第36話 おれ、幼女。目が覚めたらボス戦だった。
「ほ……のか?」
俺は花畑の入り口に立つほのかを見て立ち上がる。
「はな?」
立ち上がりほのかの元へ行こうとする俺の服をめいが掴んだ。
「はな、どうしてそっちに行こうとするの? はなは、はなでしょ? あの人はあなたの妹じゃないはず」
「えっ? え?」
俺がはな? そういえばさっきまではなだったような気がする。だけど、俺はようじなんだよな。うぅん? どう言うことだ。
「お兄ちゃん!」
ほのかが花畑の中を駆け寄ってくる。
ほ、ほのかー!! お前、生きてたんか死んだかと思ったぞ!!
ん? 俺どうしてほのかの事を死んだと思ったんだ?
「はなっ! 行っちゃだめ。あの人は知らない人でしょ」
その言葉を聞いた瞬間、ガツンッと頭を叩かれたような痛みが走り、意識がボーとしてくる。
知らない人……? 言われてみれば確かに知らない人かもしれない。誰だろうあのお姉さん。めいの知り合いかな?
「お兄ちゃんどうしたの?」
お姉さんはおれに話しかけてきた。
「お姉さん誰?」
「誰って、私がわからないの?」
おれは首を傾げる。
知らないものは知らないのだ。わかるときかれても困る。
「妹のほのかだよ。お兄ちゃん」
妹? おれに妹がいるのか? どう見てもおれより背が高いし、妹とは思えない。
「どうしちゃったの?」
「知らない」
「えっ?」
「お前なんか知らない」
「ーーっ!!」
俺の言葉に目の前の妹を名乗る女性は目を見開いて驚いた。
「お、お兄ちゃん……」
なんだこの人、おれに何かする気か?
身構えるおれにほのかは引き気味に口元を両手で押さえる。
「いくら彼女ができないからってそんな小さい子にたぶらかされて、何考えてるの!? お兄ちゃん34歳でしょ!!」
えっ? おれ34歳なの?
衝撃の事実! ピシャっとおれの背中に激震が走る。ぐぅう! 頭が焼けるように痛い。なんだこれは。
「う、嘘! はなはどう見たってそんな歳じゃない!! だいたいこんな見た目の34歳の少女がいるわけないでしょ!」
頭を抱えるおれを庇うようにめいは前に出る。
そ、そうだ。騙されないぞ。こんな可愛い天使みたいなおれが34歳のわけないだろう。
ん? どうして女の子なのに一人称がおれなんだ?
普通は私だろう。
ん? ん? んー??
「なに、あなたお兄ちゃんのこと好きなの?」
女性は茶化すようにめいを見下ろした。
「好きとかそう言う問題じゃないわ。私とはなは魂で結びつく親友なの」
「お兄ちゃんの名前は「はな」じゃなくてようじですけど」
「違う。はなよ」
「そうだ。お、おれは、はなだ」
この女! さっきから意味わからないことばかり言いやがって! めいが困ってるじゃないか!
「ふーん、お兄ちゃん。これを見ても自分をはなだなんて言ってられるのかな」
彼女が取り出したのは、運転免許証サイズのカード、冒険者証明証だった。そんなものを取り出してどうする。馬鹿なことをするなと思ったが、そこにはおれの写真と生年月日、おまけに年齢まで書かれていた。
「大分ようじ 34歳」
めいが読み上げる。
あれれ〜? おかしい。おれの名前ははなのはず。この冒険者証明証は偽造じゃないか?
「おい、いくら嘘でもこれはひどすぎ……えっおれ性別、男なの?」
女の子の見た目で男っていやーそれは嘘でしょ。だって俺についてないもん。
でも男って……
俺は股をさする。
サッーサッー
な、ないな。
ホッと一安心。
「なんだ……嘘じゃないか。おれは男じゃないしこんな偽造証明証まで作って何がしたいのお姉さん」
「お姉さんね……お兄ちゃんそろそろ目を覚ましたら? お友達は目が覚めたみたいだけど?」
彼女はそう言ってめいのほうを見ていた。
そこではわなわなと身体を打ち震えるめいがいた。
「お、男……」
ど、どうしたんだ! めい、もしかしてこの女が何かしたのか!?
おれが目の前の女の人に何をして近づこうとした時、めいはおれのことをキッと睨みつける。
「騙したのね」
えっ? おれはめいのことを騙してなんかない。
突然の彼女の豹変におれは戸惑う。
「えっ? め、めいどうしたの? そんな怖い顔して」
「嘘つき!」
「そ、そんな嘘なんか……」
俺はただ、目が覚めていたら女児になっていた34歳のおっさんなんだよ。騙してなんか……ん? 俺、おっさんなの?
