第17話 可愛くてごめん
「あーあ、美味しいもの食べたら眠くなってきちゃった」
エマはベンチにもたれかかって、欠伸をした。時刻は既に午後2時を過ぎている。そろそろクレープがお腹に溜まり、眠くなってくる頃合だ。
「ちょっと、ここで休憩する?」
「いいわね。足を休めましょ」
灯織の提案に、エマは同意する。冬弥もそれを聞いて、紙袋を床に置いた。
「そういえば、二人のクラスはどんな出し物をするのかしら?」
エマがそんなことを聞いてくる。
「お化け屋敷と、屋台の焼きそばだな」
「なるほど! 王道って感じでいいわね!」
「エマちゃんのクラスは?」
灯織がそう聞くと、エマは指を自分の口の前に立てた。
「秘密よ。当日のお楽しみってことで」
「えー、ずるい」
灯織は頬をプクッと膨らませる。エマはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ふふっ。今から学祭が楽しみだわ」
「……ほんとに何をやるのか想像もつかないな」
そう言いつつも、冬弥は妄想を掻き立てた。エマが胸元を開けたメイド服を着て、客をもてなしている姿を。
『そ、そんなに見ないでよね!』
そう必死に隠しながらも、豊満な胸元がはだけてしまって。その素晴らしい楽園を、是非とも作り上げてもらいたい。
「あんた、今エッチなこと考えてなかった?」
「そんな。滅相もない」
現実のエマに睨まれ、冬弥は視線を外す。女の勘というのは恐ろしく当たるものである。
「そ、そういえば、二人はステージ発表とか出ないのか?」
冬弥は何とか追及を逃れようと話題を変える。
「ワタシは色々と忙しいから、出ないわ」
「意外だな。じゃあ、灯織は? たしか部屋にエレキギターあったよな」
「……バンド組む友達いないから」
「じゃあ、個人で出ればいいんじゃないか?」
「バンドとソロ演奏はまた話が変わってくるわよね〜」
分かってないわね、とエマは冬弥のおでこにデコピンした。
「痛った……」
「来年も学祭はあるし。とりあえず、今年は今年の楽しみ方で行きましょう!」
エマは灯織ににこりと笑いかけた。それを見ると、なんだかこっちまで笑顔になってしまって。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「う、うん……!」
エマが立ち上がり、歩き出す。その後に続くように、二人も立ち上がった。
「次はどこに行くんだ?」
「えっと、何か忘れてるような気がするのよね……」
「え?」
必死に思い出そうと、エマは頭を悩ませる。冬弥は何やら嫌な予感がした。
その瞬間──。
「あっ!!!!」
エマは突然声を上げた。
「思い出したわ! プリクラ! プリクラ撮りに行きましょ!」
エマは灯織の手を取ると、そのまま走り出した。
「ちょ、おい! 急に走るなよ!」
冬弥は慌てて二人を追いかける。しかし紙袋が重すぎて、なかなか前に進めない。
エマは振り返り、冬弥に向かって手招きをした。
「ほら、早く行くわよ」
「分かった、分かったから!」
冬弥はエマの後を追いながら、心の中で呟いた。プリクラ──そういえば、一度も撮ったことがないな。高校生と言えば、って感じの代物だが。
「さぁて、どれにしましょうか」
エマは筐体の前で、目を輝かせていた。ゲーセンのプリ機コーナーには、様々な機種が置かれている。どれも最新型で、色鮮やかにライトアップされていた。
「これはどう?」
エマが選んだのは、一番大きなサイズのものだった。
液晶画面には、『可愛く撮れる♡最新プリ機』という文字が躍っている。
「ええ……」
「いいじゃない! せっかくだし!」
エマはノリノリだった。一方、冬弥は自らが住んでいる場所とは違う世界に潜り込んでしまった気がして、完全に縮こまっていた。
「灯織は、プリクラ撮ったことある?」
「あっ、ええと……中学生の時に何回か」
少なー! と、エマは驚く。女子高生といえば、出かける度にプリクラを撮る生き物でしょ──彼女がそう言うのに対して、灯織は頷いた。
「でも嫌いじゃないよ。撮ったら、可愛くなれるし」
灯織は苦笑しながら答えた。お前は加工しなくても美人だろうが……冬弥はそう言おうと思ったが、野暮なので黙った。
「お金を入れて……よし、これで準備完了! じゃあ、早速入りましょう」
エマは楽しげに言う。三人はプリ機の中へと入った。中はかなり広く、大人数でも余裕で入れそうだ。「まずは背景を選びましょう。それからモードを決めて、最後に撮影ね!」
エマは慣れた様子で、画面を操作していく。外付けじゃなくて撮影機の中に入ってるのは珍しいわね──なんて言いながら。
「ん、この『特別背景』って何かしら?」
ふと、エマが不思議そうな顔で液晶を指さした。
「うーん、それはカップル用じゃない? わたしもよく分からないけど」
「ふぅん」
冬弥は嫌な予感がした。こういう時の予感だけだいたい当たる。
「じゃあ、それにしてみましょう!」
エマが指差したのは、先ほど指さしたハートマーク付きのフレームだ。説明文では、『彼氏とのツーショットにオススメ♡』と銘打っている。
「なんだと!?」
「カップル用だけど、いたって問題は無いはずよ!」
「うん、いいね!」
エマはテンションが爆上がりしている。それに釣られるように、悪ノリを嫌うはずの灯織も乗り気になっていて。
「そ、そうか……」
冬弥は二人に挟まれて、見えないはずの空を見上げた。
──ここまで来たら、もうどうにでもなれ!
