第18話 フェスティバルがはじまる(they call it ”No.1”)
七月の晴天に恵まれる中、『第三十七回海北高校学校祭』が始まりを告げた。
「射的やってるよ〜!」
「アナタの恋愛運占ってみませんかー!」
通称『海北祭』は二日間に渡って出店やステージ発表が行われ、最終日の夜に花火が打ち上げられて終了、という流れになっている。今日はその一日目だ。
生徒や先生だけでなく、一般の人も紹介券があれば入れるというシステムの都合上、正門前の屋台が立ち並ぶところには多くの人が溢れかえっていた。
「……」
そんな喧騒の中、冬弥は調理台の前に立ち、一人で焼きそばを作っていた。
「すごい人の数……やっぱりみんな、祭りが好きなんだな」
そんなことを呟いてから、ソースと混ぜた麺をひっくり返す。ただでさえ外は暑いのに、鉄板で調理をしているものだから汗が止まらない。
「そこの兄ちゃん。焼きそば二つ頂戴!」
「あいよー!」
冬弥は通りすがりのおばあさんから注文を受けると、ちょうど出来上がった焼きそばをパックに詰めて、手渡しした。
「ありがとうございました〜」
冬弥は頭を下げる。実は、先程まで灯織が隣で手伝ってくれていたのだが、今はトイレに行っていて留守だった。
「ふぅ……」
しかし、一人で屋台を切り盛りするというのも悪くない──そう思いながら、麺を袋から取り出した瞬間。
「トウヤー!」
聞き覚えのある声がした。顔を上げると、そこには腕組みしたエマが立っていた。
彼女はクラス制作の赤いTシャツに身を包んでいた。金髪を二つ結びにして、相変わらず絵から飛び出してきたような凛々しさを誇っている。
「エマか。いらっしゃい」
冬弥は笑顔でそう言ったあと、エマの左腕に緑色の腕章が付いていることに気がついた。
「ん? なんだ、それ」
「これのことかしら? 生徒会の腕章よ。ワタシ、これでも副会長だから」
「マジで!?」
エマはえっへんと立ち誇る。いつの間にか、初恋の相手が権力者に……冬弥はますます下手な口を利けなくなった。
「まぁそんなことはどうだっていいのよ。焼きそば三つ、くださいな」
エマはそう言って、指を三本立てた。冬弥は不思議な顔をする。
「一人で三つも食べるのか?」
「まさか! 友だちから頼まれてたのよ!」
エマは顔を赤くしてそう答える。冗談だ、と返してから、冬弥は麺を袋から取り出した。
鉄板で豚肉とニンニク、キャベツをサッと炒め、その上に麺をのせる。そしてソースをかけ、鉄板全体を使ってほぐす。ある程度経ったら人参と玉ねぎを入れ、かき集めるように混ぜ合わせる。
「うん〜いい匂いね!」
エマはキラキラした目でそう口にする。そして、最後に紅しょうがと青のりをかけて完成。冬弥は出来上がった焼きそばをパックに詰めると、そのままエマに手渡した。
「はいよ」
「美味しそうね〜。ありがとっ」
彼女はお金と引き換えにそれを受け取ってから、笑顔でそう答える。そして、冬弥の全身を眺めてから言った。
「その格好、似合ってるじゃない」
「お、おう。気合い入れすぎかなとも思ったんだけど」
冬弥の格好はまさに、祭りによくいる屋台の兄ちゃん、といった感じであった。白い手ぬぐいがいい味を出している。
「似合ってるわよ。でも、午後のワタシの方がすごいかもね」
エマは腰に手を当てて言った。
「へぇ、自信ありげだな。A組に行けばいいんだっけ?」
「ええ。午後に来れば会えるわよ」
楽しみにしてて、と言ってエマは冬弥の顔に指を近づけた。
「わ……わかったよ」
「じゃあね。頑張りなさい!」
エマは笑顔を浮かべると、手を振った。そして、人混みの中に消えていった。
冬弥は思わず見惚れてしまった。やはりエマは美人だなぁと思う。自分は一度好きになっているわけだし。
今から、エマの教室に行くのが楽しみだ。
「……お待たせ」
すると、トイレから灯織が戻ってきた。