「あっ……お、おれ、おっさんだった……」
その事実を思い起こした瞬間、今までの痴態にガクガクと足が震え、その振動が全身に伝わって行く。俺は地面に手を下ろし四つん這いになり、羞恥心で顔を真っ赤にしていた。
し、死にたい……
妹のほのかはポンっと右手をのせた。
「お帰り、お兄ちゃん」
「ほのか……おれ、今の記憶を忘却して母さんのお腹の中から人生をやり直したい」
自分を女児だと思い込んでたなんて……どうして? 俺は何が起こっているのかわからなかった。穴があったら入りたい。
「お兄ちゃん人生は上手くいかないことだらけなんだよ。女の子になったくらいで人生やり直していたら、これから生きていけないよ」
今の俺は女児だった。
「な、なんで……戻ってるの? あなたは、はなのはずでしょ」
正気を取り戻した俺にめいが狼狽したように声を震わせる。
「すまん! 実はおれは中身はおっさんの少女だ!」
「そんなことなんてきいてない! はなをどこにやったの!」
「よく言えた! それでこそ女児になっても生き恥を晒し続ける私のお兄ちゃんだよ」
ほのか、最後の言葉はいらないだろう。
俺とほのかのやりとりを見てめいは訳がわからない様子だった。
「なんで……なんで上手くいかないの?」
めいは頭を抱え不安と苛立ちが混ざった表情で俯いた。そしてふらふらと後ろに下がる。
「この方法なら、はなを生き返せるって……あの人たちは言ってたのに。なんで、まだあなたのままなの?」
「ん? どう言うこと」
はなが生き返る? あなたのまま?
俺が首を傾げて理解できずにいるとほのかが待ってました言わんばかりに胸を張って答える。
「つまり、この子はダンジョンの力を使ってお兄ちゃんをはなちゃんにしようとしたわけ。でもお兄ちゃんが男だったから失敗したってことね! きらきら星探偵天才美少女のほのかに解けない謎はない!」
ほのかはビシッとポーズを決める。それから振り返るようにめいを指差した。
「この騒動の犯人はあなたね」
「ち、ちが……」
ほのかに指差されて一歩後ろに下がり尻込みするめい。一方の俺はほのかの格好に目を奪われていた。ほのかお前、いつのまに名探偵ホームズみたいな格好をしたんだ。それにそのどデカいメガネに巨大な鼻とヒゲが一体化した仮装用メガネはどうした。
「は、はなが……生き返らないなんて……嘘よ……そんなの嘘……だってあの人達は生き返るって言ったもん」
「死者が生き返ることは……ないのですじゃ」
めいはの言葉にほのかは渋い年寄りみたいな口調で話した。
ほのか、お前……キャラ設定がめちゃくちゃじゃないか。
「信じない、絶対にそんなこと信じない」
めいは後ろに2、3歩退いた。そして逃げるように振り返る。
「待って!」
俺の制止を聞かず彼女は黄金の雲の中へ姿を消した。
「待ってお兄ちゃん!」
俺がめいを追いかけようとするとほのかが俺の手首を掴んだ。
「そんな格好で追いかけても。あの子を助けられないよ」
「あっ」
俺は自分の格好を見た。病院の患者衣だった。これじゃぁパジャマでボス戦に挑むようなものだ。
ほのかは俺をギュッと抱きしめた。
「おかえりお兄ちゃん」
柔らかな肌の感触と彼女の体温が伝わってくる。
俺は少しこそばゆい気持ちもあったが、素直にほのかの胸に顔を埋める。
「ただいま、ほのか」
そして彼女の顔を見上げる。
……ほのか、感動の再会なんだから仮装メガネくらい外せよ。
そう言おうと思ったがやめた。
「おれ、追いかけなくちゃ。めいのこと全然わかんないけど、彼女が心配なんだ」
「妹を置いて他の女の子を追いかけるなんて、お兄ちゃん青春してますね」
いったい何の話だ。
「その惚けたような顔、さてはお兄ちゃん無自覚? うりうり可愛い兄め! まったく仕方がない。ここは妹がひと肌脱ぎましょう」
ほのかは病室のベットのところへ駆けて行くとそしてそこに置いてあった白い筒状のボストンバックを持って戻って来た。ボストンバックの中から青いシャツと緑のカーゴの半パンツ、そしてCの大文字ワッペンが左胸にある腕の部分が白い黒のスタジャンを出して俺を着替えさせる。
「あとこれ」
ほのかから差し出されたものを見て俺は驚いた。
