第33話 浮き輪と日焼け止め
しばらくしてから、冬弥と灯織は波打ち際まで来ていた。ちなみにエマは忘れ物をしたらしく、車に取りに戻っている。
「いやー、近くで見ても綺麗な海だ!」
冬弥は両手を広げてそう言った。その後ろ姿を、灯織は怪訝そうに見つめる。
「え…………浮き輪……?」
「ん、何だ?」
冬弥は振り返った。彼の手にはさも当然かのように浮き輪がある。灯織は改めて尋ねた。
「いや、もしかして冬弥って……泳げないの?」
「え? うん」
「ほんとに!? 『海行こうぜ!』って誘ってきたのはそっちなのに!」
珍しく灯織が慌てている。まさか、冬弥が泳げないとは思わなかったのだ。
「まぁカナヅチなんだ。別に水が嫌いなわけじゃないんだけど──」
「ふ、ふーん……じゃあ、泳ぎ方教えてあげよっか?」
願ってもない提案に、冬弥は思わず聞き返してしまった。
「えっ、マジで?」
「嫌ならいいけど……」
「ぜんっぜん嫌じゃないぞ!! なんならそっちが言わなかったら、こっちから頼み込んでたぜ!」
しょんぼりとする灯織に対して、冬弥は必死に泳ぎ方を教えて欲しいというアピールをした。すると、灯織は嬉しかったのか、冬弥に軽く体当たりをした。
「おっ!?」
「♪」
冬弥は若干驚いたが、大した衝撃では無かったので何も言わなかった。
──しかし灯織はご機嫌である。それを見ていると、こちらまで笑顔になってくる。
「じゃあ早く行こ! まずは、水に慣れるところから──」
「待ちなさい!」
すると、二人の背後からエマが現れた。彼女はパラソルの近くにいるナギと薫を指さした。
「トウヤは貰っていくわ。灯織はあの二人とでも遊んでいて頂戴」
「なんで?」
灯織が不機嫌そうにそう聞くと、エマはニヤリと笑った。
「決まってるじゃない。トウヤに、日焼け止めを塗ってもらうからよ!」
「!?」
エマの発言に、二人は硬直した。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 俺はそんなこと……」
「どうしたんだい?」
すると、いつの間にか近くに来ていた薫がそんなことを聞いた。エマはちょうど良かった、と言って冬弥の腕を引っ張る。
「薫くん。ワタシとトウヤは少しだけ用事があるから……貴方に灯織を任せてもいいかしら?」
「べ、別にいいけど──用事って?」
薫はあまりに不自然な言い回しに首を傾げる。だが、エマは構わず続けた。
「えぇ、大事な用事よ。灯織もいいわよね?」
「……まぁ、後でちゃんと返してくれるなら」
「俺を漫画本のノリで貸し借りすな」
そして、冬弥は半ば強引に連れていかれることとなった。
☆
「ふぅ〜、ここまで来れば大丈夫でしょ」
エマはパラソルから遠く離れた場所で足を止めると、砂浜にシートを広げた。辺りに人は見当たらない。
「お、おい……あんまり離れたらみんなに迷惑が……」
「大丈夫よ。ここはちゃんと指定のエリア内だし。それに、一応グループLINEにも連絡を入れておいたから」
冬弥はキョロキョロと周囲を見渡す。あまりにも周りに人がいないものだから、エマと二人きりという今の状況が強調されてしまっているようにも感じる。
「じゃあ、早速お願いね」
エマはそう言うと、冬弥に日焼け止めのクリームを渡した。
そして、シートの上に仰向けになって寝そべる。
「……え?」
「どうしたのよ。早く塗りなさい」
エマはポージングを取ると、急かすように冬弥の目を見つめた。その姿はセクシーそのものだ。オレンジのフリルが付いた大胆なビキニは彼女の身体をより魅惑的にしている。胸やら脚やら、肌の質感までもが鮮明に冬弥の目に映った。
「いや、え、何言ってんだ!? 恥ずかしいに決まってんだろ!」
冬弥はさすがに抵抗した。それが予想外の言葉だったのか、エマの顔に驚きの色が浮かぶ。
「ど、どうしてよ。むしろ感謝して欲しいくらいなのに」
