第46話 あなたの夜が明けるまで 3


「これで終わり」


 俺の顔に斧が振り下ろされ、俺は命を懇願するように叫び声を上げる。

「に゛ゃ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 俺、死ぬ。こんなので死ぬ。

 どうやって防ぐ? 身体を捻って足で受け止めるか? そんなことをしたら腕が間違いなく離れる。離れたらここまで命懸けで攻撃を交わし、チャンスを繋いできた意味がなくなる。

 どうしようもない。目の前の斧の刃にビビり散らし俺は泣きながら叫ぶ。

 その時だった。

「キィイイイイイイイイッ!」

 どこか聞いたことがある甲高い鳴き声が響く。

「えっ?」

 俺は目の前の光景に目を疑った。

 それは俺の頭部の猫耳から黒い墨を垂らしたような円が、膨張するように両サイドに広がり、それが信じられないことに黒く長い手の形になり、べるべの大斧を掴み取る。

「なっ!?」

 べるべの驚いた顔、俺はすかさず左腕を石人形に打ち込むため振りかぶる。

「だぁああああぶるぅう猫ぉおお」

「やらせない!!」

 べるべは黒い腕に掴まれてビクッともしない斧を、自身の身体を前転するかのように持ち上げて手放し、俺の背中に踵を打ちつける。

「ひぎっ!!!?」

 痛い、痛い、痛い、痛いっ!!

 胃の中身が飛び出る衝撃に俺は耐えきれず振り上げた手が下がっていく。

 下がるな、下がるな! あがれっ、俺の左手……ここで諦めたら、全てが無駄になる。

 俺は前屈みに倒れそうになる身体を足を前にして踏ん張った。

「ふーん、耐えるんだ」

 べるべはニヤッと口角を上げて笑い、俺の背中を足場にして飛び上がり、もう一度背中に踵を振り下ろした。

「グゥッ!?」

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛イィイイ!!

 ダメだ意識が……飛ぶ……

 ここまで……

 ここまでなのか……俺は……











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『おい、負けるな』


 その人は会社のオフィスで休憩時間にスマホで流れる映像を見て打ち込んだ。


『がんばれ』


 学生は電車の中で画面を悔いるように見て文字を打ち込んだ。


『がんばれ』


 その向かいにいた大学生も同じようなことを思った。


『ここが踏ん張りどころだ!』


 その大工は仕事中に関わらず、スマホから目を離せなくなって思わず打ち込んだ。


『お前が世界を救うだよ』


 コンビニのバイトをしているフリーターは手に持った商品を持ったまま画面を見つめていた。


『行けっ!』


 彼は偶然、休日に見ていただけだった。だけども胸から湧き上がるものを感じてソファから起き上がって画面を見つめた。


『がんばって』


 カーテンの閉め切った暗い部屋で毛布を被り、パソコンの明かりを金髪の少女はキーボードを使って久々に言葉を発した。


『お兄ちゃん、がんばれ』


 ほのかは画面に映る兄の姿を見て応援のメッセージを送信する。


『先輩、かっこいところ見せてよ』


 さつきは花畑の上で仰向けになりながら打ち込んだ。その隣には大剣が突き刺さり、彼女は至る所から血が流れていた。


『待ってる』


 まふゆはそう短くメッセージを打ち込み。両手で携帯を抱きしめるようにようじの無事を祈った。



「ミィイイイイイイイイイイイイイッ!!」


 めいのそばでミィは身体を震わすほど大きな声をあげてようじの背中を押した。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 俺は唇を噛み締めた。

 そして腹の底から声を絞り出し、下ろしかけた拳を再び振り上げる。


「ねこぉおおおおおおおおおお!!」


「くたばれぇええええええええ!」


 べるべの足が容赦なく背中に踵を振り下し続ける。

 痛い、痛すぎて、背中が焼けるように感じる。もう早く、楽になりたい。


「なんで、どうして! やめないの! 雑魚のくせに! 雑魚のくせに! 私の邪魔をするな!!」


 あぁ、その通りだ……

 俺は弱い。プチスライム1匹だって倒すのだって苦労する。今だって自分の力で戦っているわけじゃない。たくさんの人たちの力を借りて戦っている。俺1人じゃ何もできない。ただの雑魚だ。


 だから、俺はこんなところで倒れるわけにはいかない。


 こんなところで倒れて、俺に力を貸してくれた人の期待を裏切るわけにはいかない。俺は弱い、弱いからこそ、こんな弱い俺に期待してくれた人を裏切りたくない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『行け!』


