ノックの意味なく入って来たレオンに、ライズは驚く。


今のライズの姿はトランクスにTシャツという、部屋着過ぎるぐらいに部屋着なスタイルなのだ。


とても王族に見せられるものじゃない。


ちなみに、Tシャツの丈が長いお陰で傍から見るとワンピースを着ているようにも見えなくないこの部屋着姿は、レオンのお気に入りだったりする。


「ティナシア嬢が、神殿に連れ去られた!」


「えっ!?」




談話室にて、ライズとアリスティア、そしてレオンの3人が集う。


「それで、ティナが連れ去られたってどういう事ですか?」


「あぁ……朝方、神殿の騎士達がこぞってやって来たんだ。

ティナシア・ヒーリンレイスを寄越せ、奴には聖女の名誉を毀損した罪があるって」


「ふむ、神殿はいつからそこまで偉くなった?

たとえティナシアに非があるとして、それを審査し、裁くのは国の役目であろう?」


「そうだ、だが、聖女の案件だけは違う。

そもそも神殿っていうのは、実質的な他国家扱いなんだよ。

治外法権みたいな感じかな。

基本、国の政治には干渉しないけれど、教義に深く関わる場合は別。

神殿の権限の方が強くなる。

神殿にとって、聖女っていうのは神が産み落とした聖なる存在だからね。

その聖女を貶める存在は、自らにとっての敵になるんだ。

無理に国で干渉すれば、教徒全体を敵に回すのと同じ。

だから、王家でもノーと言う事は出来なかった」


ライズは胃の中に冷たく重いものが溜まる感覚を覚えた。


聖女を貶めた悪女が裁きを受ける……それは当然の事なのに、当然と受け止められない自分がいる。


(いや、そもそも私は、ティナを……悪女だなんて、本当に思ってるのかな……?)


ティナの訴えた、ユティアが偽りの聖女であるという話は、まだ証拠も何も出ていない、ティナが訴えただけのものなのだ。


悪女であるティナと、聖女であるユティアなら、ユティアを信じるべきだと分かっている。


それでも、ライズは思う。



「私は……ティナを信じたいです」



レオンとアリスティアが目を向けてくる。


「信じられる根拠なんて何もないし、聖女様よりも聖女様を殺そうとした悪女を信じるなんて、おかしいって自分でも思います。

でも、私はティナが無実だって信じたいです」


ダンジョンで彼女と触れ合い、言葉を交わし、共に過ごした。


その答えがこれだった。


呆れられるだろう、と思ったら、レオンは「ふむ、君はそう思うか」と頷いて


「アリスティア、君はどう思う?」


「我も同意だ。

信じるなどというのは、思考放棄の都合の良い言い訳だ。

しかし、我もライズと同様……

信じたいという願いは、相手を知りたいという行為にも繋がると、我は思っている」


「なるほどな……警戒心の強い君らにそこまで言わせるなんて、ティナシア嬢が本物の聖女である、っていう話も現実味が出てくるね」


レオンは2人を見回して


「なら、君達は好きに動けば良い。

この件、王家は関与しない事にするよ」


ライズとアリスティアは顔を見合わせる。


「あの、それって……」


「幸い、君達はもう自由だ。

ライズはうちの暗部ではなくなったし、アリスティアも恩赦によってうちに幽閉される理由もなくなった。

つまり、君達がどう動いても王家は何の関係もない」


とんでもない詭弁だった。


「逆に言えば、君達がどんなヘマをしても僕らは助けてあげられない。

たとえ、聖女を騙る悪女に与した罪で殺されようとしても、僕は見殺しにするしかない」


それでも良いかい、と尋ねてくるレオンに、ライズの答えは決まっていた。


「はい、当然です。

というか、もしそんな状況になってレオン様に飛び出されては、それこそ悪夢ですよ。

王国唯一の王太子の自覚を持ってください」


「君も僕の双子なのだけど?」


「形だけでしょう?

今更王族の血筋です、なんて言われても王子になれるわけでもないですし、なれと言われても困ります。

所詮、僕は暗殺と諜報しか取り柄のない元暗部ですので」


「そうか……」


レオンはどこか、寂しげに頷いた。


「僕は協力出来ない。

でも、君の……君達の信じる者が無実であると、祈っているよ」




そして、ライズ達はティナシア救出へ乗り出す事となった。

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