第9話 悪役令嬢の回復力がエグい
ダンジョン攻略に身を乗り出してから1週間。
ライズ達は現在、5階層の攻略中だった。
これまで回復役であるティナシアに役目が回ってくる事もなく、回って来たとしても軽症の治療や体液の解毒程度だった。
「ルビナー!
ルビナ、返事をして!」
通路の奥から、悲鳴の如き叫びが聞こえた。
「うっわぁ、とうとう犠牲者出ちゃったかぁ」
他人事のようにぼやくリースレット。
真っ先に、駆け出したのは、ティナだった。
「ちょ、おい、ティナ!?」
ライズもそれを追い掛ける。
奥の広い部屋では、魔物の死骸に囲まれる中で、青髪のショートカットの少女が赤髪ツインテールの少女を抱き締めていた。
赤髪の少女は見た目に出血が酷く、辛うじて息はしているものの死ぬのは時間の問題、といった様子だった。
「大丈夫ですか!?」
ティナの出現に、青髪の少女はビクッとする。
しかし、ティナに襲おうという意思がない事を認識すると
「ルビナが……私の仲間が、死に掛けてて……ポーション使ったけど、でも良くならなくて……」
ポーションとは魔法の力を封印した薬の事だ。
高価である代わりに、利便性は高く、多くの冒険者に重宝されている。
「あの、ヒール、掛けますか?私、一応回復魔法が使えるので……」
「っ!本当に!?なら、今すぐ掛けて!お願い!報酬ならいくらでも払うから!」
少女はガバッとティナの肩を揺さぶる。
「お、落ち着いてください、ほ、報酬とかなくても、ヒールぐらいなら……」
「おっと、そいつは頂けないねぇ」
遅れて部屋に入って来たリースレットはチッチッチッ、とノンビリとした対応だ。
「そもそも、うちにあんたらを助ける理由なんてない。
むしろ、恩赦を貰える可能性が上がる分、あんたらには死んでもらった方が良いぐらい。
んで、ティナちゃんはそんな相手をわざわざ無償で治そうと?
そいつぁ、頂けないなぁ」
「で、でも……」
「でもじゃないの、そこの青髪ショートちゃん、あんた報酬出すって言ったよね?どんくらい?」
「そ、それは……私のポーチには、集めたドロップ品が入ってる、それ全部で……」
「へぇ……」
リースレットは容赦なく、少女の腰に巻いたポーチを漁った。
「相場に直すと12500Gってとこ?
おたくさぁ、病院でこんだけの傷治したらどんだけ掛かると思う?
ちゃんとした場所なら100000はくだらないね。
つまり、この怪我の治療の為に、うちのヒーラーを貸し出すのはうちらにとっちゃ無駄って事。
というわけでごしゅーしょーさまー」
「そ、そんな……お金で人を見捨てるっていうの!?」
「変な事を言いますなぁ、おたくだって今、報酬でお仲間治してもらおうとしたよね?
それだって人の命をお金で買おうとする行為じゃない?
それで、定価に見合わないって言ったからあたしら悪者?
そりゃあないんじゃないかなぁ」
「よせ、リースレット、そのような無神経な言い方もないだろう。
その者、怒り狂って殺意を漲らせて、襲い掛かって来ようしているぞ」
アリスティアが諫めると
「え〜、むしろ襲ってくれたら万々歳じゃね?
そしたらうちらは正当防衛でぶっ飛ばしてぇ、慰謝料でドロップ品も全部ふんだくれるでしょ?」
(こ、こいつゲスい……!)
悪びれる事もなく言ってのけるリースレットに、ライズは内心引いた。
今まで令嬢とは思えない豪快な戦闘スタイルに呆れはしたものの、さほど悪人にも思えなかったリースレットの黒い一面が見えた。
ライズは脳内のリースレットに関する情報に、『金に汚いクズ』と書き足しておいた。
「そもそも、そんな傷の深い重症者、ただのヒールで治せるわけないじゃん。
ミドルヒールでも無理だし、最低でもハイヒール……回復の上級魔法は必要だと思うけど?
つまり、どっちにしろそのツインテさんは助かんないって事」
中級回復魔法ミドルヒールまでなら、冒険者でも習得している者はいる。
しかし上級回復魔法ハイヒールとなると、聖職者や医者の極々一部が使える希少なもので、冒険者の使い手は皆無だった。
「そ……んな……うぅ、ルビナ……!」
とうとう泣き出す少女。
「あ、あのー……出来ますよ……?」
「「は?」」
少女とリースレットは、同時に声を上げる。
「たぶん、これぐらいなら大丈夫です。
私、よく治してましたし」
サラッと言ってのけるが、ライズはギョッとした。
何しろ、目の前のツインテールの少女……ルビナは素人目に見たとしても瀕死の重症なのだ。
「あ、でも、リースレットさんは報酬がないと気が済まないんですよね?
えっと、それなら、この先の攻略で、もしも私達が困ったら、それを助けてください。
それで報酬になりませんか?」
「っ!もちろんだよ!
それぐらいならいくらでもする!
だから、ルビナを助けて!」
ティナは頷いて、胸元で手を組む。
まるで神に祈るようなその体勢で
「ヒール」
と短く詠唱。
すると、濃い緑色の光がルビナを包む。
その光の中で、怪我はみるみるうちに治って
行き、霧散する光と共に身体に付着する血液まで霧散させてしまった。
「はい、これで大丈夫です。
出血した分は戻らないので、しばらく療養した方が良いとは思いますが」
「あぁ……ありがとう……!」
少女は顔色も良くなっていく相方に涙を溢れさせながら、ティナにお礼を言った。
ルビナという少女を回復させた後、ライズ達は休憩室へ引き返す事にした。
ティナの魔力の回復と、事情聴取の為だ。
回復魔法は攻撃魔法に比べて魔力の必要量が高い。
ハイヒールなんて使ったら、それは尚更なのだ。
「ティナ、私達、ハイヒールが使えるなんて聞いてなかったんだけど?」
「?ハイヒールじゃないよ?
私、そんな上級魔法使えないもの。
補助魔法だって、簡単なものしか使えないし……」
確かに、ライズ達もそういう認識だった。
「いやいや、ただのヒールであんな傷治せるわけないじゃん」
リースレットがツッコむ。
「そう言われても……」
ティナは困り顔でライズへ視線を向ける。
自分がなぜ、追求されているか分からないとばかりに。
「わ、私は普通にヒールを使っただけです。
確かに、普段よりはちょっと魔力を多めに使いましたけど、それでもちょっとだけで……」
「……考えてみれば、ティナも聖女様の血縁者だしな。
回復魔法の才能があってもおかしくないんじゃないか?」
これ以上ティナを追求しても、堂々巡りになるだけだと判断し、ライズはそう言った。
「なるほど、それは確かに言えているな。
最も、我々にとっては喜ばしい話だろう、優秀な回復役は多くの冒険者が求めて止まないものだ」
「……まぁ、確かにね。
そんだけの力があるなら、今後金も……ビジネスにも使えそうだし」
(こいつ今、金儲けって言おうとしたな)
金に汚い公爵令嬢とはなんぞや、とライズは内心呆れた。
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