「いや、だって……」
冬弥は視線を下に向けた。そこには、彼女の白くて綺麗な素足が伸びている。上の方に目をやると、今度はハーフ系美少女と呼ぶにふさわしい顔面と、際どい水着によって強調されている大きなお胸がある。
「俺が日焼け止めを塗るってことは……」
「ええ。ワタシの身体に、満遍なく塗りたくって頂戴♡」
「無理に決まってんだろ!!」
冬弥はさすがに反論した。しかしエマも引かない。
「遠慮しなくていいわよ。イケないところも全部、触って……♡」
「触ることが目的になってないか!? というかやっぱ良くないよこれ! 社会的にも!」
冬弥の言葉を聞いて、エマはしばし沈黙する。そして、彼女はゆっくりと身体を起こすと、今度はうつ伏せになった。そして────
「え……?」
冬弥は困惑した。エマが突然、上のビキニのホックを外したからだ。
「ほ、ホラ! う、うつ伏せなら触っても大丈夫でしょ!」
「待て待て待て待て!!」
何で上裸になるんだよ!! と冬弥は叫んだ。エマは寝そべりながら、大きな胸をシートに押し付けている。少しでも体勢を変えればすぐに見えてしまうだろう──だが、彼女は全く気にしていない様子だ。
「背中だけならいいんでしょ! ホラ、さっさと塗って!」
「……ッ!」
冬弥はなおも葛藤した。同級生の女の子の身体にみだりに触れていいものなのか。当然、恋人同士ならまだしも、友人同士の関係で如何わしいことをするなんて許されるはずもない。
「わ……わかった」
しかし、冬弥は覚悟を決めた。どうせエマの誘いを断る権限など、自分にはない。
彼はキャップを外すと、そのまま日焼け止めクリームをすくい上げる。
「じ、じゃあいくぞ……」
「早くしてよね」
エマは目を瞑っている。──緊張しているのだろうか。いつもより声が震えているような気さえした。
冬弥はゴクリと唾を飲み込むと、まずは彼女の首筋に触れた。
「ひゃっ!」
「わ、悪い!」
冬弥は慌てて手を引っ込める。
「べ、別に謝ることないわよ……。続けて」
「お、おう……」
再び、冬弥は手を伸ばした。指先がエマの柔らかい肌に触れる。首元にクリームを広げると、そのまま背中をなぞるように指を下ろしていく。
「────っ」
エマの身体は引き締まっていた。普段から鍛えられている証拠である。だが、女性特有の柔らかさみたいなものもそこにはあって。
「……んっ」
「だ、大丈夫か?」
エマが可愛く鳴いたので、冬弥は冷や汗をかきながら言った。やはりクリームを塗るのが背中だけで本当に良かった。仮に他の部位も任せられたら、砂浜に顔を突っ込んで自ら命を絶っていただろう。
やがて、冬弥は自らのタスクを終えた。本当はまだ終わっていなかったとしても、終えたということにしておく。
「……終わったぞ」
「ありがと……でも、まだ終わりじゃないわ」
エマはそう言うと、くるりと振り返った。まだ何かを企んでいる様子だ。しかもその顔は妖艶で、まるで目の前の獲物をここで仕留め切ると覚悟を決めたような表情だ。
「次は、前を────」
「こんなところにいたんだ」
刹那。二人の前に、無表情の灯織が現れる。
「ひ、灯織……!」
「……ちぇー」
エマは舌打ちすると、残念そうな表情を浮かべた。水着のホックを付け直す。
冬弥は命拾いする格好になった。よく見ると、灯織が頬をプクーっと膨らませている。
「まぁいいわ。ワタシたちもそろそろ行きましょ」
「俺は最初からそのつもりだったんだが……」
結局二人は立ち上がると、灯織と一緒に元いた場所に戻ることになった。
「えっと……灯織?」
「………………………………」
移動する間、灯織はずっと冬弥の腕にくっついていた。その理由は全く分からなかった。
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