第53話 手料理

「さぁ、たくさん召し上がるね!」


 

 猫のように人懐っこい笑みを浮かべて凌龍リンロイはさゆりに料理を差し出した。



「うっ……」



さゆりは料理から顔を背けて食べるのを拒んでいた。



「さぁ、さぁ、さぁ!!」




グイグイ押し付ける凌龍リンロイ、その猛攻は止まることを知らなかった。




「これ、美味しそうじゃん」



俺はテーブルに置かれた木の器に盛られたサラダに手を伸ばす。



「先輩!! だ、ダメ!! それは食べてはいけない!」



さゆりの忠告が届く前に俺はサラダを口に入れてハムスターのように頬を広げ咀嚼してしまった。



「ほぇ?」



ごくんっと飲み込み、さゆりを見る。



「先輩、何にもない?」

「いや別に特には……」

「グリーンドラゴンサラダね! ダンジョン産の野菜とハーブを使っているアル。ドレッシングはお手製で秘伝スパイスと酸味を効かせてアルね!」

「言われてみれば少し、身体に力がみなぎってくるかも! あと何度も食べたくなるクセになる味! うまぁい!」

「気に入ってくれて嬉しいネー!」

「お兄ちゃん、こっちのスープも美味しいよ! なんか疲れがとれるみたい」

「ミスティックポーションスープね! ドラゴンカンフー秘伝のポーションレシピとダンジョンでとれる薬草とスパイスを使って効能を高めているアル。飲めば傷も一晩で回復するネ!」

「すごい、こんな料理、俺は初めて食べる!」

「お兄ちゃん、わたし、手が止まらないだけど」

「どんどん食べるネ! たくさん作ってアルヨ!」

「うぉおおおおおおおお、うまいっ、うますぎるぅうう!」

「あむっ! あむっ! おいしい! おいしすぎる! 止まらないよぉ」

「ミィっ、ミィっ、ミィっ、ぷはー!」



 箸を次から次へと口へ運ぶ俺の膝の上で、ミィは哺乳瓶をあおり一気に飲み干していた。俺はミィの背中をトントンしながら、食事をとる。ミィはゲフっと胃に溜まっていた空気を外に出すと、俺のお腹にもたれかかってくる。柔らかな感触と高めな体温が触れている部分から伝わってきた。



「さぁさぁ、さゆりも食べるネ! お代わりはたくさん用意しているヨ! 遠慮せず食べて欲しいね」

「うっ……」



さゆりは不審げな表情で凌龍リンロイを見る。俺たちにはさゆりがどうしてこの料理に手をつけないかわからない。



「この間みたいに媚薬を入れてないでしょうね?」

「そんなもの入れてないネ!」



媚薬? 俺は箸で掴んだおかずを中で止めた。隣で食べているほのかの手も止まっていた。



「お、お兄ちゃんどうしよう……わたし食べちゃった」

「お、落ち着け、こんな時は深呼吸だ。ひっひっふー、ひっひっふー!」

「お兄ちゃんこそ落ち着いて、それはラマーズ法だよ!! 食べすぎてお兄ちゃん、お腹が妊婦さんみたいにぽっこりしてるけど赤ちゃんは生まれないよ!!」

「ミィミィ?」



俺のぽっこり腹を枕にして、よだれを垂らして眠っていたミィは騒がしい声に眠そうに目を開ける。



「な、なんだか身体が無性に熱くなっていくいるような……」

「それは食べすぎネー。身体の代謝が急活性して熱くなっているだけアル」

「お兄ちゃん、わたし無性にお股のあたりがモジモジするんだけどこれってもしかして媚薬のせい?」

「それは飲みすぎただけネー。早くトイレに行くといいアルよ」

「お、お手洗いお借りします!!」



 ほのかは大きな足音を響かせてお手洗いに駆け込んだ。



「ほら、安心するアル! さゆりが心配することはこの料理には何もないね!」

「ほ、本当かな?」

「安心するアル!」



さゆりは気づかなかったようだが、俺は気づいた。「安心するアル!」と言った凌龍リンロイの視線はさゆりを見ずに右上を向いていた。



……まさかな。



「このきのこ美味しい! なんか不思議な食感……クセになる味だわ〜」



ん? きのこなんか俺たちが食べた料理に入っていたか??



少し違和感を感じながら俺たちの夕食の時は過ぎていった。

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