第18話 聖女ユティアの独白
「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない……」
ユティアはその光景に、身体を抱いた。
神殿の一室……聖女の為に充てがわれた、一見清貧を重んずるシンプルな部屋。
しかし、見る者が見れば、そこが王室の部屋と遜色ないほど高価な家具で埋め尽くされている事に気付くだろう。
「何なのよ……何なのよこいつは……!
あれだけ叩きのめしたのに……!あれだけ痛めつけたのに……!
あんたは、まだ這い上がってくるつもりなの!?」
部屋に設置されたテレビに、ユティアは枕を投げつける。
今さっき、そのテレビには己の姉が、ドラゴンという強大な敵を前に光の上級魔法を発現させ、倒してしまうという光景が映っていた。
「クソっ、こんな事なら殺せば良かった……!
なんでよ!貧弱なガリガリ女のくせに!
なんで死なないのよ!」
思い出すのは3年前の叙任式。
己を殺すように仕向け、聖女を殺しかけた悪女としてティナは処刑されそうになった。
それを止めたのはユティアだ。
とてつもない罪を犯した悪女すらも許す心の深い聖女を演じたかった。
憎くて憎くてたまらない姉を二度と虐められないのが耐えられなかった。
その結果がこれだ。
罪人達が見世物となりながらダンジョンを攻略する、なんとも残酷で滑稽なプロジェクト。
何の攻撃手段もない、貧弱な姉なんてすぐに死ぬと思ったのに。
あろう事か、姉はその回復魔法と補助魔法の能力の高さを思う存分発揮し、自分らと同じ罪人共の人望まで集め、己が習得に苦労した光魔法を容易に習得してしまった。
「このままじゃダメ、絶対……」
ユティアにとって、姉は妬みと恐怖の対象だった。
ヒーリンレイス家は他家と比べても厳しい家系で、ティナとユティアは物心付く頃からあれこれ比べられていた。
その頃にはティナの方が優秀で、家族にも使用人にも愛されていた。
ユティアには見向きもしなかった。
幼ながら、ユティアは怖くなった。
いずれ、大きくなったら自分は捨てられるのではないかと……。
その恐怖が決定的になったのは、自分が怪我をした時、ティナが回復魔法を発現させてしまった時だ。
ヒーリンレイス家は過去に聖女と呼ばれる、優れた光と癒しの使い手を排出している。
ティナには、その才能があった。
幼かったユティアはその恐ろしさに気付いてしまった。
もしもティナが聖女として認められてしまえば、いよいよ自分は捨てられてしまうから。
だから、ユティアは禁術に手を出した。
幸い、ティナに対して彼女は闇の適正がとてつもなく高かった。
実家の倉庫に眠っていた禁書を手にした瞬間、姉を支配させる魔法を習得してしまうぐらいには。
彼女はそれを、ありったけの魔力を込めて使った。
小さな子供が強引に使うものだから完璧な形ではなく、ユティアは魔力だけでなく寿命まで削る事となったが後悔はしていない。
そのお陰で、姉を排斥して己は聖女となれたのだから。
しかしその立場は、揺らいでいた。
もしも、姉こそが己よりも優秀だと判断されたら?
本当に聖女に相応しいのはユティアではなくティナだと知れたら?
「嫌、ダメ、そんな……!」
ユティアは己の身体を抱き締める。
もしもそんな事実が明らかになれば、それこそ自分は殺されるだろう。
姉を貶めて聖女を騙った悪女として、罵倒され、嬲られ、痛みと苦しみの中、民衆の見る前で殺されるだろう。
「絶対、そんな事させない……。
今度こそ、殺してあげるから……お姉ちゃん……」
呟く言葉は闇に消え、ユティアは己を抱き締め続けるのだった。
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