第44話 『あなたの夜が明けるまで』
「ミィ……」
めいの言葉に赤ちゃんは頷くと俺の方へとよちよちと四つん這いで向かってくる。
「みぃ、みぃ、みぃ」
「ミィちゃん!」
俺は駆け寄り地面から掬い上げるように抱き上げた。
「大丈夫だった?」
「みぃ?」
「よかった」
ぎゅっと頬をつけ抱きしめて俺は安堵する。なぜ、こんなにもこの子のことが心配なのかわからない。ただ、この子は俺にとって何か大切なもののように感じる。
そんな俺たちを一瞥して、めいは起伏のない低い声で言った。
「下がってて」
俺は思わず彼女を心配して声をかける。
「大丈夫なの?」
俺の言葉に、彼女は振り返った。そして力のない笑みを見せた。
「これが大丈夫そうに見える?」
めいの佇まいは触れれば倒れてしまいそう。そんな脆い後ろ姿を見て俺は前を向いた彼女の肩を掴もうと手を伸ばす。だけどその手はめいの肩に触れる前に止まった。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオ」
俺の手を停止させた空気をビリビリと振動させる声が空に響いた。
めいは黒い影の巨人の側に立って見上げる。
「はな……今までそばにいてくれたのに気づかなくてごめんね。ずっと私を守っていてくたのに」
足が消え四つん這いのはなは、身体を引きずるように前に進む。
「これが終わったらもう離れ離れじゃない。だから、2人で終わりにしよう」
めいの言葉にはなは彼女を見下ろした。そしてゆらめく白い目にめいの姿を映した。
「はぁああああああああ……」
その2人をべるべは腕を組んで組んで邪険に見る。
「いまさら何をしたって無駄なの。わかってる? あなたじゃ力不足。私の足元にも及ばないのよ」
「そんなのわかってる」
めいは前にかざした手をキュッと締めるように握ると、べるべの足元から槍を持った5人の影が彼女を取り囲むように現れた。
そしていっせいにべるべを槍で突き刺す。
「へぇ、身の程も知らないかと思った」
ひらりと中に飛び上がり、べるべは空中でイルカが水面から飛び跳ねたように弧を描き一回転してから槍の刃先にストンっと着地する。そして目にも止まらず彼女の振るった大斧は5つの影を槍ごと横に切り裂いた。
「だったらさっさと、死に損ないは舞台の袖を落ちてよ。お呼びじゃないの」
べるべが手を振りかざすと、石人形は俺に向けていた手をめいに向け変えた。
光線の矛先がめいを捕らえる。
立っているだけでやっとな彼女に防ぐ手段はない。
「やめろっ!」
俺はめいに向かってシールドを飛ばす。
地面スレスレをフリスビーのように一直線にめいの元へ向かう。
キュィイイイイイイイーー
間に合わない。
「だ、だめ……」
めいの目の前に赤い光線が広がった。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオ!!」
その時、巨人は口に青白い光を溜めて打ち出した。
それは薄暗いこの場所を白く染めるほど明るい青白い光だった。
二つの光線はぶつかり合い、相殺し合う。
そして地面を押し広げるように衝撃が駆け抜け、小石を巻き上げた突風がやってくる。
俺はその風からミィを守るように背を向けた。
「あぁ、やっぱりダメだ」
めいは肩の力を抜けたように呟く。
巨人が放つ青白い光線は徐々に赤い光線に押され、めいの目の前に赤黒い光線が迫る。
「私の力じゃ、これが限界なのね。見栄を切ったのにかっこ悪いな……」
めいは自分の行動に伴った結果を受け入れ、目を閉じる。
その時、黒い巨人はめいの前に出た。
「オォオオオオオオオオオオオオーー」
赤い光線に削り取られる巨人の身体。悲痛な悲鳴が上がる。
「はな!!」
身を挺して自分を守るはなを見上げ、めいは叫んだ。
「もういいの。十分だよ。これ以上、私を守らないでっ あなたが苦しむところをもう見たくない!」
