第48話 あなたの夜は明けたから
ここはどこだろう。
目の前には白い霧と四葉のクローバーの花畑が広がっていた。クローバーは白い花を咲かせて穏やかな風に花びらを揺らした。
頭は少しぼんやりしている。でも普段、感じる身体の痛みはない。
近くには目に入るほど大きな光の渦が柱となって、夜空のように暗い空に伸びていた。
私は確か……
負けたんだ。
べるべと戦って
私が立ち上がると、地面のクローバーを揺らすように大きく風が吹き、花びらを巻き上げた。
つまりここは……
「ごめんね。はな。約束守れなくて」
私は胸にチクリとした痛みを感じた。来たかった場所なのに、ここにはなの姿はなかった。
「本当だよ」
「えっ?」
私は耳を疑った。
はなの声が聞こえた。確かに今、はっきりと耳にあの懐かしい声が響いた。
私は振り向いた。
そこには私が会いたくて、会いたくて、会って話がしたかった、あのはなが立っていた。
「はな……」
「久しぶり、めいちゃん。元気にしてた?」
「はなぁ……」
「どうしたの、そんな死んだ人に会ったような顔をして」
「はな、私……」
あんなにも話したかったのに、どうして、こんな、目の前にすると言葉が出ないだろう。
「会いたかったよぉ」
わからない、いっぱい話そうと思ったことがたくさんあったのに、私はそれらを涙でぐしゃぐしゃにして丸めてしまった。
「私もだよ。めい。いっぱい、いっぱい会いたかった」
私ははなの胸に抱きついた。
はなは抱きついた私の背中にそっと手を回した。
おかしい。抱きついて安心したのに、涙が溢れて止まらない。ずっとこうしたかったのに、願いが叶ったのに、嬉しいはずなのに、どうしてこんなに涙が出るだろう。
「めい、よく頑張ったね」
はなは優しく私の頭を撫でた。
「頑張ったよ。私、はなのためにたくさん頑張ったよ。だけど、辛くて、苦しくて」
「わかるよ。私も同じ病気だったから」
涙でぐしゃぐしゃにして見上げた私の頬をはなは優しく手で涙を拭いた。
「辛かったよね。痛かったよね。苦しくて、苦しくて、何度も消えたくなったのに。その度に私との約束を守ろうって思いとどまってくれて嬉しかった。本当はね。私はめいにそんなふうに思われるような子じゃないの。欲張りで嫉妬深くて、傲慢なの。だから時々、私がめいをあの世界に縛り付けているじゃないかと思った」
「そんなことない!! 私は、私の意思で行動したの。あなたに会いたかったのだって、本当は逃げたかっただけ、逃げて楽になりたかった。だから私は、はなと会うことを理由に悪いことをたくさんした。しちゃいけないことにはなを利用した」
私の言葉にはなは私の頭を優しく撫でた。
「本当に……めいは優しい。私が知っている世界で1番優しい女の子。私はめいの人生を無茶苦茶にしたのを知ってる。本当はもっと沢山の人と幸せになれたのに、私がめいを止まらせた」
私ははなの言葉に首を横に振った。
「はな。たとえ、それが真実だとしても。私は、あなたを恨んでない。はなに会えたことは私にとっては生きる希望だった。痛みと苦しみしかない世界で、はなが私に幸せを教えてくれた」
「知ってるよ。私もめいの隣にいて幸せだった。どんなに辛くてもめいとなら乗り越えられた。なのに、約束を破って1人にしてごめんね。置いて行って、苦しい思いをたくさんさせて、辛いことばかり背負わせて」
「いいの、もういいの。私は幸せだった。はなに会えて、私は世界のどの女の子より幸せだった。だから泣かないで。たとえ、生まれ変わっても私はあなたを探しに行く。どんなに遠くても、どんなに離れていても必ず、きっと、はなのことを見つける。だって私は世界のどの女の子よりもあなたを愛してるもの」
「嬉しい、私もだよ。めい。私もめいのことを世界のどの女の子より愛してる。たとえ、ここで進む道が違くても、私はきっとあなたを先で待っている……約束だよ」
はなは地面に咲き誇る四葉のクローバーをつまみ上げ、私に手渡した。
「うん、約束するよ、はな。世界で1番、誰よりも私の愛しい女の子、あなたのことはどんなことがあっても忘れない」
私は、はなから四葉のクローバーを受け取ると、優しくその身体を抱きしめた。
「私も、あなたにもらった幸せはどんなことがあっても忘れない。この身体が消えてしまっても誰よりもあなたを愛し続けるわ」
