第42話 剥いだら答えがあるのでは?
灯織とエマはテーブルに佇んだまま、意気消沈していた。冬弥がギャルと一緒に男子トイレに入ってしまったためだ。
別々に行くならまだしも、二人で男子トイレに入るとは……。状況は想像以上に深刻であると捉えざるを得ない。
「……エマちゃん」
「そうね。いくらなんでも大胆すぎるわ」
「え?」
うつむくエマに対して、灯織が腑抜けた声を出した。
「どういう意味? エマちゃん」
「へ? いや、二人でトイレに入るって、もうそういうことでしょ。盛り上がりすぎて、行くとこまで行ってドカーン。あーあ、高校生の若さというものにはいささか恐ろしいものがあるわね──」
「あー……え? わたしが言いたいのはそういうことじゃないんだけど」
灯織が意味深なことを言う。その真理をエマが問おうとしたその最中に、トイレに行っていた冬弥とギャルが戻ってきた。
「あれ、思ったより早い──」
「うん。たぶん、あのギャルは女の子じゃない。可愛すぎる男の子なんだと思う」
「!」
灯織が核心を突く。冬弥とギャルが帰還し世間話を続ける中、続けた。
「たしかに、エッチなことをした割には戻ってくるのがやたらと早いわ」
「……ちゃんと言わないで。だけど、考えてみて。冬弥が通っていたのは中高一貫男子校だった。接点はバイト先だけ。それに、冬弥は女子にもデリカシーのない発言が目立つし、すぐに脱ごうとする──」
若宮探偵は次々と証拠材料を出す。エマはただただ頷くばかりだった。
「それに、──この間問い詰めたときも、冬弥は『女友達』とも『彼女』とも言わなかった。ただ、『ギャル』とだけ」
「なるほどね。じゃあ服脱がせに行く?」
「待って。判断が早い」
「でもそれくらいしか下半身を確かめる術はないわよ」
「うーん、たしかに……」
「待て待て待て待て待て!!」
ツッコミとともに二人のテーブル席に現れた人影は、彼女らにとって見覚えのある人物だった。
「なに物騒なこと企んでやがる!」
「トウヤ!?」
「どうしてわかったの?」
「結構な音量で会話してるから聞こえるんだよ! あと全然変装できてないし! 俺をどんだけバカだと思ってやがる!」
「ええと、バカの徒競走させたらブッチギリで優勝するくらいには」
「二桁以上の計算ができない、ばか、あほ、生きる価値無し」
「酷い!! 特に灯織!!」
冬弥が二人に罵倒される中、テーブルの席から金髪ギャルは不思議そうに彼らの様子を見つめていた。
「あのなぁ、尾行もほどほどにだな……」
「囚人に人権が認められないのと同じよ。ワタシたちに隠し事をしようとするなんて極刑に等しいわ」
「隠し事をしたつもりはないんだが」
「怪しいことをした時点でもうアウト」
「『疑わしきは罰する』ってやつよね」
「最悪な法治国家!? いやまぁ、説明不足だった点については謝罪したいと思ってはいるけど」
「説明不足も何も、灯織の意見がなければあんたをシンプルにぶち〇してたわよ」
「怖い! 『ぶち許してた』であることを願う!」
そもそも灯織の意見ってなんだよ、と冬弥はぼやく。
「それは、えっと──」
「はじめまして!」
刹那。辺りに一瞬の静寂が流れる。
「えっ、あっ、はじめまして……」
「東京から来ました、三条亜季です☆ 水澄くんとは中高が同じで、よくお互いの家に遊びに行ってました!」
「中高が同じ、ってことは……」
「やっぱり男の子なんだ。いや、にしては可愛すぎるけど」
女の子でも惚れてしまう人がいそうだな、と思ってしまうほどであった。
「明るい茶色のロングはよく手入れされているし、肩出しセーターも大胆でいいわね。ったく、原宿ギャルというのはこうも隙が無くて生意気なのね──」
「前半はコーディネート褒めてくれる山ちゃんだったのに、後半はただのいじめっ子の発想じゃねえか! 部活の後輩いびってる先輩か!」
「ちなみにお二人さんは水澄くんのお友達?」
「ええ」
「不本意ながら」
「何? お前ら俺のこと嫌いなのか?」
「ちなみに初対面だがあたしは既にお二人さんのことが好きだよ~」
「!?」
「最高の煉獄さんじゃないの!」
「どんな感想だよ」
エマが顔をパーっと輝かせる。人見知りを発動している灯織に代わって、エマはギャルに話しかけた。
「ねぇ、改めて聞くけど本当に男の子なの?」
「うん。心は女の子だけどね☆」
「ピース可愛い!!」
「えへへ。ちなみにあなた、お名前は?」
「徹子の部屋みたいな尋ね方だな」
「二階堂エマ! エマって呼んで!」
「やっぱりハーフなんだ。すごくキレイ☆」
「ちなみにそこで人見知りを発揮している黒髪貧乳ヒロインが若宮灯」
「若宮灯織です。たった今、この存在自体が法令違反の男を殺害しました」
「へぇー。もしかして水澄くんと同居してる子?」
床に沈んだ冬弥に代わって、灯織がきちんと自己紹介する。
「はい。冬弥には、我が家以外に帰る場所がないので」
「そうなの?」
「親に夜逃げされた話は聞いてると思いますけど……少なくとも現時点において、冬弥の居場所は若宮家にあるんです。もちろん冬弥はバカだし、どうしようもないけど……」
冬弥の話題になると、途端に饒舌になる灯織。彼女は続ける。
「彼、引っ込み思案なわたしを少しだけ変えたんです。変えた責任があるから。彼の居場所は、若宮家にたしかにあるんです」
「そっか……うん、あたしは何も言わないよ。口を出す権利はあたしにないし、これは水澄くん自身が選んだ道でもあるからね。数ある道の中でも大当たりを引いたみたいだけど!」
三条亜季は笑顔で頷くと、倒れている冬弥を流し見する。
「人生は貧乏くじだけ引くようにはできていないんだよ。うんうん、水澄くんにやっと夏が来たって感じ。長かった」
「夏?」
灯織が呟く。三条亜季はニヤッとした。
「そ。東京はずっと梅雨だったから」
灯織とエマは、おそらく同じことを考えた。人は見かけによらないということ。そして、物事には多くの場合、剥いだら答えがあるだろうということだ。
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