第15話 街へ繰り出せ!

 土曜日、初夏の中にあっても、札幌の風は心地よい。二人は午前中から早くも、街の中心部に来ていた。


「おぉ……!! すごい人の数だ!」


 冬弥は感嘆の声を上げた。札幌駅──通称『札駅さつえき』と呼ばれているこの建物は、北海道でも有数の人通りがある場所だ。


『手伝いなんていいから。デート、行っておいで☆』というナギの言葉にも押され、二人はここに来ている。買い出しに行くだけなのに『デート』とは大袈裟だなぁ……と冬弥は思った。


「いやぁ、こんなに人がいっぱいいるんだな!」


 しかし実際に来てみると、街中というのはテンションの上がるところだった。


「東京に比べたら、大したことないでしょ」


 冬弥がはしゃぐ一方で、灯織はスマホ片手に道を調べていた。真剣な面持ちである。


「ただの買い出しなんだから、そんなに騒がないで」

「……と言いつつ、結構オシャレしてるんだな」

「そ、それとこれとは話が別!」


 灯織は自分の体を隠すように両手で覆った。白のTシャツに、紺色のスキニーパンツを合わせており、シンプルながらもスタイルの良さが際立っている。靴もオシャレな黒のスニーカーで、統一感が抜群。


 髪を軽く巻いていて、その上からキャップを被っている。家での適当な部屋着姿とは違い、外に出る時はしっかり私服を着こなしていた。


「……ん?」


 冬弥はふと灯織の顔を覗き込んだ。彼女の顔が何故か真っ赤だったからだ。


「どうした、体調悪いのか?」

「へっ!? べ、別に大丈夫!」


 灯織は珍しく大きな声を出した。冬弥の肩がビクッと揺れる。


「そうか。じゃあ早く行こうぜ」

「う、うん」


 そうして、二人は人混みをかき分けながら前に進んだ。


 休日だからだろうか。東京ほどではないにせよ、地元の若者やマダム、外国人観光客などで大賑わいしていた。


「結構混んでるな」

「まぁね。土曜日だし」


 灯織は慣れた手つきでスマホをいじる。目的地への行き方を確認しているようだ。


「えっと、お店はステラプレイスの方にあるみたい」

「す、ステラ──え?」


 冬弥は聞き返した。当然、この建物のことなど何も知らない。


 そんな彼をよそに、灯織はその店のある方向に足を踏み出していた。そのまま冬弥の手を掴むと、グイグイと引っ張っていく。


「ほ、ほら! 早く!」

「……おい、灯織!?」


 冬弥は突然のことに戸惑いを隠せなかった。灯織の後ろ姿と繋がれた手を交互に見つめる。彼女の手は小さくて、なんだか繋ぎ方もぎこちなかった。


「なんだ、これ……」


 冬弥は小さい声で呟いた。感じたこともない胸の痛みを感じたり、『デート』なんて言葉が頭に浮かんできたりして。


 ……いや、これ以上考えるのはやめよう。あくまで今回はクラスの出し物のための買い出し。灯織だって、同居人ではなく一人の女性として見られるなんてことは忌み嫌うはず。


「────────トみたい」


 二歩先で、灯織がポツリとこぼした。

 その声は街の喧騒にかき消されて。冬弥は灯織の顔をのぞき込む。


「な、何か言ったか?」

「なんでもない! 早く行こ!」


 灯織は顔を真っ赤にして更に手を引っ張った。あまりの怪力に腕がちぎれそうになり、冬弥は声にならない雄叫びを上げた。


 ☆


「冬弥、ここ」


 しばらく歩いたところで、灯織が立ち止まる。ステラプレイスの五階に上がったところに、その雑貨屋はあった。


「やっとか。腕が消滅するかと思ったぜ」

「御託はいいから。行こ」

「御託て……」


 二人が店に入ると、オシャレな小物や文房具類はもちろん様々なデザインのカーテンが並んでいる。色も形も様々で、見ているだけでも何かしら好奇心を刺激してくれるというものだ。


