第8話 悪役令嬢な義妹です

休憩室の一室を借り、安物のカビ臭い布団でねていた時。


ライズは布団に身体を預けながらも、目を開けていた。


眠れないから……ではなく、監視の為だ。


誰もが寝静まる時間帯、仮に窃盗などの裏切り行為を行うなら今ほど都合が良い状況もない。


初日からリーダーシップを発揮していたアリスティア、気弱な少女らしい言動の目立つティナシア、快活でムードメーカー的な印象のリースレット。


仮に町ですれ違っていたなら、彼女達を犯罪者などと疑う事はなかっただろう。


しかし、それでも彼女達はここにいる。


それ自体が、彼女達の罪の深さを物語っていた。


その罪がある以上、ライズは彼女達に気を許す事など出来なかった。


ふと、布団の1つがモソモソと動いた。


(ティナシア?)


ティナシアは布団から這い出ると、部屋の閂を外して外へ出た。


(ここは追い掛けるべきか……)


音を立てないように起き上がり、ライズは部屋を出た。




ティナシアが向かったのは、シャワー室だった。


扉越しに、一瞬戸惑ったものの、室内から「おっ、え、えぇ……」と、あからさまに平常ではない呻きが聞こえ、ライズは扉を開け放った。



果たして、シャワー室ではうずくまったティナシアが吐いていた。



「ちょ、ティナシア!?」


「はぁ、はぁ……ライズ……さん……?すみません、折角、作って頂いたのに……」


「そんなの良いから!」


ライズはティナシアに駆け寄った。


あからさまに青白くなった顔、胡乱な目つき、口元には吐いた跡が残っていた。


(これ、たかが食べ過ぎでこんな事になる……?)


ティナシアの様子は、食べ過ぎで気分が悪いなんてレベルを通り越しているように見えた。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」


「ティナシア、落ち着いて、私は何も怒ってないから。

気分が悪いなら水持って来る?」


ティナシアは首を横に振った。


「大丈夫です……。その、吐いちゃったら、少し、気分も楽になったので」


「それなら良いけど……でも、やっぱり顔色悪くない?

体調が悪いなら素直に言って。今の状況じゃ、無理に平気なフリをされる方が迷惑なんだから。

私達の命に関わる」


特にティナシアはヒーラーという、非常時の戦線の要となる。


人一倍、体調には気を遣って貰わなければ困る存在だった。


迷惑が掛かる、という言葉にティナシアも思うところあったのか、しばらく逡巡してから


「昔を、思い出して」


「昔?」


「3年前から……ユティアを殺そうとしたからって、暗い部屋に閉じ込められて……それを、思い出したんです。

ジメジメして、カビ臭くて、寒くて……それを思い浮かべたら、気持ち悪くなって……」


3年前……それは、ティナシアの聖女殺害未遂の事だろう。


聖女叙任式……リースレットはその重大行事に遅れた挙げ句、窓ガラスをぶち壊すなんて令嬢どころか人としての常識を疑う事をやらかしたが、ティナシアはそんなレベルではなかった。


聖女である妹を、多くの人の目がある場所で毒殺しようとし、それがバレたらナイフで斬り掛かろうとしたのだ。


普通なら、処刑されている。


それを見逃され、実家に幽閉されるだけで済まされたのは、聖女自身がティナシアを庇ったからである。


(自業自得……だな)


同情の余地は一切なかった。


とはいえ、今後、それを思い出される度に吐かれてはたまらない。


彼女は聖女を殺しかけた悪女ではあるが、今のライズ達にはかけがえのない生命線なのだから。


「なら、どうすれば良い?

空気を綺麗にする?温かい布団をキャラバンから買う?

私は風魔法も使えるから、多少なら空気の清浄も出来るよ」


ティナシアは、胡乱な目に疑問の色を付ける浮かべた。


「叱らないんですか……?

そんなの、自業自得だろって……」


「今の私には関係ないから。

過去を思い出して苦しむ暇があるなら、少しでも体調を万全にして欲しい。

今の私達にとっては、大衆に慈愛の心得を説く聖女様よりも、妹を殺そうとするクズなヒーラーの方が価値が高いから」


言い方が悪かったかもしれない。


そう思うものの、これはライズの本心だった。


「そう……ですか……」


ティナシアはどこか残念そうな表情を浮かべながら、ライズの指先を握った。


「だったら……今夜はずっと、寝るまで手を握ってて欲しいです。

えっ……と、我儘を言うなら、抱きしめ……」


「ごめんそれは無理」


(社会的に死ぬ)


「じ、じゃあ……その、ライズさんは、歳、いくつですか?」


「?18、だけど?一応」


元々孤児だった為、正確な誕生日は分からないが。



「だ、だったら……お姉ちゃんって、呼んで良いですか?」



「は?」


「そ、それで、私が頑張ったって思ったら褒めてください、頭も撫でてくれると嬉しいです……!

それと、それと、料理も教えて欲しいです!

お揃いのエプロンで、後ろからギュッてして包丁の使い方とか教えてくれたり……」


「うん、待って、落ち着いて、段々要求が抑え効かなくなってるから」


「あっ……すみません……」


ティナシアは顔を赤くさせる。


「大体、なんでそんな変な事を私に頼むの?」


「……代償行為……っていうんでしょうか、こういうの。

私には、もう昔みたいな姉妹の関係って遠い夢だから」


それは、確かにその通りだった。


聖女を殺しかけた悪女……聖女自身は許しても、本心としては難しいものがあるだろう。


今更普通の姉妹に戻れるはずもない。


(自業自得だけど)


結局、ティナシアの不幸はティナシア自身が招いた自業自得でしかない。


それでも、今のライズにとってはそれを引き摺って体調を崩されたら困るのだ。


「はぁ、分かった、呼び方ぐらいなら勝手に変えて良いよ」


「っ!ありがとう!お姉ちゃん!

あ、わ、私の事も、ティナシアじゃなく、ティナって呼んで良いよ?姉妹……だもんね?」


首を小さく横に傾げる。


(だからその可愛い顔止めてくれ)


思わず目を逸らす。


「そ、それでね、お姉ちゃん」


「何?」


「今晩、私が寝るまで手、握ってもらって良い……?」


「……それぐらいなら、別に構わないよ」







数日後、レオンとの密談


「こうして、ライズは悪役令嬢な義妹をゲットするのだった」


「義妹じゃないですから!

ってか、王子、どこから聞いたんですか!?」


「やだなぁ、わざわざカメラを離さないで持っていたのは君だろ?」


「……(何も言えなくなった顔)」


こうして、ライズが悪役令嬢な義妹をゲットした事は国民中に知れ渡るのだった。

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