第47話 あなたの夜が明けるまで 4

 今の俺はべるべの攻撃を防ぐ手段がない。

 ただ時間が過ぎるのを見上げて待つことしか俺にはできなかった。



 上空が赤く染まった。



 べるべの背後には古代文字のようなものが、円の端に書かれた六芒星の魔法陣が次々と現れる。それは大きさに違いがあれど、一直線に俺たちの方を向いて真ん中に赤黒い球体を生み出していた。そしてその1番後ろにはその無数の魔法陣さえ飲み込む、地上に接近した太陽のような赤黒い円球が現れた。


「なに……それ」


 あんなものどこへ逃げても逃れるはずはない。俺は考えるのをやめて空を見上げた。


「消えろ」


 べるべが上空に掲げていた手を振り下ろす。あの手が下まで振り下ろされたら俺とミィはあの赤黒い光に飲み込まれるだろう。


「ダメだよ。べるべ」


 べるべが振り下ろそうとした手を黒と灰色に歪んだ空間から現れた白い手袋をした手が掴んだ。


「それを使ったら君だって無事じゃ済まないだろう」


 そう言って紫に歪んだ空間から青いビロードのスーツに同じ生地のシルクハットを被った紳士がそこには立っていた。


「マルコ……離して、あいつがべるべのおもちゃを」


「べるべちゃん……」


 マルコと呼ばれた反対の側の空間も歪み、白い人形のような肌をした、年寄りのようにものすごく猫背のシスターが立っていた。顔色はくっきりとした目にクマがありとても健康そうには見えないが、この世に3人もいないほど美人だった。


「私たちの夢を叶えるために、ここは我慢して……ねっ?」


「で、でも〜……」


 べるべは駄々をこねる子どものように目に涙を浮かべて女の人を見た。


「いい子にしてたら……ダスターがたくさん遊んであげる」


「ほんとう?」


 べるべは腕を下ろしてダスターと呼ばれた黒髪の女を見上げた。その瞬間、上空にあった魔法陣は次々と消えていった。


「うんっ、たくさんおもちゃを用意してあげるから」


「やったーー!! ダスター大好き!!」


 べるべはダスターに嬉しいそうに抱きついてその手を握った。


「お家に帰りましょう」


「うん!」


 べるべはダスターに腕を引かれて上機嫌に歪んだ空間の中に入って行った。


 俺はそれを見ていることしかできなかった。

 


「やぁ、見知らぬお嬢さん、いやここはミスターようじって読んだ方がいいかな?」


 俺はマルコと呼ばれた男に話しかけられ身構えた。


「おっと、そんなに警戒しなくても、私はただ君と話したいだけだよ」


「お前たちは何ものなの? 何が目的でダンジョンコアを集めているの?」


「これは失礼、私はマルコ、アンリミテッドの1人にしてこの世界をダンジョンコアの力によって変えようとするもの。私たちの願いはただ一つ。コアを集めて願いを叶えることだ」


「願いを叶える? なんのために?」


「簡単だよ。この世界で完璧な家族になりたいだよ」


「完璧な家族?」


「君も気づいている通り、私たちは人間ではない。だから、残念なことに私たちは世界に歓迎されていない。だからこの空間に長く留まることができないのだよ。こんなにも人と似通っているのに皮肉だと思わないかね?」


「それでこんなことをしていいと思っているの?」


 俺が睨みつけると彼は目を細くさせて見下ろしてくる。


「まぁ、君たち人間のように初めから身体を持っている人間には理解して欲しいとは思わないよ。だけど邪魔をするなら、少し痛い目見てもらおうかな」


「えっ?」


 一瞬だった。上空にいたはずのマルコはいつのまにか俺の肩を掴み耳元でそう囁いた。


「お嬢さん、隙だらけだね」


 俺は息を吹き込まれた耳を両手で押さえて顔を赤くしキッと睨みつける。


「おやおや、怖い顔しないで、可愛い顔が台無しだ。別に今日は何もする気はないよ」


「そっちにその気がなくても、こっちには!」


 突然、口から声が出なくなり言葉が喋れない。


「こっちには? なんだい」


「ーーっーーっ!?? ーーーーっ!!」


 そして次に身体が動かなくなった。指先も手足もまるでその場に固められたように微動だにしない。


「アンリミテッドは本当の家族になる。次に会う時が楽しみだよ。レディ」


 マルコは動けなくなった俺の耳元でそう囁くと、霧のように姿を消した。


「ぷはっーーっはぁっ、いったいなんだったんだ」


「ミィ?」


 めいのそばで隠れていたミィが顔を上げた。


「ミィちゃんよかった無事だったの!」


「ミィ、ミィ!!」


 俺が近寄ると嬉しそうに両手を上げた。

 そして俺の手をぺちぺちと嬉しそうに触る。


「帰ろうか」


 しかし、その言葉にミィはめいにしがみつく姿勢を見せる。


「ミィ!」


「大丈夫、めいを置いていかないよ」


「ミィ?」


「一緒に戦った仲間だから」


 俺は竜の血にまみれためいの身体を背負い上げた。すると、グラっと大きく地面が揺れた。


「何?」


 周りを見渡すと、岩場の端から白紙を燃やした時に出る黒い煤のようなものが現れていた。



「綻んでる……」


 めいが作った世界は、持ち主からのエネルギーの供給がなくなり、壊れ始めていた。


「ここにいたら危ない。ミィちゃん、ちゃんと捕まっていてね」


「ミィ!」


 ミィは俺の肩に足を乗せて頭を掴んだ。


 進み始めると次々と立っていた岩が大きな音を立てて崩れ始めた。


 ここはもう、何も残らない。


 終わりは近づいていた。


 だけど俺は誰かに後ろ髪を掴まれた気がして振り返る。


 そこには崩れ去る岩場と竜の姿があった。


「バイバイ」


 返事はなかった。

 だけど頭にチリーンと鈴の音が響いた。

 それはまるで竜が返事をしたかのように思えた。


 俺は前を振り向き、入ってきた時と同じ空間の歪みを見つけて中に駆け込む。


 岩が崩れて、背後の道を塞いでいく。


 そしてその時、確かに背中でドクンっと心臓の鼓動を俺は感じた。

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