 灯織はカーテン生地を手に取り、質感を確かめるように触る。冬弥も適当にカーテンに触れてみたが、正直よくわからなかった。


 しばらくすると、灯織が彼の方にくるりと回って言った。


「ね、これ良くない?」

「ん?」


 灯織は手に持っていた布地を広げる。それは、ピンクがかった無地のレースカーテンであった。いかにも彼女が好みそうなものである。


「あー、まぁ、部屋につける分にはいいんじゃないか」

「『部屋に』って、そのつもりじゃ──あっ」


 灯織は思い出した。今日は、クラスのお化け屋敷に使う暗幕を買いに来たんだった──。


 いつの間にかとんでもない勘違いをしていたことに気づいて、灯織は顔を背けた。


「もしかして、本来の目的を忘れてたのか?」

「あっ、いや、………………うん」


 恥ずかしさで顔が熱くなる。冬弥にそれを見られたくなくて、灯織は必死に話を元に戻そうと画策する。

 

「ごめんごめん、こっちだった!」


 彼女が指差したのは、「遮光・断熱用」と書かれた商品だった。


「えっと、うん! 部屋の中を暗くしたり、日光の熱さを軽減したりする時に使うみたい!」

「まぁそう書いてあるから……」


 珍しく冬弥がツッコんだ。取り返そうとすればするほど墓穴を掘ってしまうのは、人間の性というやつなのだろう。


 冬弥は明らかに動揺している灯織を可愛く思いつつも、事前にクラスメイトから聞いていた寸法のものを選び、レジに向かった。


「ええと……宛名は『海北高校2-F組』で、用途は『学校祭』でお願いします」


 冬弥は領収書に宛名と用途を記録してもらい、クラスの予算からお金を支払う。すると会計の途中で、店員さんが突然思い出したかのように口を開いた。


「そういえば、サイズの大きいものは学校に直接配達することも出来ますよ!」

「そんなサービスあるんですか!?」


 ええ、と店員の兄ちゃんはイケボで返事をする。二人は顔を見合せて、ニヤリと笑った。


 ☆


「いやー! まさか手ぶらで済むなんてな!」


 雑貨屋を出てからというもの、冬弥は上機嫌だった。手荷物が増えなくてラッキー! と喜びを隠さない。


「ね。まさか、郵送してもらえるなんて」

「そもそも雑貨屋に暗幕が置いてあるのも不思議な話だがな」

「何を今更……」


 灯織が歩くのに合わせて、冬弥も何となく着いていく。


「でも助かったぜ。着いてきてくれてありがとな」

「別に。私が好きで着いてきただけだし」


 灯織は平然と言った。冬弥はその横顔をじっと見つめる。物言いこそ尖っているが、実に柔らかい表情をしていた。


 初めて会った時の第一声が『……あっそ(興味ねえよカス)』だったことを考えると、大変丸くなったものである。


「っていうか……まさか、これだけで終わりだと思ってる?」


 灯織はそう言うと、冬弥に腕を絡めた。


「なっ……」

「せっかく手ぶらになったんだし。買い物、いっぱい付き合ってもらうから」


 灯織の小さな胸が冬弥の腕に当たる。正直、それが本当に胸かどうかの確証はない。しかし、その大きさからは想像できない深みのある柔らかさにドキドキした。


「まずは服屋。最近、全然行けてなかったから。ちゃんと見に行きたかったんだ」

「あ、あぁ……」


 腕を絡めて、珍しくテンションが上がっている様子の灯織。


 少女漫画を読んでいる時以外で、こんな楽しそうにしてる表情は初めて見たなぁ……と思うと、何だかこっちまで楽しくなってきて。


「よし。どこでもいいぞ! 荷物なら全部持ってやる!」

「本当……? じゃあ、遠慮しないから」


 灯織は少しだけ嬉しそうな顔をした。そして、冬弥にギュッと身体を寄せてくる。


「ちょ、ちょっと近くないか?」

「別に。さ、早く行こ」


 灯織に言われるがままだった。心臓がバクバク鳴っている。動揺するな。これは家族なら普通のことで──。


 冬弥は心の中で自分に言い聞かせた。しかし、さすがに恥ずかしいものは恥ずかしい。


「じゃあまずはここの服屋ね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ────!」


 そう言って、冬弥が灯織から腕を離した瞬間。目の前に大変見覚えのある人物が立っていた。


「あっ………………え?」


 そこには驚いたようにこちらを見つめる少女がいた。金髪碧眼、イギリス人と日本人のハーフ。親がお金持ちで、冬弥の初恋相手。


「な、なんであんたたちが────」


 伊達メガネを掛けた二階堂エマが、あんぐりと口を開けていた。

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