第41話 おれ、幼女。目が覚めたらボス戦だった。6



「うぅ……は、恥ずかしいよ」


 なにこれ、テレビでアイドルとかが着てる派手な舞台衣装と変わんないじゃん。


『ばか! 恥ずかしがってる暇があるか! 早く避けろ!』


「へっ?」


 目の前に巨大なアックスの刃が迫ってくる。


「ひぃ!?」


 俺は思わず目を瞑って飛び退いた。


 そう。ただ、少し飛び退いたつもりだった。


「な、なんで?」


 目を開けると俺は岩場の山を見下ろすくらい高い上空にいた。


「えっ? ……えーー!! な、な、なんでこんな高く飛んでるの!?」


『まだ、力のコントロールができないか、落ちるぞ。舌を噛まないようにしろ』


「ひゃっ、ひょぉえぇえええええええ!」


 地上へと急降下し、足で着地できずお尻を地面に打ちつけた。


「い、いたたたたっ……って痛いけど死ぬほどは痛くない?」


『当たり前だろう俺の力を舐めるなよ。これくらい朝飯前だ』


 尻餅をついたお尻をさすっていると、姿勢を低くして走り込んでくるベルベの姿が目に映った。彼女は俺に飛びかかるようにアックスを振り下ろす。


「ま、前から来てる!!」


『受け止めろ!』


「そ、そんなの無理ー!!」


『大丈夫、お前ならできる……たぶん』


「ねぇ、今たぶんって言ったよね。あなたいまたぶんって言ったよね!」


『おい、お前、俺のことを見てないで早く前を見ろ!』


 アックスを横払いで振り下ろされ、俺は手を構えてその刃を掴んだ。

「ひっ……ってあれ?」

 斬られたと思った手はしっかりと刃を押さえていた。

「掴めてる!」

『問題なく、力が使えているようだな』

 耳飾りの鍵からそうホッと安心した声が聞こえた。

「あなた……まさか、キーの力と融合したの……?」

 俺がアックスを掴めていることにべるべは目を丸くして俺を見下ろす。

「そうだよ。だからもう、あなたの思い通りにさせない!」

 べるべはアックスを掴む俺の手を振り払うと、後ろへと飛び退く。

「武器が受け止められる程度で、調子に乗らないで。ガーディアン、あの力を失った哀れなお前のご主人に引導を渡しなさい」

 べるべの指示に白い球体は、エメラルドの髪をした赤ちゃんがいる場所を狙って黒と赤が渦巻くエネルギーを再び貯め始めた。

『ヤバいな……あれはデリートされるぞ』

「デリートって……?」

『簡単な話、死ぬってことだ。存在が抹消されて、跡形もなくなる』

「どうにかできないの!?」

『無理だな。お前の器で叶えられる限界を超えている。行っても消えるだ』

 俺は走り出す。

『っておい馬鹿! 話を聞け』

「聞いてる!」

 石に躓き転びそうになる。それでも止まらない。

『お前には無理だって言ってるだろう!』

「そんなのやってみないとわからないじゃん!」

『やらなくたって俺にはわかっちまうだよ!! 早く逃げろ!』

「嫌だ!!」

 赤ちゃんの前に立ち止まった俺は首を横に振り、背後にいる彼女を見た。

「ミイ……」

 不安そうに俺を見上げるその表情を目に映した時、覚悟は決まった。

「おれはもう、守られるだけ存在じゃない。守れる力を持ってるんだ」

『馬鹿やろうぉおお! お前にあるのはただの俺が与えた力だ。そんな力で守護者に勝てるわけないだろう! お前がヒーローになりたいのはわかった。俺が叶えてやる。だからまずは逃げろ』

「逃げたら……この子とめいはどうなる?」

『あっ? そんなもん死ぬに決まってるだろう。それにそいつらはもうダメだ。赤子は力を失って存在が揺らいでるし、ガキはほっといても死ぬ。お前が守ったところでどうせすぐ2人ともすぐ力尽きる』