「オォオオオオオオオオオオオオオーー」
「はな……」
はなはめいを守ることをやめなかった。
めいの胸元のクリスタルが赤く輝き始める。
「なんで……なんでそんなに私を守ってくれるの? 私はあなたに何もできなかったのに、どうしてそんなに私を大切にしてくれるの」
巨人は背中で光線を受け止め、めいの頬を流れる涙を指ですくった。
「メ゛……イィ……イ゛ッショ」
それはまるで壊れたおもちゃの音声のよに雑音が混じった声だった。
「ズッドォ……ソ゛バニイル゛」
その声を聞いてめいは自分のことを一掴みできそうな大きな手の指を腕で抱き抱えた。
「うん、うんっ。最後まで……一緒だよ」
めいの胸元のクリスタルが赤い輝きから青白い輝きへと変わっていく。その瞬間、赤い光線によって消えていった巨人の身体が信じられない速度で次々と再生し始めた。
それを目にしたべるべは、思わず終わりを予期して寄りかかっていた斧の柄から身を起こして目を疑う。
「な、なんでダンジョンコアが答えてるの!? どうして? あの子にもうそんな力は残ってないはずでしょ」
光線は巨人の削るどころか、押し返えされていた。
「はな、いくよ」
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオ」
巨人は再生した足で一歩、また一歩と進み、光線を遮る。
「これなら、行ける。ゴフッ……」
めいの口から大量の血が溢れ、押さえた手の指の間からボタボタとこぼれ落ちていく。
「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
光線を喰らいながら走り出した巨人、その拳を石人形に向けて大きく振りかぶる。
「めい! それ以上は死んじゃう」
俺の言葉を聞いてめいは振り返った。
「め……い……?」
めいは笑っていた。
燃え尽きるような垂れた瞼にキラキラと輝く瞳。まるで命の輝きを撒き散らすかにようにその胸の光は輝きを増していった。
「ミィミィ!」
ミィはめいに向かって手を伸ばす。そして俺の腕から抜け出そうと暴れた。
「ミィーーーーーーー!!」
◇◇◇
身体が熱い、口の中が血の味がする。
立っているだけなのに、今すぐ倒れて楽になりたい。
なんで、なんでこんなに辛いんだろう。
こんなに辛いのに、どうして私は生きたいって思うんだろう。
なんで、なんだろう。
どうしてはな。
……私は世界が嫌いだったのに。
はながいない世界なんて何にも価値がないと思ってのに。
だけど、今は少しだけ長く生きたいと思う。これってわがままかな。
わかっていたそんなこと叶わないって、胸元に輝くクリスタルは私の命を喰らってる。
私の命は生きるのもやっとな小さな蝋燭。
それが私の決められた運命。
病院の窓から見える世界が私の世界で、それ以外は私じゃない人のための世界。
ずるいよ。
こんなにも素敵なものを持ってるのにあなたたちは私に普通をわけてくれないなんて。
腕を伸ばしても手に届かない当たり前の世界。
そんな当たり前はいくつも夜を跨いでも私にはやってこない。
だからいいと思った。
悪いことだと知っていたけど。
私だって普通になりたかった。
学校に行ってみんなと同じものを食べたかった。
車椅子じゃなくて自分の足で歩いて、自由に青い空の下で出掛けてみたかった。
べるべがくれた力はそんな私の望みを叶えてくれた。
私は歩ける足を手に入れた。そして健康に見える身体で病院中を走り周った。
初めての1人でのかけっこは信じられないくらい、息が上がった。パジャマのまま廊下の中央で仰向けになって、心臓がバクバクして頬が真っ赤に紅潮したのを覚えてる。
欲しいものは、はな以外全部手に入った。たくさんのおもちゃだって、食べちゃいけないと言われてる食べ物だって口にできる。この世界は私にとって思い通りで、この世界のお姫様が私だった。
でもそれは全部、夢が見せる幻。
