第16話 僕が歌えば三重奏

「……」


 冬弥と灯織は顔を見合せたまま硬直していた。買い物を始めようとした矢先、服屋の前で、ハーフ美少女こと二階堂エマに遭遇したからだ。


「な、なんであんたたちが……」


 エマは金髪を二つ結びにして、青いレースブラウスに爽やかなフレアスカートを合わせていた。見ているとこちらまで涼しくなるようだ──冬弥は、「よっ」と手を挙げた。


「奇遇だな。買い物か?」

「どうしてこの状況であんたは気さくに話しかけられるわけ!? あの子引いてるわよ!」


 エマは灯織を指さす。彼女は腕を組んだまま、しかめっ面で立っていた。


「……久しぶり、エマちゃん」

「灯織までしらばっくれてる!?  一体どうなってんの……?」


 エマは頭を抱えた。いつも一緒の二人が休日にわざわざ、こんな街中に来るなんて──怪しい。絶対、何かある。


「どうして二人がここにいるのよ?」

「お、俺たちは……学校祭の買い出しで……」

「そうそう! 必要なものを買いに来たの」

「ふーん……」


 エマの視線が、二人の間を往復する。そしてダッシュで灯織に近づくと、困惑する彼女を他所に、Tシャツの匂いを嗅いだ。


「……トウヤの匂いがする」

「犬か! 気のせいだから安心しろ!」


 エマは嫉妬に狂っていた。完全に疑われている──冬弥はなんとか言い逃れしようとした。


「信じてくれ。俺たちはただ、学校祭の買い物をしに来ただけなんだ!」

「ずっと耳赤かったけどね」

「郵送だから現物は無いがな!」

「さっき手繋いだけどね」

「嘘だと思うんなら、雑貨屋の人に……」

「腕も絡めたけどね」


 冬弥は頭を抱えた。何故か、灯織が逐一余計な情報を付け足していく。全てが水泡に帰した。


「……本当?」


 エマは疑惑の目を向ける。それを見兼ねて、灯織は口を開いた。


「あ、今のは本気にしないで。冬弥が困っていく様を見たかっただけだから」

「ひ、灯織? ということは手を繋いだ、っていうのは……」

「うん。大体、好きでもない人と手を繋ぐわけが無いでしょ」


 灯織は呆れ気味にそう言った。エマもそ……そうよね! と言ってあからさまに元気になる。


「よ、良かった──そうだ! せっかくの機会だし三人で回りましょう! こいつが灯織に変なことをしないかを見張る意味でも!」

「心配しなくても変なことなんかしないから安心しろ!」

「賛成。冬弥もいいでしょ?」

「お、おう……。まぁ、いいんじゃないか」


 珍しく灯織が乗り気なので、冬弥は彼女に任せることにした。こうして、急遽三人で札駅を回る運びとなった。


『好きでもない人と手を繋ぐわけが無い』……灯織はそう言ったけど、さっき一緒に手を繋がなかったか? あれはノーカンなのだろうか。


 冬弥はそんなことを疑問に思いつつ、エマと灯織に挟まれながら歩いた。


「エマちゃんは一人でお買い物?」

「ええ。夏服を買いに来たの」

「あ、わたしも。冬弥には、荷物持ちをしてもらおうと思って」

「いいわね。あっ、あの服屋さん見てみたいわ! 行きましょう!」


 エマが先陣を切る。灯織もノリノリでそれについて行った。


「ま、待てって!」


 冬弥は急いで彼女らの後を追う。けれどもエマと灯織が楽しそうにしているのを見るのは、まぁ悪い気分ではなかった。


 ☆


「いやぁ……買ったなぁ……」


 冬弥は荷物持ちとしての役目をしっかりと果たしつつ、歩みを進めていた。


 あれから、エマと灯織は洋服を何着も購入した。あまりに容赦なく荷物を持たせてくるので、二人には人間の心がないんじゃないか──そう思ったほどだ。


「あっ、そこにクレープ屋があるわ。休憩がてら行ってみない?」

「うん。行こ」


 灯織は即答した。そして、早速店の方に向かう。


「……俺のこと忘れてないか?」


 二人の背中に向かって言うが、反応はない。もう既に、彼女らの意識はクレープに向いていた。


「────」


 冬弥は息を呑んだ。顔を見合わせて笑う二人の顔が、実にいいものだったからだ。