「たぶんお兄ちゃんの大切なものでしょ?」
それはシロツメグサの草冠だった。
「ほのか……どこで……これを?」
俺はクロバツメクサのピンク花冠を外すとシロツメグサの花冠をかぶる。
「うーん、私が見つけたわけじゃないんだけどな。階段のところにあったよ」
「見つけてくれてありがとう」
俺がほのかを見上げて言うと、彼女は頭を照れくさそうにかいた。顔はメガネで見えなかった。
「うん、バッチリ似合ってる。カジュアルな女の子って感じ、頭の草冠はない方がいいかな〜」
「そこは可愛いって言え!」
「おぉ? お兄ちゃん。ようやく女の子の自覚が出て来たの?」
「う、うるさい!」
ツンツンと肩を突くほのかを冷たくあしらうと病室のドアがバッと開く。
開いた扉の外には焦げた服に黒とピンクの髪、そして清楚そうな化粧が乱れ、まつ毛の黒が目元についたさゆりが立っていた。
「あっー! ここにいた!」
まふゆを背負ったさゆりは大声を上げ、病室の中に入ってきた。
「なんで先に行っちゃうの!」
さゆりは大股でほのかにグングン詰め寄ってくる。
「見つかってしまったか」
しかし、ほのかが振り返るとすぐその場で立ち止まった。
「……なにその格好? 仮装?」
ほのかをジロジロ見るさゆり、その背中ではまふゆが寝息を立てていた。
「名探偵ほのかはミステリアスな探偵なのじゃ」
お前まだその老人設定続けているのか。
「あっ先輩、やっと起きた」
さゆりはほのかの後ろに立っていた俺に気づいて顔を近づける。
「先輩??」
ほのかは俺とさゆりを交互に見る。
「おっはー先輩」
「さゆり、無事だったんだ」
「身体だけは頑丈なのが取り柄だから」
「へ、へぇ〜」
身体が頑丈ならドラゴンの一撃を生身で耐えられるものなのか。
俺の頭では理解できない。
「先輩??」
ほのかも俺とさゆりを何度も交互に見るどうやら俺達の関係を理解できないようだ。
「これ、まふゆっちに先輩が起きたら渡してくれって言われて預かってたヤツ」
さゆりはそう言って俺に布に包まれたものを手渡した。
「おっ、ありがとう」
俺はさゆりから受け取ったその剣の布を取る。それは持ち手が円形の輪になっている黄金のモンスターの背に刺さっていた黒い剣だった。
「この剣、結構切れ味あるみたいだから、自分を斬らないように気をつけてね」
「わかった」
「さて、それじゃぁ行きますか」
さゆりがまふゆをベットに寝かせると、大剣を肩に担いで、俺に目配する。
「行くか」
目の前の花畑を見ると、黒い影が地面から数体現れていた。まるでめいが行った場所に行かせないようにその影人間は立ち塞がる。
「お兄ちゃん。本当に行くの?」
ほのかが心配そうに聞いてきた。
「行ったら後悔すると思うよ」
ほのかはしゃがんで仮装メガネを外し俺の目線になって話しかける。彼女はいつもより大人びたように見えた。化粧をしているからだろうか?
「わかってる。だけど何もしないで後悔するよりおれはやってみて後悔したい」
「先輩、それ考えなしって言うんですよ」
さゆりが横から突っ込むように言った。
「でも私はそんな風に考える先輩のこと私は嫌いじゃないですよ」
「なんだ突然に」
「言える時に言っただけですよ」
「そうなのか?」
さゆりが花畑のど真ん中にいる黒い影に向かって走り出す。
「道は私が作るから先輩は先へ」
「助かる」
俺はほのかの掴む腕から離れて花畑をかける。
「お兄ちゃん、ちゃんと帰ってきて」
「わかった」
さゆりが大剣を横凪に振るう。大剣の回転する刃に黒い影を切り裂いた。
俺はさゆりの脇を駆け抜けて、黄金の雲の中に突入する。
俺がいなくなったあと、花畑の地面からは先ほどよりも数が多く黒い影の人達が地面から這い上がるように出てくる。
「これは倒しても、倒してもキリが無いでしょ」
息を整えるさゆり、その背後からほのかが駆け寄って回し蹴りを入れる。
さゆりの背後にいた影人間がほのかの蹴りで消し飛ぶ。
「ありがとーー」
ほのかが背後まで来ているのにさゆりは気づいていなかった。
思ってもみなかった援軍に、さゆりは助かったと思い振り返る。
しかし、ほのかはさゆりの予想よりさらに近くさゆりの眼下、目と鼻の先のところに立っていた。
(いつの間に!?)