「可愛く写ってやるぜ!! お前らよりもな!」
「超乗り気じゃん……」
「そうこなくっちゃ。じゃあ、撮るわよー!」
エマが画面をタッチした瞬間、カウントダウンが始まる。
『まずは指ハートで決めポーズ!』
「指ハート!?」
冬弥は困惑する。そしてポーズの中身を吟味する時間さえ取れずに、パシャリと音が響いて。
無表情でポーズを決める灯織と、ノリノリで写るエマに挟まれながら、騒がしいプリクラ撮影は進んで行った。
☆
「あはは!! トウヤ、何よこの手!」
「指ハートって……これ、親指立ててるだけじゃん」
「うるせぇ……! わからなかったんだよ! 指ハート!」
落書きタイムの途中、大きなモニターに映し出される写真にエマは爆笑し、灯織も堪えきれないようにクスクスと笑っている。
冬弥は少し拍子抜けした気分になった。プリクラはもっとこう、何か凄い儀式的なものだと思っていたのだが。意外と自由度があって、みんなそれぞれで楽しめるものになっているんだな。
二人が落書きしているのを後ろから見ながら、冬弥はふぅと息をついた。
「あー、楽しかった! 学校祭の分まで笑っちゃったわ!」
ゲームセンターを出る途中、エマは満面の笑みでそう語る。
「うん……久しぶりに、こんなに笑ったかも」
灯織が笑い涙を拭いながら言った。
「……俺、そんなに変な顔してたか?」
「まぁ、いつも通りと言えばいつも通りのアホ面よね」
「なんだと!? いつも通りって言うほど会ったことないだろ!」
「小学生の時も入れたら、何百回と会ってるじゃない! まったく……」
エマはそう言い終えたあと、何かを思い出したかのように携帯を取り出した。
そして、顔を引きつらせる。
「げっ……もうこんな時間!?」
エマは信じられないと言った表情で画面をのぞきこんだ後、バッグを肩にかけ直した。
「ごめんなさい! ワタシ、そろそろ帰らないと……」
「まぁ結構遊んだしな。はい、紙袋」
冬弥はエマに、買ったばかりの服が入った紙袋を手渡す。
「ありがとう! 今日は楽しかったわ! また遊びましょう!」
「うん。またね、エマちゃん」
「ええ──あと、灯織。これ」
エマは灯織の肩を叩くと、小さな箱を取り出した。
「これは……?」
「マカロンよ。大雨の時のお礼がまだできてなかったから」
灯織はパチリと瞬きをする。そうだ、たしか一緒にバス停の小屋に避難して、雨宿りした時に──『いつかお礼するわ!』と、そう言っていた気がする。
「どうぞ」
「う、うん……!」
灯織は嬉しそうにそれを受け取る。お礼なんていいのに──そう言おうとしたが、ここは素直に好意を受け取っておこうと思った。
「じゃあ、本当に行かなきゃ。バイバイ! また学校祭で会いましょう!」
エマは手をブンブンと振り、駆け足で去っていった。二人は呆気に取られながら、エマの背中を見送る。
「──さて、俺たちも帰るとするか」
「うん」
二人はバスターミナルに向かって、歩き始めた。早く帰って、ナギに今日のことを話したいと思ったのだ。
もちろん、手を繋いだり、腕を絡めたりしたことは内緒で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます