言の葉の烙印

椨莱 麻

第1話

私は生まれたときから、女だった。心の性別も女。

男らしい兄となまいきな弟に囲まれて育ったからか、口調がやや男性的になってしまったが、昔から自分の性別を疑ったことはなかった。


兄弟が見ている戦隊ものよりも、魔法少女が好きだった。

古城をめぐる番組を見て

「自分がもしプリンセスだったら……」

なんて、よく想像したものだ。


私の家はけして裕福ではなかった。

服装も、兄のおさがりばかり。

さらに弟がいるものだから、私が買ってもらう服も男物だった。

おさがりをあげられるように、と。

同級生が着ている襟が大きめのブラウスや

刺繍の入ったスカートがうらやましかった。


皮肉なことに、私の友人は皆、可愛い。

特に私が小学生のとき、親しかった友人は

男が思う『女の子」をすべて詰め込んだような子だった。


名前は美桜みおう

その名の通り美しく、暑くても寒くても桜色の頬をした女の子だった。


私も「れん」という花が由来の名前をもらったが、

桜と蓮では華やかさが違う。

自分の名前が嫌いなわけじゃない。

両親が悩みに悩んで決めてくれた名だ。

ハスの花のように清らかな心を持ってほしいと

願ってつけてくれた名前。

綺麗な名前だと思うよ。

だけど、正直「れん」なんて男っぽいと思った。


私は男らしい、女らしいなんて言いづらい世の中かもしれないが、

私は女の子らしいものが大好きな女の子だった。


でも男みたいな名前で、男物の服を着て、兄のおさがりの黒いランドセルを使っていた。

私が「男女おとこおんな」なんて、よくあるあだ名をつけられたのは避けられない運命だった。


私と美桜は本当に仲が良かった。

一緒に登校して、休み時間は美桜を中心に数人で集まった。

放課後は美桜を意識した男子が、美桜と遊ぶ約束を取り付けていたけれど、

美桜は自分ひとりと、男子複数で遊ぶことを好まなかった。


「女の子に嫌われるの、こわいんだ。すごくすごく辛くて、寂しいんだよ」


美桜は私とふたりきりのとき、よくそう言っていた。

彼女は転勤族で、私が小学校2年生のときに転校してきた。

くわしく聞いたことはないけれど

「前の学校で女子の友だちがいなかった」

と言っていたから、女子から嫉妬され、嫌われていたのだろう。


美桜の名誉のために言っておくが、

彼女はいい子だ。

モテることを自慢しないし、自分から男子に話しかけていく姿を見たことがない。

でも可愛いし、優しいから男子が集まる。

それをよく思わない女子たちが、私に美桜の悪口をよく言ってきた。

まぁ、無視したけど。


そんなこんなで、私と美桜が親友と呼べる関係になるまで

時間はかからなかった。


私は小学校4年生のとき、はじめて好きと思える男の子ができた。

私はすでに男子から「男女おとこおんな」と言われることが日常になっていたが、

私は彼から「男女おとこおんな」と言われたことはなかった。


それに彼は以前、私が暑さで鼻血を出したときに

「先生! 蓮が血を出してます」

と、言ってくれた。

周りの男子は

「先生! 蓮鼻血でてるw やばいwww」

なのに。


その些細な気遣いが嬉しかった。

「うわ、好き」

って、心から思った。


でも彼の視線はと美桜を追っている。


流行りのドラマの話をしているときに

私は、美桜から好きな人がいると打ち明けられた。

誰かと思って話を聞いてると、ドラマに出てる俳優の話だと発覚した。

学年の、学校のマドンナが好きになるのはどういう人なのか

興味があっただけに、非常に残念がったことを今でも覚えている。


その流れで私は美桜から

「蓮は好きな人がいるの?」

と、聞かれた。当然の流れだろう。

当時の私は素直だった。

「男女」と言われれば、毎回違うと反発し、

夕飯をつまみ食いしたら、顔で母親にバレた。

美桜から好きな人がいるのか尋ねられた時、

隠し事をできない私は顔が真っ赤になっていた。


「2組の人?」


「え、いや、なんで……」

「美桜、に……話したこと、あったっけ?」


「だって蓮、あの人のこと、ずっと見てるもん」

そう言って笑う美桜はすごく可愛かった。


私が美桜みたいに可愛かったら、

告白でもできたのかな。

お付き合いとか、できたかな。


美桜は5年生に上がったとき、引っ越した。

元々は中学に上がるまではこちらにいるつもりだったが、

お父さんの転勤が早く決まってしまったそうだ。


美桜が転校する前、彼は美桜に告白したらしい。

そして振られたと、放課後、クラスの男子が騒いでいた。

その夜。

私は初恋が見事に散った悲しみで、わんわん泣いた。

元々小さい目が腫れあがってつぶれるまで泣き続けたと思う。


翌日、私は目を真っ赤にして登校した。

けどクラスメイトは私が、失恋したことなど知らない。

美桜ほど私を見てくれていたわけでもない。


「美桜が引っ越して、うちも寂しいよ」

「男子の方が寂しがってんじゃない?w」

「ちょっと、やめなよww」

なんて、私を慰めるふりをして、女子は美桜の悪口を言い合っていた。


いつも美桜を悪く言われて黙っていなかった私であったが、

このときは、反論しなかった。

美桜はもういないし、私の好きな人は美桜を好きになってしまった。

少しくらい美桜が悪く言われたっていいじゃないか、なんて。

そう思ってしまった。


クラスの女子たちは、そういう異変にはすぐ気づいた。

放課後、はじめて遊ぶ女の子たちの家に招かれ、美桜の愚痴を聞かされ続けた。

正直、嫌だった。

でもずっと美桜とばかり遊んでいた私には、ほかに友達といえる女子はいなかった。

この悪口に同調しないと、嫌われてしまうと思った。


「女の子に嫌われるの、こわいんだ。すごくすごく辛くて、寂しいんだよ」


美桜の口癖が頭をよぎった。


最後の抵抗として、私は美桜の悪口をはっきり言うことはなかったが、

「うちもそう思う。美桜って、そういうとこあるよね」

と、何度も彼女たちに同調した。

女の子に嫌われないために。

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