「わかった」

『おっ、話がわかるやつじゃねぇか。俺はそう言う聞き分けのいい子ちゃん好きだぜ』

「あんたがどうにかできないのならおれ1人でどうにかする」

『なっ、お前、話を聞いてたか!? そいつらはもう本当に手遅れなんだよ。赤子はデリートされかかってるし、ガキは助けたところで死ぬ。何もかもが遅い。お前がどうにかできることじゃないんだ』

「じゃぁ、誰が助けるの?」

『お前、なに言って……』

「誰がおれたちを助けてくれるの?」

『お前……』

「おれはもう嫌なんだ。何もできないで見ているだけなのは。見捨てたくない。逃げたくない。おれは……」

『……泣いてるのか?』

「泣いてなんか……」

 地面にポツポツと雫が落ちる。

『へっ……とんだじゃじゃ馬なご主人だな。まったく変な奴に俺も捕まっちまったもんだぜ。ただ一つ言わせてくれ』

 鍵はそう言って大きく息を吸ったように声が止まる。

『ふざけんじゃねぇぞ馬鹿! 俺はまだ外の世界を全然見てねぇだよ。こんなところでくたばってたまるかクソ野郎! もっと根性見せやがれ』

「うるさい、うるさい!」

『死ぬ前に言うセリフがそれか? あーぁ俺の人生これっきりとかしょうもない! あぁ、本当にしょうもない』

「だったら、お前もーー」

『力を貸せってか? やれやれ、鍵使いの荒いご主人だこと。仕方がない。俺の本気ちょっと見せてやるよ』

 俺の前に赤黒い渦を巻いた光線が目の前に見えた。

『守るぞ。手を前に出せ』

「えっ?」

『いいから出せって言ってるだろ! 早くしろ』

「わ、わかった」

 その瞬間、赤い光線が俺たちを襲った。

「なっ!?」

 俺の手の前に薄く青いシールドのようなものが表れる。

 それと同時に腕が吹き飛び、手が散り散りになってしまいそうな衝撃がくる。

『いやだ、いやだ、いやだ。消えたくない、消えたくない、消えたくないヨォおおお。マァッマーー!!』

 鍵が耳元で喚き散らす。

 俺は目の前の赤黒い光線を抑えることに精一杯で、喚き散らす鍵に反応している余裕がひと時もなかった。

 手のひらの前にできた青く半透明なシールド、それはあまりにも薄くとても頼りない。

『頑張れ、頑張れ! お前ならできる。できできるぞ。諦めたらそこで終了だ』 

「ぐ、くぅっ」

 シールドで防ぎきれなかった光線が飛び散り頬を掠めた。

 そのせいで伸ばしていた腕が徐々に押し込まれていく。

『なんでそこで諦めるんだよ! 応援している俺のことを考えろよ! あきらめんなよ! しっかりしろ!』

 シールドがひび割れ始め、ピシピシと音が鳴る。

 手の感覚がない。足が地面に埋まり、ゆっくりと後ろを下がって行く。

 も、もう、手がもたない……。

 思わず俺は俯いた。

「ミイ!」

「えっ?」

 誰かが俺の足を押した。

 顔を後ろに向ける。すると背後には垂れ下がったうさぎの耳みたいにふさふさした長い耳を持つ赤ちゃんが俺の足を手でぎゅうぎゅう押していた。

「ミィ!」

 彼女は懸命に俺の足を押し返そうとしている。

 その姿を見た瞬間、俺はグッと涙を飲み込んだ。そして胸から熱いものが込み上げ、俺の顔を上げる。

 そうだ。俺は一人じゃない。

 ここであきらめたら、背後にいるこの子もめいも一緒に消えてしまう。

 そんなのいやだ。

『あきらめんなよ!』

 鍵の声が耳元で響く。

 もう守られる存在じゃない。

 守りたい。

 めいをこの子を。

 俺は手に力を込めた。

「はぁあああああああああああああ!」


 ピシっ……ピシッ……


 あっーー

 その時になって気づいた。

 テレビのヒーローみたいにカッコよく敵を倒すことも、スーパーマンのように助けを求める誰かを守ることも、俺なんかにできるわけがないってことに。

 シールドが砕けて俺は思い知った。

 やっぱりヒーロじゃない。

 敗北者だ。

「ミィイイイイイイイイイイイイ!」

 その時、後ろにいた彼女が叫んだ。

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