第15話 悪役聖女様?

その日の休憩室では、悪役令嬢ティナシアの格安保健室が開業されていた。


「はい、もう治りましたよ。

疲れまでは取れませんので、ゆっくり休んでくださいね」


「おぉ……!キングライオンに食われてもうダメかと思った腕が……!」


「ティナちゃんありがとう!めっちゃ助かるわ!」


「ティナちゃん、毎度悪いね、ほれこれ飴玉」


「わぁ!ありがとうございます!」


「ところでティナちゃん、今日の夜ちょっとうちの部屋で寝な……」


「おい!あいつバイセクシャルビーストのロッシャナだぞ!」


「お前ら取り押さえろ!

あたいらのティナちゃんに指一本触れさせるな!」


「「「おぉ!」」」



「って、繁盛し過ぎじゃない!?」


休憩室の端で、いちごジュース片手に休憩中のライズはツッコまずにはいられなかった。


まぁ、原因は分かる。


ティナが、ダンジョンの攻略中に知り合い、負傷していた冒険犯罪者達を片っ端から治療して回ったからだ。


しかもボッタクリをする事すらもなく、善意120%でそんな事をするものだから、いつの間にか冒険犯罪者達の間ではティナの事が有名になり、他のどのパーティを不意打ちしても、ティナのチームだけは襲わないという不文律まで出来たとか。


それに目を付けたリースレットが小遣い稼ぎに「診療所でも開いたら儲かるんじゃね?」なんて言い出し、実際、休憩室で格安治療を実施したところ、かなり客が来た。


「ふん、あんなの偽善のくせに、悪役聖女様が」


流し場で食器洗いをしていたミカが鼻で嗤う。


制約魔法によって殺人や窃盗が禁止されたオレンジ髪の3人組は、現在は他の冒険犯罪者の身の回りの世話をする立場に収まっている。

今まで窃盗を繰り返していた事実が他の冒険犯罪者に知れ渡った彼女らは、最初こそ殺されかけるような目に遭ったものの、ティナが説得した事と、休憩室における労働の一切を請け負ってくれるという事で受け入れられた。

今ではブラック企業の社畜並に扱き使われる日々である。


「って、悪役聖女?」


「そう、聖女を殺そうとした悪役令嬢が聖女の真似事なんてしてるから」


(聖女……な、確かにそんな感じだな)


聖女殺人未遂なんてとんでもない前科さえなければ、ライズも素直に頷けただろう。


(信じられるなら、信じたいけど……)


ライズは、自分の中のティナに対する不信感が段々と小さくなっている事に気づいていた。


それでも、信じられないのだ。


ティナの優しさや善意を信じるということは、聖女ユティアを疑う事に等しいのだから。


(いっそ、ユティア様がティナを貶めた証拠でも出れば良いのに)


なんて考えて、首を降る。


そんなもの、出るわけもないのだ。


ユティアはその光魔法の才能と回復魔法の才能によって見初められ、聖女と認定された。


しかし、国民が彼女を聖女と謳うのはその能力だけでなく、優しく前向きな、その人柄があったからこそだ。


そんなユティアが姉を貶めていたなどと、考えられるわけもない。


昔、レオンに薦められて読んだ恋愛小説で言えばヒロインを疑って悪役を信じるようなものだ。


(……そういえば、ティナって、なぜか属性魔法は使えないんだな)


回復魔法や補助魔法に比べ、属性魔法は難易度が低い。


必ずしも属性魔法を覚えなければ回復魔法や補助魔法が使えないわけではないが、本来ならそこへ辿り着くまでの過程で何かしらの属性魔法を習得するものだ。


やがて客が引いた、というタイミングで、ライズはティナを呼び出した。


「ティナ、ちょっと来て」


「どうしたの、お姉ちゃん」


「ティナって、属性魔法は使えないの?」


「ほぇ?う、うん、その……覚えてないから」


「覚えてない?」


「覚える前に、乗っ取られちゃったから。

回復魔法はその前に覚えられたんだけどね。

ユティアが怪我をして、それで「治れ」って思ってたら治っちゃった感じで」


ライズは絶句した。


回復魔法は属性魔法より難易度が高い。


個人の適正によって落差はあるものの、そんなサクッと習得出来るものではないのだ。


「補助魔法は、ダンジョンに送られる前に家の書斎で勉強したの。

文字苦手だから、半分も理解出来なかったんだけど。

なんとなく、「強くなれ」って念じたら使えるようになったんだよ」


(いやいやいやいやいや)


そんな雑な方法で魔法を習得出来てたまるか!


ライズは心でツッコんだ。


(あのユティア様だって、補助魔法の習得には時間がかかったとか言ってたのに……)


「でも、いざダンジョンに来ると、属性魔法も覚えておけば良かったと思うよ。

一応、実家で適正値を調べた時には光適正が高かったんだけど……でもあれ、古かったし、使ったら壊れちゃったから正確ではないけど」


「光……」


「うん、どうせなら、ユティアと違う属性だったら、良かったんだけどね……」


何か思うところがあるのか、ティナは悲しげな目を浮かべる。


「……でも、確かに属性魔法は覚えた方良いと思う。

この先魔物も強くなっていくし、確かリースレットは光魔法も得意らしいし、教わっておいた方が良いかもね」


「うん、そうだよね。

じゃ、リースレットさんに聞いてみるね」


こうして、ティナはリースレットに師事を乞うことになった。

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