「きっとよ」
「うん、きっと」
私とはなはしばらく抱き合った。そしてはなは私の身体を離した。
「めいのお迎えが来たみたい」
はなに言われて振り返ると、そこには私と同じくらいの背の人が立っていた。星が輝く夜空のように真っ黒なその人は、私に手を差し伸べている。頭に二つ三角の形をした耳をがあり、細長い尻尾のようなものがお尻の後ろで揺れていた。
それを見て私は気づいた。
この時間が終わってしまうことを。
「いや! 私は、はなと一緒に行く」
「ダメだよ。めいにはやることがまだまだたくさん残ってる」
「はな……」
私ははなに向けて手を伸ばす。しかし、はなは私の手を掴まず首を左右に振った。
「私の代わりに幸せになって、たくさん世界を見てきて、そして好きな人を見つけてね」
「いや、だめっ、私は……」
「はな、私のお願いを一つだけ聞いてくれる?」
いやだ、聞きたくない。そんなことを聞いたら私は断れない。はなの願いはどんなものであろうと私は叶えたいと思ってしまう。
大きくなっていく光の輝く光の柱の渦を背後にはなは笑みを見せていった。
「私のことは……もう、忘れてね」
「あ、あぁああああああああ!!」
涙で視界が歪む、どんなに手を伸ばしても掴めない。私は掴もうとする。
誰を?
誰を掴もうとしてるの?
思い出せない。
大切な思い出なはずなのに。
一緒に過ごしたはずなのに。
あんなに大好きだったのに。
もう、あなたの顔さえ記憶の中では真っ白にくり抜かれたように消えていく。
行かないで、行かないで。
私を置いて行かないでーー⬛︎⬛︎
気がついた時、私は真っ暗闇の中を手を繋がれて歩いていた。
どうして泣いてるの。なんで涙が溢れて止まらないの。
わからない。わからない。
ただ、大切な何かを失った気がする。
私の中の大切な何かを。
大切な時間を。
思い出を。
過ごした日々を。
宝物のような毎日を。
全て、全て無くしてしまったような。
そんな気がする。
あぁ、眩しい。
光だ。
真っ暗闇の中で、私は光に向かって歩いていた。
『めい、ありがとう』
光の中に足を踏み入れた時、後ろからそう言われた気がした。
「えっ?」
私は後ろで振り返る。
そこには黒い闇が広がっていた。
だけど、私に見えないだけで。そこに確かに誰かがいた。
『私が受け取れなかった幸運も全部あなたにあげる。だから、いつか、いつか必ず私を見つけてね』
私は光に包まれ、徐々に見えなくなっていく。
だけど、確かにその時、何も見えないはずなのに、暗闇の中に私くらいの女の子が立っていることを感じられた。
「待っーー」
「ここは……」
目が覚めると白い天井を見上げていた。
私は上半身だけ起き上がって周りを見渡す。
すると左手を誰かに握られていることに気づいた。
その手の持ち主は、私が横になっていたベットに椅子に座ったまま、腕を枕代わりにしてか細い寝息を立てていた。
頭に生えた猫耳のようなものはピクっピクと時折動いている。その姿は一見すると少女のようで、座る椅子からは尻尾が動いていた。
「ようじ……?」
「う、うぅうん?」
私の声に彼は目を覚ます。
「ふわあぁああ……おはよう」
彼は犬歯が見えるほど大きなあくびをして私を寝ぼけ眼で見た。
私の反対の手には薄いクリーム色の四葉のクローバーが握られていた。その葉にあるハート型の模様は黄色く。手の感触からそれが本物ではなく作り物であることがわかる。
ひらりと白い花びらが頭上から落ちた。
私は頭に何か載っていることに気づいた。手に取るとそれは赤い花と白い花が織り込まれるように作られたクローバーの花冠だった。
「ごめん、壊れてかけてたから直しちゃった」
ようじはそう言ってはにかんだ笑顔を見せた。お世辞にも彼が直した花冠は綺麗とは言えない、しかし、私はそれを大切に胸に抱きしめた。
「うぅん、ありがとう。本当に……ありがとう」
窓の外には初夏の風に吹かれてカーテンがなびき、青い空に大きな白い雲が漂っていた。
病院の中庭には、白と赤のクローバーの花がお互い寄り添うように咲き誇り、夏の訪れを待った。
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