『行け!!』


『行っちゃえ!』


『行って!』


『行っけぇええええええええええええ!!』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺は思いっきり足を踏み込む。目の前には六角形のシールドが展開されていた。


「やめっ!」


 べるべが俺の髪を掴もうとした。

 しかし、その手は空を掴み俺の髪を掴まなかった。


 俺の身体が六角形の輪を潜り、加速する。足を大きく一歩前に前進させる。


 そして腕を振り下ろす。


「ぱぁあんぅうちぃいっ!!!!!!!!」


 振り下ろした拳は石人形のシールドに阻まれバチバチと衝撃が電流となって周囲に拡散していく。凄まじい衝撃が俺の顔の横を通り抜けて行く。そしてシールドにヒビが入り 

、その亀裂は大きくなった。


「はぁあああああああああああああっ!!」


 腕に力を込める。シールドを突き破った拳が石人形の頭部に直撃した。頭部は次第にピシピシとヒビが入りそこから白い光を放ち始めた。


「やめろっ馬鹿ぁああああああああ!!」


 そして砕け散る。


「あっ」


 気の抜けた、べるべの声が後ろから聞こえた。


 そして、空を眩しいくらいの光の柱と閃光で溢れ白一色で染め上げていく。

「やった……」

 俺は身体から力が抜けて地面に向かって落下した。


「嘘……ありえない」


 べるべは落ちていく俺には眼中になく、ただ呆然と輝きが溢れる空を見上げていた。


「…………」


 俺はもう身体に力が入らない。このまま落ちたら受け身も取れずに地面に激突するだろう。

 俺が覚悟を決めて目を瞑る。

 すると、地面に向かって落下している俺の身体が身体がふわっと浮き上がる。

「グルルルルッ」

 俺の身体が浮いたのは、傷だらけの黄金の竜が俺を背中に乗せたからだ。

「ありがとう」

 俺は仰向けのまま竜の背中を手の甲で撫でる。

 そしてゆっくりと地上に降りていく。

 俺は安堵して上空にいるべるべの姿を見上げる。これで彼女も俺たちに簡単に手出しすることはできないはずだ。

 地上に着くと竜は崩れ倒れるように地面に胴体着陸する。

 俺は放り出されないように竜の背びれを掴み持ち堪え、揺れが収まってから地面に降りる。

「グルルっ」

 竜の弱々しい声が悲しそうに響いた。おびただしいほどの血が溢れ出すように地面を赤く染め上げた。

 俺は竜の身体に寄りかかりながら竜の頭のところまで歩いていく。

 俺の身体は痛みが身体を全身を駆け巡って悲鳴を上げていた。

 竜の瞳は俺の姿を映す。目は半分ほど瞑りかけていた。

「ごめんね。守ってあげられなくて」

 俺は竜の肌を優しく撫でた。

「グルルルっ……」

 竜は弱々しく喉を鳴らし、ゆっくりと目を閉じていく。俺はそれを見送ることしかできなかった。

「ごめんね……ごめんね……」

 言葉は通じない。そんなことをわかっていた。だけど感謝の気持ちを伝えてずにはいられなかった。

「ギャォン……」

 竜は俺に鼻を押し付けて甘えるような声を出し、目を瞑った。その目はもう開くことはなく。竜は静かに眠った。

 俺はそこで変身が解けて元の幼女の姿に戻った。そして竜の顔を抱きしめた。


「アハハハハハハハハッ」


 そんな時、突然上空からべるべの声が響く。


「許さない」


 顔をあげるとそこには俺を怨み睨むべるべの姿があった。


「許さない、許さない、許さない、許さないっ!! よくも私の大事なおもちゃを……めちゃくちゃに……」


 ベルベは俺に向かって右手を広げ、石人形が行った同じ赤い円が出現した。


「もう、いい。お前なんかこの世界ごと消えちゃえ」


 彼女の右手の前に赤黒いエネルギーが集まり始める。


「鍵っ! また変身させて」


 俺の声に鍵は答えなかった。


「鍵?」


 つい先ほどまで喋っていた鍵はただのものになったように、俺の手の中で光を失って灰色の鍵になっていた。光線を防ぐ頼みのシールドもタグに戻り、俺が力を込めても反応しない。


 今の俺はべるべの攻撃を防ぐ手段がない。

 ただ時間が過ぎるのを見上げて待つことしか俺にはできなかった。

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