第2話

美桜みおうは、少女漫画から出てきたヒロインみたいだった。

美人で優しい。


けれど、あれだけ完璧に見える人格者でも、同性から嫌われることを異常に恐れていた。

私は今でもそれが忘れられない。


私が美桜から学んだのは、

どれだけ優しくて美人でも嫌われることはある、ということ。


だったら地味で冴えない私は、より一層嫌われないように努力しなければいけないと思った。

考えすぎだと思う人もいるかもしれないが、私にとって『気にしすぎること』は日常である。


大人になって思うことは『子どもは時に残酷だ』ということだ。


美桜は2年生のときに、私が通っている小学校に転校してきた。

けれど、美桜と入れ違いで1年生の3学期が終わった同時に

転校していった女の子がいた。


名前は真冬まふゆちゃん。


彼女はクラス中から嫌われていた。

直接手を下すようないじめではない。

彼女は、半年もの間、存在を無視し続けられていたのだ。

幼稚園を卒園したばかりの6歳の子どもに……。


真冬ちゃんが給食当番だった日。

彼女は教室を走り回っている男子にぶつかって、

ワカメが入った、みそ汁を座っていた女の子にぶちまけてしまった。


真冬ちゃんはすぐに女の子、名前は忘れたからAちゃんとしよう。

彼女はすぐにAちゃんに謝った。

先生は、もし火傷していたら大変だ、とすぐにAちゃんを保健室に連れて行った。


教室は地獄だった。

沈黙を破ったのは、真冬ちゃんにぶつかった男子、主犯だった。


「お前、サイテーだな」

と、真冬ちゃんに言い放ち、ティッシュでその場を片付け始めたのだ。


いや、お前のせいだろ!!


って、言えたらよかったのだが、無理だった。

態度も体もでかい男子だったから……。

真冬ちゃんは混乱していたのか、ずっと固まってて

周りにいた人がAちゃんの席を拭いていた。


翌日から、真冬ちゃんを無視する取り組みが始まった。

と思う。

私が気付いた時には、真冬ちゃんはすでにひとりだった。


いつも休み時間になると彼女と話していた女の子は

Aちゃんと同じグループに入っていた。

私も知らぬ間に誘われ、クラスの女子全員の同盟みたいなものができていた。

小学校1年生のときである。

今考えてもこわい。


Aちゃんは週に1度しか学校に来なくなり、

私たちが進級したときに、彼女が転校したと聞かされた。


クラスの誰も気にしていなかったけれど、

私は真冬ちゃんが転校したと知らされたとき、怖くてたまらなかった。


いつか自分もこうなるかもしれない、と。


人間不信になりかけてたとき、美桜が転校してきた。

彼女の優しさにはたくさん救われた。

だけど、彼女も心に闇を抱えていた。


「女の子に嫌われるの、こわいんだ。すごくすごく辛くて、寂しいんだよ」


今思うと、私は真冬ちゃんと美桜を重ねてみていたのかもしれない。

無視され続けて転校した真冬ちゃんと、おそらくいじめを受けて転校してきた美桜。

ふたりとも、まだ6~7歳の女の子だったが、年齢にそぐわない痛みを抱えていた。


私は中学に上がっても『女の子に嫌われたくない』と思い続けた。

だから一軍女子の好きな人とは、絶対に関わらないようにしたし、

誰が好きとかいう恋愛トークにも一切入らなかった。


男を褒めれば、すぐ好きだと誤解される。

私の周りはドラマや漫画の影響で、すぐ恋バナにしたい女子が多かった。

私はより一層、気を引き締めて、男子を褒めないように気を付けた。


でもそれが間違っていた。


体育でバスケをしていたとき。

周りの女子たちは、男子のバスケに夢中だった。


自分のクラスの試合も見ないで

「竹内って意外と運動神経いいんだね」

「あ、今見た!? へそチラじゃない!?」

「いや、あいつのは求めてない」

「たしかにww」

などと、コソコソ話していた。


私もそれを聞いていたのだが……。

誰がかっこいいと聞かれて、とっさに

同じクラスの女子の名を挙げてしまった。

さっきシュート決めてたから、と。


「前から思ってたんだけど、蓮ってそっち系?」

この言葉がすべてのはじまりだった。


私は、『そっち系』の意味が分からなくて、この言葉を否定しなかった。

私が否定しなかった事実を、彼女たちは肯定と受け止めた。


れんってレズだったんだなwww」

翌日、登校して第一声言われた言葉がこれ。

私は知らぬ間に同性愛者にされていた。


だんだんと、私は女子に避けられた。

男子は相変わらず私を『男女おとこおんな』といじっていたけれど、

避けられ、無視されるよりはマシだった。

マシだと思ってしまった。


体育の時間、着替えるときに私の周りだけ人がいなくなった。

なぜか女子全員、私に敬語を使い始めた。


中には

「うちは偏見とかないから、安心して」

「蓮を恋愛対象で見るとか、無理だけどwww」

なんて、気まぐれに話しかけてくる女子もいたが、翌日にはすぐ私から距離を置く。


女は残酷だ。


改めて断言するが、私は同性愛者ではない。

男兄弟に囲まれすぎて、口調がやや男性的になってしまっただけで、恋愛対象は男である。


でもあの時、弁解する時間なんて、なかった。

気が付いた時には女子から避けられて、腫れ物みたいに扱われていた。

つらかった。


美桜が言っていた「女の子に嫌われるの、こわいんだ」とは少し違うけれど

私は中学生の頃、約2年、地獄を味わった。

実際にいじめられている人から見れば、地獄でもなんでもないかもしれない。

けれど、私にとっては紛れもない地獄だったのだ。


高校生になっても、それは変わらなかった。


部活で対戦したことがある。

同じ塾に通っていた。

なんて、理由で私の中学の頃の噂はあっという間に広がってしまったのだ。


私は高校でも同性愛者だと思われた。

中学生のときよりも長い、約3年もの間……。

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