「さつきさん、お兄ちゃんとはどう言う関係ですか?」
「な、なに、突然。今それ答えなくちゃいけないこと?」
さゆりは大剣を振るって近寄ってきた影人間を切り裂く。
「大事なことです。お兄ちゃんと肉体関係はあるんですか?」
ほのかの質問に思わずさゆりは咳き込む。
「ほ、本当になんの話!? あるわけないでしょ」
顔を赤めさせて目の前の影人間を振り払った後にさゆりは振り返る。
「そうですか、つまり健全な関係と」
「別に私と先輩がどんな関係であろうとほのかちゃんには……」
「裸はお兄ちゃんに見られたんですよね」
「んんんんん゛っ」
「それで何もなかったと?」
ほのかは目に光なく、さゆりを問い詰めるように詰め寄る。
その口に一本だけ髪をくわえ首を傾げる姿は一種のホラーにも見える。
「お兄ちゃん手を出してないですよね」
「出してない。出してない。先輩がそんなことするわけないでしょ」
近寄ってくる影人間より、背後の味方の方が怖いとさゆりは感じた。
「本当? 本当ですか?」
「本当だって、もう、その顔で近寄ってこないで怖い!」
「私は真剣に聞いてるんです」
「だったら本人に聞けばいいでしょう!」
「それも一理ありますが、ここはさゆりさんの口から聞きたいことなので」
「あぁー! もう、ないわよ。そんなこと一度もない! これでわかった」
「本当ですか?」
「しつこい! 私は別にあなたのお兄ちゃんのことを好きでも何でもない! ただの先輩としては恩はあるけど、異性としては全然見てないから」
「それを聞いて安心しました。一緒に戦いましょう」
「それどう言う意味」
さゆりの質問にほのかはニコッと笑みを向けて答えなかった。
俺は雲の中を突き進む。
目の前が白と灰色が入り混じり、交互に消えて行く。
しばらく走ると雲がない場所に出る。俺はそこで黒と白が渦巻くゲートらしきものを見つけた。
「この先に、めいは行ったのか」
多分ワープする系のゲートだろう。先がわからないので、行った先にめいが待ち構えている可能性がある。
他に道はない。
「考えても仕方がないか」
俺はそのゲートの中に飛び込む。
そして目を開けた先は、見渡す限り黒ずんだ岩しかない場所だった。
「ここは?」
俺はあたりを見回し三つの細長い巨大な岩で作られた岩の門らしきものを見つける。
「道はここしかないか」
俺は岩の門を潜って先に進む。するとサッカースタジアムほどある平たい岩場に出た。
めいはその中央にうずくまっていた。
彼女の胸元は真紅色に光り輝き、苦しそうに肩を上下させ「はぁ、はぁ」と辛そうにしていた。
「めい!」
俺は体調の悪い彼女を心配して駆け寄ろうと走り出す。
「来ないでっ!!!」
めいは強い口調で俺を突き放すように言った。
俺はその場で立ち止まった。
「もう、誰も信じない。何も欲しくない」
彼女はそう呟きながら立ち上がる。荒い息をしながら、顔は真っ白だった。
「めい、話を聞いて」
「うるさい、私に話しかけるなぁあああ」
めいが叫ぶとそれが彼女の背後の岩場から現れた。
黒い巨大な影。それは少女のような形をしていて口も鼻もないが白黒の目だけを開いて俺を見下ろした。
「なっ……」
その黒い少女はビル5階ほどの高さほどある。まるで巨人と相対している重圧感が俺にのしかかる。
「もう、こんな世界いらない。全部壊して、私の前から全てを消して」
めいの胸元が輝きを増し、その言葉に答えるように黒い影の少女は口を張り裂かせ開き咆哮を上げる。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオ゛」
俺は思わず耳を塞ぐが身体がビリビリと振動する。
「っーー!」
俺は剣を構える。
巨大な黒い少女は四つん這いになって俺を見下ろし悲しそうな目つきをしていた。
まるで涙を浮かべているようそんな表情で巨大な黒い少女は俺に拳を振り上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます