第35話 いけない beach volleyball
かくして砂浜のコートで『冬弥争奪! ビーチバレー対決』が始まった。メンバーは灯織&初代VSエマ&薫で、冬弥が(仕方なく)審判を務めることとなる。
「それじゃあ始めるぞ。サーブは灯織からだ」
「うん」
ピーっと笛が鳴ると、灯織はボールを高々と上げた。そして、勢いよく腕を振り下ろす。
「喰らえっ!」
ボールは綺麗な弧を描き、相手コートに向かって飛んでいく。だが、その軌道上にエマが立ち塞がった。
「甘いわね!」
エマは素早く動くと、軽やかな身のこなしで灯織のアタックをレシーブした。薫のトスに反応すると、エマは勢いよく地面を蹴る。
「これで終わりよ!」
そのままエマはスパイクを放った。ボールは凄まじいスピードで、コートの隅に突き刺さる。
「ピーッ。0-1」
「よし!」
「ナイスアタックだ!」
ガッツポーズをするエマと、笑顔でハイタッチを交わす薫。案外相性が良い様子だ。
一方、そんな彼女らとは対照的に、灯織は悔しそうな表情を浮かべた。
「しまった……これでは……」
「ふふ……灯織様……」
隣では、初代が不敵な笑みを浮かべていた。
「大丈夫です……ここからは……初代に任せてください……!」
「初代ちゃん──」
「ふふ……今の流れで……全て……」
そう言うと、初代は静かに目を閉じた。集中力を研ぎ澄ませているようだ。やがて、ゆっくりと目を開くと、彼女は呟いた。
「読めました──」
その瞳は先程のエマと薫の動きを拾い、捉え直していた。
そんな初代のことなど気にせずに、エマはボールを空中に上げる。
「くらいなさい──!」
強烈なボールが放たれる。それは綺麗な弧を描き、灯織たちのコートへと向かっていった。
しかし、初代は慌てずに動いた。彼女の身体は一瞬にして、ボールの動きを見切ったのだ。
「────」
「拾えるのかい!? あれを!?」
薫は驚愕した。初代は手前で急激に曲がったボールの落下地点を正確に見極めると、そこにスッと入り込んだ。
そして、流れるような動きで片手を上げると、優しくボールに触れる。
それは一発で灯織の元に上がった。彼女は口元を引き締めると、そのまま高くジャンプし、強烈なアタックを放つ。
「見事……ッ!」
薫が感嘆の声を上げた時にはもう、ボールは地面の上で跳ねた後だった。
「ピーッ。1-1」
「い、一体何が────」
灯織のアタックによって得点が入ったのを見て、エマは絶句した。
「ふふ……」
初代は妖艶に微笑んだ。エマの頬に冷や汗が流れる。
「灯織様……ご安心ください……この初代が……必ずや勝利に導いて見せます……」
「くっ……!」
エマが歯ぎしりするのをよそに、初代はサーブの構えを見せた。そして、審判台に座っている冬弥の方を見る。
「貴方様も……初代を……見ていて……」
「お、おう」
冬弥はそう答えると、笛を鳴らす。初代はボールを宙に上げると高く跳躍して腕を振り下ろした。
そのボールはネットすれすれを通り、薫の足元に落ちる。
「ピーッ。2-1」
「ちょっと、薫くん!?」
一見緩やかに見えるサーブを見逃した薫に、エマは焦燥感を露わにする。しかし、薫は足をがくがくと震わせたまま呟いた。
「無回転サーブだ──」
「えっ?」
薫の言葉を聞いて、エマの顔が引き締まる。
「ブレ球だよ。不規則に揺れて弾道は予測不可能と言われる、あの──」
「────」
エマはその言葉を聞いて、軽く舌打ちをした。どうやら相手は特殊な技を持っているらしい。
「……ふふっ」
初代はニヤリと笑うと、再びサーブを打った。しかし今度は、エマがその軌道を読み切る。
「甘いわね!」
エマは素早く動くと、軽やかな身のこなしでボールをダイレクトに打ち返した。ボールは凄まじいスピードで、コートの隅に突き刺さる。
「ピーッ。2-2」
冬弥が笛を鳴らし、ポイントカウントを読み上げていく。
「よし、この調子で行くわよ!」
「冬弥、よかったら僕と変わらな──」
「断る」
薫の縋ってくる手を振り払って、冬弥は笛を鳴らす。その後も、彼らは一進一退の攻防を繰り広げた。だが、互いに一歩も譲らず、勝負は平行線を辿る。
「9-8! マッチポイント!」
「くっ……マズイわね……!」
灯織と初代のコンビネーションを前に、エマは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
「……二階堂さん。僕に考えがある」
「何よ。早く言いなさい」
エマがそう言うと、薫はニヤリと笑みを浮かべた。
「この試合、要は相手にポイントを取らせなければいい。つまり──必ずしもこちらがボールを打ち返す必要は無いんだよ」
「うん……?」
エマが首を傾げる一方で、薫は覚悟を決めたのか、大きく息を吐いた。しかし、初代はそんなことも気にせずに無回転サーブを放つ。
「これで……終わり……!」
不規則にブレる球が、エマたちのコートに迫っていく。
「二階堂さん! 最初のボールだけ拾って!」
「わ、わかったわ!」
エマはそう答えると、なんとかサーブの軌道を読みきり、横にパスする。
そして薫はトスする構えを見せた。そのままエマに極上のボールを供給するものだと、その場にいる全員が思っていたが──
「……!」
薫は何を思ったのか、相手のコートに向かってボールを上げたのだ。
「な、何してんのよ!?」
これには思わずエマのみならず灯織や初代までも面食らった。しかし、灯織サイドにとっては願ってもないチャンスである。
「……っ!」
目の前にいた初代は地面を強く蹴って、空中に舞う。これを沈めれば灯織にも冬弥にも、褒められること間違いナシだ!
「────ハハッ」
しかし、薫は不敵な笑みを浮かべた。彼は策士である。いくらエマの運動神経が優れているとはいえ、ネット競技に慣れている灯織と、バレーボール経験者の初代に正攻法で挑んでは競り負けてしまうことは想定済みだ。
「聞いてくれ!! 君がここに来る前、実は────」
薫は大きく息を吸い込むと、宙に舞う初代に対して大声で叫んだ。
「冬弥は────二階堂さんの身体をお触りしていたんだ!!」
「!?」
刹那。薫は大変センシティブなことを、悪びれもせずに告白する。
すると、初代は動揺のあまりボールをカス当てしてしまい──
「──────っ!!」
「!?」
そのまま砂浜に落下した。
「フッハハハ!! 僕の作戦勝ち──」
「待って、薫くん!!」
エマは思わず彼の名前を叫んだ。薫は勝ちを確信したのか、よそ見をして拳を突き上げている。
それが──敗因となることも知らずに。
「──────!」
砂まみれになった初代の身体を飛び越え、後ろから灯織が猛然とボールに迫る。実はこの時、初代の手が少しだけ当たったことにより、ボールはまだ宙に舞っていたのだ。
灯織はそのチャンスを見逃さなかった。強く地面を蹴り出すと、そのまま水平に飛び、空中でボールを強くプッシュする!
「我ながら素晴らし────」
そして、執念の籠ったボールが、完全によそ見をした薫の後頭部に迫っていく。
「薫くん──危ない!」
「ひぁッ……!?」
策もむなしく、ボールが自陣コートに転がる。それに気づくことなく、薫はそのまま顔面から砂浜に倒れ、動かなくなった。
「ピピーッ。10-8で、灯織チームの勝利!」
「やったー!! ……初代ちゃん、大丈夫!?」
灯織は喜びもつかの間、砂まみれになった初代の元に駆け寄った。
「ぐすっ……あのお方が……他の女性に…………お触りを……」
「言い訳させてくれ!! 初代!!」
初代は体育座りをしながら、頬を膨らませている。彼女を灯織が慰める一方で、近くで冬弥が必死に頭を下げていた。
「あんたも、伊達にトウヤの友達やってないわね……」
「──────」
そして、エマは倒れたまま動かない薫を呆れた目で見ていた。こうして、ビーチバレー対決は終了したのだった。
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