心臓の早音が命の輝きをほと走らせる。
もう、夢から覚める時間なんだ。
嫌だな。
もっと長くいたかったな。
もっと早く気づいてれば。
あの子ともお友達になれたのかな。
そしたら、私とはなとあなたの3人で一緒に仲良く遊べたのかもしれない。
そんな未来あったかもしれない。
今はもう消えて無くなってしまったけど。
「オォオオオオオオオオオオオオ!!」
巨人が石人形を殴り飛ばす。
石人形は顔面にヒビを入れて地面へと叩きつけられた。
「うそ……でしょ? なんで効かないのよ。なんで動けるの? なんで消えないの?」
「ざまぁみなさい。私だって……このくらいできる……だから」
私の胸元のクリスタルはピシッと音を立てた。
あぁ、終わる。
私の人生が終わる。
私の夢が……未来が……全部消えて……消えて無くなっちゃう。
砕け散ったクリスタル。
それに呼応するようにはなは白い輝きを撒き散らしながら倒れ伏せ、それを見送ってから私の身体も前に傾いた。
「あははっ、終わった、終わっちゃったよ」
倒れ伏せた私は、はなの姿を探す。
「オォオオ……」
はなの声だ。身体を引きずって私に近寄ってくるのが音でわかる。
「はな……そこにいるのね」
「オォオ……」
目を開いているのに暗くなった世界で私は音を頼りに手を伸ばした。
◇◇◇
大きな黒い手と小さな子どもの手が触れ合う。その前に巨人の手は光の塵となって消えた。
「はな? はな? あぁ……もう何も見えない。感じない。痛みもない。怖いな。怖いよ。はな。そこにいるの?」
めいの言葉に誰も答えない。
「どこにいるの? はな? 答えてよ。どこ? どこ? 1人にしないで、怖いよ」
俺は消えたはなを探して倒れた地面の上で不安がるめいに駆け寄ってその手を握った。
その瞬間、めいのこわばった表情が緩み、穏やかな表情になった。
「あぁ、そこにいたの」
ゆっくりと大きく、一呼吸するめい。
「はな……もうずっと一緒だよ」
そう吸った息を吐くように呟くとめいの手は静かに地面に下りた。
「めい」
俺の言葉に彼女は返事を返さなかった。
彼女の頬にポタポタと涙が垂れる。
「めい……」
俺は開いたままのめいの瞳をゆっくりと手で撫でて閉ざした。
そして持っていたシロツメグサの花冠を彼女の頭に冠せた。
「ミィ、ミィー!」
ミィは俺の腕から抜け出すとめいの元に行って起こそうと身体を揺さぶる。
「ミイ……」
しかし、めいから反応は返ってこなかった。
「ミィミ、ミミ! ミィィ! ミィミィ!」
それでも起こそうとするミィは諦めなかった。
俺はそれを見ていることしかできなかった。
俺は守れなかった。
にぎった拳で膝を叩く。
瓦礫を退けて石人形がムクリと立ち上がる。
ヒビが入った石の顔、それが俺たちを見据えた。
「あぁあ! 回収しようと思ったダンジョンコアは壊れちゃったじゃん! もう予定が狂いまくり。ムカつくムカつくムカつく!!」
べるべはその場で大きく足を上げ地団駄を踏む。
「まぁ、いいや。また作って回収すれば良いし、べるべはこんなことでくよくよしない」
べるべは地面に突き刺さった斧を肩に担ぐと俺に向けて手を振りかざす。
「でも、その前に邪魔してくれたあなたにはお礼をしないとね」
石人形が手に赤黒いエネルギーを集め始めるのを見て、俺はシールドを展開させた。
「
べるべは前にかざした手をギュッと握ってそう答えた。
「えっ?」
その瞬間、俺のシールドがまるでエネルギーが切れたように地面にポトリっと落ちた。
「はい、これでお終い」
地面に落ちたシールドはすぐに息を吹き返す。しかし俺の元では無く、べるべの元へと飛んでいった。
「ねぇ、どうする?」
ベルベは口端を釣り上げてにぃと笑った。
白い石人形の手に集まった赤いエネルギーが小さな太陽を作るように膨張した。
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