冬弥と同じく、黒色のクラスTシャツに身を包んでいる。相変わらず灯織は美人であり、近くを通った人が時折、彼女の方に振り向いていた。
「さっき、入れ違いでエマが来たぞ」
「ほんと? わたしも会いたかったな」
灯織は少し残念そうに俯いた。彼女が人と会えなくて寂しがるようになるとは──冬弥は相方の成長を感じた。
「あとで一緒に行こうか? エマの教室」
「うん……でも、冬弥と一緒かぁ」
灯織は渋る。その様子を見て、冬弥は苦笑いを浮かべた。
「まぁそうか。男女で歩いてたら、すぐみんなに噂されるしな。ましてや灯織なら尚更──」
「いや。単純に横歩きたくない」
「土曜日の記憶無くしたのか!? あの時なんて一日中一緒にいただろ!」
「と、冬弥! こ、声大きい……!」
周りを見渡すと、何人かの人がこちらを見てヒソヒソ話をしていることに気がついた。冬弥は誤魔化すように袋から麺を取り出すと、醤油をかけてほぐし始める。
「……悪かったな。土曜日のことは忘れるとするよ」
冬弥は真剣な顔で呟いた。誰もが羨む美少女と街中を歩いて、手を繋いで……腕まで絡めた。そんなことは普通に生きていたらまず起こらない。
あれはたまたま起きたことだと、そう思い込むことにしたのだ。
「さすがに無理でしょ。忘れるなんて、そんなこと」
灯織は誤魔化すように袋麺と野菜を炒める冬弥の顔を覗き込んだ。そして、目線を前に戻す。
「……別に、わたしだって、あの時のことを忘れたわけじゃない」
灯織は小さい声で呟いた。
ただ、学校で一緒に歩くなんて恥ずかしいだけ──そう付け加える。冬弥はそれを聞くと、からかうように言った。
「もう一緒に焼きそば作ってる時点で、今更な話だとは思うがな」
「……! そ、それは……」
たじろぐ灯織。アタックチャンスは今だと、冬弥は追撃を加える。
「しかも、俺と同じシフトに入れて欲しいって頼んだのは、他ならぬ灯織らしいし」
「なんで知ってるの!?」
灯織は隣で慌てふためく。そんな彼女の様子を見て楽しみながら、冬弥は焼きそばをパックに詰めた。
「内緒だ。エマの真似」
「むぅ……」
冬弥のからかいに、灯織は頬を膨らませる。その姿があまりに可愛すぎて、複数の通行人が彼女に指をさした。
「あの子可愛い〜♡」
「それな……!」
「あれ、若宮さんじゃない?」
「本当だ! 俺ずっとファンだったんだよ!」
「あそこの焼きそば食べたーい!」
「焼きそば買ったらサインくれるかな!?」
近くにいた生徒たちが屋台にゾロゾロと行列を作り始める。もちろん、客の大半が灯織目的だった。
「え、ええ!?」
「おぉ、これはすごいことになったな……」
冬弥は男子生徒からやっかみの視線を向けられつつ、手ぬぐいを締め直した。これは急いで焼きそばを作らねば。
そして、この機会に……大量に売りさばく!
「焼きそばくださーい! あと、若宮さんとツーショットいいですか?♡」
「え、ちょ、ちょっと……」
一番前に並んでいた女子生徒がそんなことを言うものだから、灯織は助けを求めた。
「と、冬弥────」
彼はニコリと笑うと、親指を立てる。
「遠慮なくどうぞ!」
「冬弥ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
屋台の横の空いているスペースに引きずり出され、灯織の撮影会が始まった。今まで彼女の存在を知らなかった上級生や下級生も、屋台の周りに集結していた。
「しっかり列に並んで下さーい! ここの焼きそば買ってくれたら、この子とツーショット撮れますよ〜! ほら、買った買ったぁ!」
冬弥は灯織をダシに、大量の顧客を獲得することに成功した。灯織の信頼を犠牲に、売上を伸ばす。フェスティバルの始まりである。
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