第34話 無駄な酸素の使い方

 三人がパラソルの方へ戻ると、そこには本を読んでいる薫と、サングラスを掛けて日光浴しているナギの姿があった。


「えっ、君は泳げないのかい?」

「まぁそうだけども……」

「え、そうなの!?」


 ギクッ。エマが嬉しそうに相槌を打ったので、冬弥は背中に寒気がした。


「ならワタシが教えてあげるわよ! ワタシ、泳ぐの得意だし!」

「いやいや。エマちゃん、次はわたしの番だから……」


 灯織はすかさず反論する。エマは首を横に振った。


「なんでよ! 灯織より上手く教えられるわ!」

「さっき約束したじゃん。冬弥は返してもらうって」

「そうだけど、いつ返すとは言ってないわ!」

「外道か!?」


 冬弥がツッコんでもなお、二人はいがみ合いを続けていた。これでは埒が明かない。


 すると、隣で黙っていた薫が手を挙げた。


「じゃあ、ここはゲームで決めるというのはどうだい?」

「ゲーム?」


 お互いの頬を引っ張り合っていたエマと灯織が聞き返す。


「あぁ。ビーチバレーをして、勝った方が冬弥 をゲットできるというものだよ」

「面白そうね!」

「まぁ……それで冬弥を奪い返せるなら」


 二人は賛同した。それに、当の本人である冬弥が異議を申し立てる。


「ちょっと待て! 俺を奪い合うなんて無駄な酸素の使い方はやめろ!」

「それ自分で言ってて悲しくならないワケ?」

「だってそうだろ。エマはともかく、どうして灯織はそんなにやる気満々なんだよ!」

「先に泳ぐ約束してたから。それに、冬弥がエマちゃんに何をするか分かったものじゃ……」

「俺かよ!? 普通に考えてエマから俺にだろ!」


 灯織は基本的に冬弥を信用していないのであった。


「とりあえず、チーム分けをどうしようか?」

「2on2でいいんじゃない? それで、ワタシと灯織は別々ね。結果的には灯織を騙した格好になってしまったわけだし、ハンデとして灯織サイドに上手い人を入れていいわよ」

「わかった。じゃあ、誰にしよう……」


 灯織は辺りをキョロキョロと見回す。冬弥は争奪される側なので除外。ナギも日光浴に夢中なので除外。となると、薫しか残らない。


「でも、そうなるとエマちゃんサイドに人が足りなくなっちゃうような……」

「──その心配は要りません」


 突然、みんなの背後に女の子が現れた。その声は、どこか聞き覚えがあって。


「うおっ! びっくりした!!」

「ふふ……おはようございます……皆様」


 初代は一歩前に出ると、優雅にお辞儀をした。


「初代ちゃんも来てたんだ」

「可愛い水着ね!」

「ありがとうございます……」


 灯織とエマは目を輝かせた。彼女たちの言う通り、初代の水着姿は実に素晴らしいものだった。青色のワンピースタイプで、シンプルながらも、彼女の可憐さを際立たせている。


「あぁ。だから昨日、水着の店にいたのか」

「は、はい……! す、すみません……貴方様に見られるのは……恥ずかしく……!」


 初代は冬弥がいることに気づくと、慌てて両手で自分の身体を隠した。


 そういえば、昨日も目が会った瞬間逃げられたような……あれも単に恥ずかしがっていただけか。


「別に、隠す必要は無いぞ。とても似合ってるじゃないか」

「……! ほ、本当ですか……?」


 初代は上目遣いをしながらそう聞き返す。冬弥が頷くと、微かな笑みを浮かべた。


「あ……ありがとうございます……。ほ、本日は……姉様と二人で遊びに来ておりまして……」

「姉様、って────」

「あ、お姉さんがいたんだな!」

「はい。……あちらにおります」


 初代が手でパラソルの方向を示す。すると、日光浴しているナギの横に、薄い桃色の髪の女性が腰掛けていた。


 元々知り合いなのだろうか。冬弥の目には仲睦まじく談笑しているように映る。


「それなら安心だな。初代は、こういうスポーツは得意なのか?」

「はい。中学校時代は……バレー部でしたから」

「!?」


 初代がそう告白した瞬間、みんなが一斉に彼女の方に振り向いた。まさかのバレーボール経験者──若干ルールが違うとはいえ、有利ではあることには変わりない。


「ぜひ……皆様に……初代の勇姿を見せたく……」

「はは。それは楽しみだ。俺は審判だけど、しっかり見させてもらうよ」

「……! はい……! 是非、初代を……ご覧になってください……!」


 冬弥と初代が楽しげに会話しているのを、三人は怪訝そうに見つめていた。


「……彼はどうしてあんなにモテるのだろうね」

「まぁ、冬弥が手を出したら殺せばいいだけの話だから」

「灯織ってたまに本気で怖いこと言うわよね……」


 ひそひそと話す三人組に対し、初代は首を傾げた。


「……あの、どうかされましたか?」

「なな、なんでもないわ! それより、早く始めましょう!」


 エマが手を叩いて言った。かくして、ビーチバレーのメンバーは無事揃うことになった。


「はい……初代は、灯織様の手助けをしたく……」

「わかった。じゃあ、わたしと組もう」

「そうなると、ワタシの味方は薫くんね!」

「僕!?」


 いきなりの指名に薫は驚いた。二階堂さんと僕がタッグを組むとかビーチバレーどころじゃないんだけど──そんな早口オタクをかますものの、誰も聞いていない。


「じゃあ、十ポイント先取な。審判は俺で」

「OK。薫くん、あの子たちを全力で叩き潰すわよ!」

「あ、あぁ……」

「初代ちゃん、頑張ろう。絶対に負ける訳にはいかない」

「ええと……何が灯織様をそこまで……」


 こうしてガチな二人と、困惑する二人を合わせてビーチバレー大会が始まる運びとなった。

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