第11話 信じてくれなくても良いから

デッドワームに汁まみれにされた夜、ライズは、リースレットとアリスティアが寝たのを見計らってティナを起こした。


「んんっ、お姉ちゃん……?」


「ティナ、少し話したい事があるから、一緒に来てくれない?」


その言葉に、ティナはビクッと肩を震わせる。


「……うん、分かった」


ティナは恐る恐る、といった様子でライズに従った。


その後、休憩室へ移動。


誰もいない事を確認し、テーブルに腰掛ける。


「まず、シャワー室での事だけど、別にティナが嫌いだったわけじゃない。

ぶっちゃけ、リースレットでもアリスティアでも、他の相手でも私は同じ事を言った」


「っ、そ、そっか……」


ティナはホッとしたように胸を撫で下ろす。


「ティナの事は嫌いじゃないよ。

仲間として、頼りになると思ってるし、妹みたいに可愛いと思ってるし」


嘘ではなかった。


ヒーラーとしての能力が高い事はもう知っているし、普段の振る舞いに可愛いと感じるのも事実。


最も、だからといって信頼しているわけではないが。


やはり、妹を殺そうとするような人間を心から信じるなんて不可能だった。


(……ただ、それにしても話によく聞く、聖女を妬む悪女と、ティナの実情は乖離かいりし過ぎてる)


その疑問は時間が経つ毎に膨れていた。


「……ねぇ、ティナ」


「はい?」


「ティナはなんで、聖女様を殺そうとしたの?」


率直に尋ねると、ティナの表情が固くなった。


「その、言いたくないなら、言わなくても……」


「……ううん、お姉ちゃんが知りたいなら、教えるよ。

でも、これってその……凄く、素っ頓狂というか、何を言ってるんだって、呆れちゃう話だと思う。

きっと、私の事、嘘の下手くそな嘘つきって思うよ?」


ティナの前置きに、「それでも知りたいんだ」と答える。


ティナは数秒ほど悩む仕草を見せてから、意を決したように



「……私は、ユティアを殺そうとなんて、してない」



と言った。


「でも、目撃者も多数いたはずなんだよね……?」


ティナが聖女を殺そうとしたのは公然の事実であるはずだ。


「……操られてたの、嘘みたいな話だけど」


「操られてた……?」


「やっぱり、信じられないよね……?

それもね、3年前だけじゃないの。

7歳頃だから、6年間……かな」


「それって、誰に……」


「……ネクロノミコンの召喚術って知ってる?」


(ネクロノミコン……それって、確か禁書指定された魔術書だったはず……)


「その召喚術で使役された悪魔が私の心と身体を乗っ取って、やりたい放題して……私はその時、意識もほとんど奪われてたから。

だから、その6年間の事だと、記憶があんまりないの」


インパクト大であるはずのリースレットの叙任式での立ち振る舞いをまるで覚えていなかったのはそれが理由らしい。


「開放されたのは、ユティアを殺そうとした罪で幽閉されるのが決まった時。

でも、それからの3年も結局地獄で……。

暗くてジメジメしてカビ臭い部屋で、毎日生きられる程度の最低限の食事を餌みたいに与えられて、何の理由もなく殴られたり蹴られたり……目を抉られたり、足を斬られたりもして、回復魔法で治すと、それが気に食わなくてさらに拷問されて……」


ライズは、絶句するしかなかった。


たとえ作り話だとしても、ここまで大袈裟には作らないだろう。


「幸い、私のダンジョン送りが決まった頃にはあの子も神殿に呼ばれて……。

お父様もお母様も、使用人の人達も冷たかったけど、私を虐めたりはしないから。

それで、本を読んで冒険者やダンジョンについて勉強する機会もあったけど、実際はあんまり役に立たなくて……。

……あ、気付いたら聞かれてもいない事まで喋ってた、ごめんなさい……」


「いや、大丈夫、気にしてないから」


「……自分でも、すっごく下手くそな嘘みたいな話なんだけどね」


(確かに、信じられないな)


ティナは明言しなかったものの、彼女の言い方では、ネクロノミコンの悪魔を召喚し、ティナを操ったのは聖女ユティア……彼女の妹になってしまう。


どう考えても、ティナが罪逃れする為に妹に罪を着せようとしているとしか思えなかった。


「……ごめんなさい、こんな話して。

お姉ちゃんだって、困るよね」


「いや、話して欲しいって言ったのは私だから」


「でも、困るでしょ?

お姉ちゃんだって、悪役令嬢に過ぎない悪女の言葉なんかより、聖女様の方を信じるもんね」


「それは……」


「それでもね、良いよ。

私の話、最後まで、聞いてくれたもん。

嘘って否定しないでくれた。

それだけで充分だよ」 


そう言うものの、彼女の表情は寂しげだった。


「信じてくれなくても良いよ。

そういうの……私、慣れてるもん」


自分に言い聞かせるようなその言葉が、酷く重く、痛々しく聞こえた。

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