第51話 おれ、退院したら家がなくなっていた。
「なんだこれ……」
肩に背負っていたボストンバックを地面に落とす。
目の前には焼き焦げて、炭になったアパートの柱が見えた。この場所には2階建てのボロくさいアパートがあった。けして快適とは言えないが安心して過ごせる家だった。それなのに、俺の眼下には火が消火され倒壊した建物が地面に横たわっていた。
「ごめーん! 先輩。 焼肉してたら家を燃やしちゃった!!」
顔の前で手を合わせ、軽く片目をつぶって謝り、反省の気が見えない冒険者の後輩のさゆり。
「いや……ごめんですまないだろこれ……」
どうするんだよこれ。いくらボロアパートだと言っても弁償をするには建て直さなくてはならない。それをいったい誰が払うのか。
考えたくもない。間違いなく出火元が俺の一室だからだ。いくら火災保険に入っているからと言ってビタ一文払わないと言うことはないだろう。いったい、いくらになるんだ。
しかし、おかしいと思う点もある。
焼肉だけで、いくらボロアパートだから、これほど見事に全焼するものなのか?
一室の火災にしてはアパート全体が全焼している。まるでガソリンでも廊下に撒いたような焼け跡だ。
加えて、もう一つ不自然なことがある。先ほど大家に謝りに行った時、大家はショックを受けるどころかなぜか機嫌が良かった。まるで大金が懐に入ったかのように大きなキャリーケースを抱えて出掛けて行く後ろ姿に思わず理由を聞いた。そしたら、これからグアムに旅行に行くと答えてくれた。
自分のアパートが燃えた時に、旅行なんて悠長なことができるんだ? まるであらかじめ火災になることを知っていたようだ。
他にもおかしい点がある。アパートの他の住民はどうした? なぜ誰も集まってこない? これほど大きな火災があったのに見物客がいないのはいったいなぜなのだ。
「いやはや。これはとてもよく豪快に燃やしたね」
俺は聞き覚えのある男の声に振り返る。
そこには青いビロードのスーツに同じ生地のシルクハットを被った男が立っていた。
「マルコっ!?」
「ミィミ!?」
ミィと俺はその人物を見て驚く。
「おっと、そんなに敵意を向けないでくれ」
4週間前に戦ったべるべが所属している謎の集団アンリミテッド。そのアンリミテッドの一人、マルコ。
「私だって偶然通りかかっただけなんだ。散歩は日課だからね」
「なぜ、お前がここに!」
「そんなに騒がない方がいいと思うよ。周りには君以外、私のことは見えていないから」
「えっ?」
マルコの言う通り、急に声を荒げ始めた俺を「先輩……?」「お兄ちゃん?」さゆりとほのかが怪訝そうな顔をして見ていた。
「別に、私は君と争うつもりは無いだよ。仲良くしてほしいな」
「おれはお前と仲良くする気はない」
「それは残念……まぁ、いいや。今日は君に一つ忠告しにきたんだよ」
「忠告?」
「そう、私は親切だからね」
マルコはそういうといつのまにか俺の耳元に立って呟いた。
「君、ダンジョンには、しばらく行かないほうがいいよ」
マルコの声に思わず俺は背筋がゾクゾクと電流が走り悪寒に襲われる。
「そんなこと聞けるか!! どうせまた怪しいことをするつもりなんだろう」
「忠告はしたよ。聞くか聞かないかは君しだい。それに私たちは別に世界を壊したいわけじゃないだ。君たちと共存したいだけなんだよ」
「そんな話を信じられるか」
俺が彼を押し除けようとするとマルコは避けた。
「おっと怒った顔もチャーミングだ」
そして彼は俺の顎をクイっと掴むと俺の瞳を覗き込みように見つめた。
そして唇を押し付けてきた。
「んぐっ!??」
「み、ミィイイ!!??」
舌を絡ませる長い熱烈なキスだった。
ファーストキスが男からなんて……
「ぷはっ!! おま、何しやがる!!」
「おまじないだよ。君に幸在らんことを」
そう言い残しマルコは手を振って歩き出す。
「お、おい! 待て! 説明しろ!!」
道を左に曲がった時、そこにマルコの姿はなかった。
「先輩……どうしちゃったですか?」
さゆりが俺を上から見上げるように覗き込んでくる。
「なんでもねぇよ」
まだ口に中にアイツの感触が残っていやがる。
「それで先輩、ふゆふゆから家がなくなったなら、私の家が空いてるってメッセージが来てるんですけど?」
ん? なんで、まふゆが俺のアパートが燃えたことを知ってるんだ? なつきさんから話を聞いたのか?
「ちなみにお前、焼肉に使った肉は誰から貰ったんだ?」
「えっ? ふゆふゆから先輩の退院祝いにってくれたんですよ? 聞いてません?」
そんなの聞いていない。
「最近何か書類にサインした記憶はあるか?」
「えっと……そう言えばふゆふゆが書類にサインしてくれればお金をくれるって言ってたからサインしたかな?」
なるほど、これで犯人はわかった。
真相はこうだろう。
大家は犯人に買収されていて、多額の金でアパートを燃やすことを同意していた。さらに、犯人はアパートの住人まで買収しており、空いた部屋には、火が全体に行き渡るよう、燃えやすいものをあらかじめ散布しておいた。そして決定打となる肉は、ダンジョン産の高級フレームリザードマンの肉を和牛と偽って渡したことだ。これらのことを踏まえると、犯人は多額の金をドブに捨てるほどの財力を持っていて、おまけにダンジョンの素材にも詳しい人物だ。
「先輩、どうしますか? ふゆふゆの誘い」
「他の場所に泊まるって断っておいてくれ」
「先輩、泊まる場所なんてあるんですか?」
「お前の家だよ」
「えっ!? 私の家ですか!?」
「新居を見つけるまで、家燃やした責任くらい取れよ」
「あっ……いや、いつもなら別に構わないだけど、今は……ちょっと……」
さゆりは含みのある言葉で、頬をかき、乾いた笑いをこぼした。
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