「まぁいいか。なんか楽しそうだし」


 灯織たちの笑顔を見れば、紙袋の重さなんでどうでも良くなった。冬弥はある意味清々しい気持ちを携えて、彼女らの後をついていく。


「ね、冬弥は何食べるの?」

「……ん? あ、あぁ」


 その時。おもむろに振り返った灯織が、そんなことを聞いた。


「クレープ奢るよ。お姉ちゃんから『冬弥くんに』って、お小遣い貰ってるし」

「お、おう。悪いな」


 冬弥はそう言うと、遠くにあった店のメニュー版を覗き込む。とても美味そうなものばかりだ。


「じゃあ、チョコバナナクレープにしようかな」


 生地のモッチリ感と甘さのハーモニーに期待しつつ、そんなことを言った。実は、冬弥は甘いものが人一倍好きである。忙しかった関係でしばらく食べていなかったが──ワクワクが止まらない。


「はっ……? あんた、正気?」


 すると、エマは信じられないものを見るような目でこちらを見ていた。


「なんだよ。エマも食べたいのか?」

「ちっっっっっっがうわよ! バカじゃないの!?」


 エマは声を上げる。彼女は、クレープの屋台の方へと視線を向けた。そこには、看板がある。

『チョコバナナクレープのみカップル限定! 二人で一緒に注文してね!』という文字が躍っていた。


「……え。そんなことある?」


 俺、普通に食べたかっただけなのに。こんな事があっていいのか。冬弥は社会の厳しさを味わった。


「次のお客様、どうぞー」


 そうこうしている間に、自分たちの番が来てしまった。店員さんがイケイケな女性ということもあり、冬弥は萎縮してしまう。


「ワタシはシュガーバタークレープで。二人は?」


 エマは二人の方に振り返る。早く選ばないと。そう思って、冬弥がメニュー版に目を移した瞬間──。


「じゃあ、チョコバナナクレープで」


 灯織はなに食わぬ顔でそう言った。驚いて、冬弥が彼女の顔を覗き込む。


「え、灯織……それはカップル限定なんじゃ」

「いいから。わたしもそれが食べたかったの。はーい、せーのっ」


 灯織に急かされるがまま、冬弥は満面の笑みで言った。ここまで来たら、もう関係ない。俺はチョコバナナクレープを食べる。食べるんだ!!


「「チョコバナナクレープ、下さい!」」


 ☆


「「はぁ…………………………」」


 クレープ屋のすぐ近くにあるベンチにて。魂の抜けたように佇む二人を見て、エマは問いかけた。


「どうしたのよ、二人とも」

「いや……」

「さっきのこと思い出すと、恥ずかしくてなぁ……」


 冬弥は先程のことを思い浮かべていた。結局、灯織と一緒に『カップル限定のチョコバナナクレープ』を注文。その時の恥ずかしさが今になって、自らの身に襲いかかっていた。


「たしかに、随分と息ぴったりだったわね」


 エマが笑いながら言う。彼女の手にも、クレープがあった。


「まぁ、仲が良いのはいいことだわ」

「そうだけどさ……」


 エマはクレープを一口齧ると、幸せそうな顔をする。灯織もそれに続いて、クレープを食べ始めた。


「ん、美味しい」

「ああ。そうだな」


 冬弥と灯織は、お互いに感想を言い合う。


「冬弥は東京でも、美味しいクレープ食べてそうだけど」

「いや、ほとんど食べたことないぞ」


 ほんと? と、灯織が冗談半分に聞く。冬弥は首を縦に振った。


「へぇ〜。たしか小学生の時、ワタシと一緒に行かなかったかしら?」

「え、本当か!? 全く記憶に無いんだが……」

「嘘よ。何焦ってんの! あははっ!」

「か、からかうなよ! からかうなら灯織の胸のサイズにして……」

「オマエヲコロス」

「!?」


 そんな軽口を叩きつつ、三人は極上のクレープを堪能した。この旅において冬弥の安全は保証されていないことはもちろん、灯織によって命の手網が握られていることも明白だろう。現実は非情なものである。

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