第33話 ほのかの冒険



「う、うーん」


 ほのかは目を擦って起き上がった。横になっていた寝台が硬かったせいか背中が痛い。


「あれ、お兄ちゃんのお見舞いに来てたのに、何でこんなところに寝てるんだろう」


 妙に頭が重く、自分がどうしてこんな所にいるのか思い出そうとしても思い出せない。


「病院の入り口を入ったあたりから記憶がない」


 そもそも、自分はなんでここにいるの? ほのかはそう疑問に思いながら、寝台から降りる。


「それにしても妙に肌寒い」


 冷房が効いているのかひんやりとした空気が肌に伝わってきた。


「さてと、出口は……」


 そうキョロキョロと見回すと、部屋の入り口から子どもくらいの黒いモヤのような影が歩いてきた。

「…………」

 ほのかはそれを見て固まった。どう見てもこの世のものとは思えなかったからだ。

 生き物じゃない。地面についたその子の黒い足跡は時間がたつごとに消えていく。

 ただ、怖いとも思わなかった。

 その子はほのかの元に来ると、彼女を見上げスカートを掴む。そしてクイックィッと引っ張って入口を指差した。

「ついてこいってこと?」

 ほのかが首を傾げてきくと、黒い影の子はこくんと頷いた。その子は入り口の方へと歩いて行く。

 ほのかはその後ろをついて行き、死体安置所を出た。

「ここ、病院よね?」

 階段を登っていくと見覚えのある廊下に出てほのかは気がついた。

「誰もいない」

 しかし、そこはシーンと静まり返り、看護師や患者の姿は見当たらなかった。

「とりあえずお兄ちゃんの部屋に行かなくちゃ……」

 ほのかが移動しようとすると黒い影の子はほのかのスカートを引っ張って止めた。

「えっ、なに?」

 ほのかが向かおうとした先にゆらりと黒い影が複数体現れた。

 その影に混じって、曲がり角から目に光のないゾンビのような看護師や点滴スタンドを持ち、口を開いたまま、目線だけが天井を向いている患者が姿を現す。

「あの影たちはあなたの仲間?」

 ほのかの質問にスカートを掴む黒い影の子は首をふるふると横に振った。

「そうね。私もあれがあなたの仲間って言われたら、少し嫌だなと思った。違うとわかってよかった。でもどうしよう。お兄ちゃんの部屋に向かう道はここしか知らない」

 ほのかが違う道を探そうと後ろを振り返ると、そこには自分と瓜二つの女性が立っていた。

「えっ? 嘘、私?」

 髪型や顔つき、おまけに制服まで、鏡に写したようにそっくりだ。

 確かに世の中には自分と似た人の1人や2人存在すると思っていたがこれほどまでにそっくりなのは驚きだ。

 その自分に似ている人物の隣にはピンクと黒の派手なカラーリングの髪をツインテールのおさげにした女性が立っていた。その片手には大剣が握られていてどう見ても病院とは不釣り合いだった。

 武器を持ち込むなんていったい何を考えているのだろうとほのかは目の前の女性の常識を疑った。

「ねぇ、そこのあなた。病院にそんな武器を持ってきて……」

 ほのかが注意しようと近づくと、その大剣刃がブゥウウンと回転を始め、下段に剣を構えた女性が距離を詰めてくる。

「ちょ、ちょっと!!」

 ほのかは慌てて逃げようとすると振り向き様に足が持つれ倒れ込む。その間に女性は距離を詰め、目の前まで近づく。そしてほのかに向かって剣を振り上げた。

「い、いやぁー!!」

 ほのかが目をつむり手を顔の前に掲げ守ろうとする。

「お、お兄ちゃん!!」

 思わずほのかはここにいない兄に助けを求めた。

 キュィィィインと回転する大剣がほのかの頭上に振り下ろされた。

 しかし、大剣の衝撃はいつまで経ってもやってこない。

 兄が助けに来てくれたの? ほのかはうっすらと目を開ける。しかし、目の前には兄ではなく、バケツヘルムを被り、プレートアーマーを身につけた巨漢が立っていた。その鎧を着た男は鋼鉄の分厚いタワーシールドで回転する大剣の刃を防いでいた。

 ギリギリギリギリギリギリッ

 シールドを大剣の刃が削る音が耳に響く。

 ほのかは見覚えのないその人物を見上げ思った。

「誰?」

 そう呟くと、男は一瞬ほのかのことを見た。しかし、巨漢から返答はなかった。

「誰なの?」

 もう一度、ほのかは質問する。

 それに対し、巨漢はほのかから顔を背けた。ジロジロと見るほのかの視線が嫌なようだ。

 その間も、盾と剣の攻防は続き、回転する刃がシールドを徐々に押し込んでいく。

 巨漢の身体がジリジリとほのかの方に下がってくる。目の前の女性は見かけによらず力がある。

 このままで押し倒される。そう、ほのかが思った時、巨漢は足を前に出した。

「…………フンッ!」

 すると、踏み込こんだ足が床に食い込み、地面が隆起する。

「フンッ、フンッ、フン!」

 そのまま巨漢は足を地面に突き刺すようにして押し返して行く。そのスピードは徐々に速くなり、力の均衡はだんだんと巨漢の方へ傾いた。

 ザッザッザッザッーー

 大剣を持った女は力負けし、盾に剣と共に押し戻される。

 そして彼女の背後には壁が見えた。

 このままでは壁に激突する。そう思った時、女は盾の上部を掴み、片手で身体を持ち上げ側転するように上空に身体を投げた。

そして空中で身を翻すと巨漢の脳天に大剣を振り落とす。

 巨漢はその迫り来る大剣を見上げ、手に持ったシールドを掲げようとした。

 しかし、間に合わない。

 大剣が巨漢のバケツヘルムを押しつぶす。

 そんな未来が予測できた。

「まったくあなたは詰めが甘いですね」

 その言葉は背後から聞こえ、ほのかの真横を一陣の風が通り過ぎた。

 目に止まらないスピードで風を切って走る一本の矢。その矢は女の脇腹を貫き、そのまま壁に突き刺さる。

「がぁっ!?」

 頭部を切り裂こうとしていた大剣が女の腕に引っ張られ、巨漢の身体を引き裂く前に床をスライドして転がった。

 そして壁に射止められた女は、痛みを感じていないのか壁から抜け出そうと暴れ、弓矢を引き抜こうとする。

「見苦しいですね」

 男がそう言うとストンっと放った弓矢が女の眉間を貫いた。

「ーーーーっ!?」

 女の動きが止まり、弓矢が刺さる場所からは黒いチリのようなものが狼煙を上げるように昇っていく。

「あなたの腕なら、相手を無力化するなんて息を吐くようなものでしょう」

 サーリットの男は、バイザーを右手の人差し指でクィッとあげて、右手の肘の下に左手を置き弓を持つ。しかし、その下は黒のスーツに赤いネクタイといったどう見ても仕事が帰りのビジネスマンだ。

「不滅の盾も腕が落ちているようですね」

「…………」

 大盾を持った巨漢は返事をせず、男のことをじっと見た。

「返事はありませんか。相変わらず無愛想なことで」

 そう話すビジネスマンの背後に鳥のクチバシのように尖ったヘルムを被った黒装束の男がいた。

「話に熱中するのはいいでござるが、お主も隙だらけでござるな」

 ビジネスマンの横から急接近していたほのかに似た女性は黒いチリが集まったような刀を振りかぶり、彼に切りかかっていた。それを黒装束の男は剣で受け止め、防いでいた。

「危機一髪。これで一つ貸しでござるな」

「いえ、遅れたあなたの見せ場を作ってあげたのです。むしろ私に感謝してください」

「そうでござるか。次は助けはいらないと」

「助け? 邪魔の間違えでは?」

 ビジネスマンの男が弓を射ると黒装束の真横から襲い掛かろうとした3人目の男を射抜いた。それは黒装束の男とそっくりな格好をしていた。

「私が一人いればパーフェクト。全ては完全に解決します。クィっ」

「さすがでござるな」

 黒装束の男は剣を筋を逸らしと、前に姿勢を崩したほのかの姿をした人間の首を手刀で軽くポンっと叩く。

 それを見たビジネスマンの男が黒装束の男を訝しげに見た。

「剣で斬らないのですか?」

「女子に剣を向けたら、剣士として失格でござる」

「化け物にずいぶんと紳士的な対応なのですね。あなたは」

 そう会話する二人の間にほのかは立ち尽くしていた。

「いや、あんたたち誰?」

 ほのかの質問に固まる2人。

「誰と言われましても拙者はたまたま通りかかったらここにダンジョンがあって……こんなところにダンジョンがあったら危ないなーと思って……けしてお主の兄上の様子をこっそりと覗きに来たとかそういうわけではないのでござるよ」

 黒装束の男は慌ててそう話し、遠くを見上げながら空気の抜ける音しかしない口笛を吹いた。

「私もたまたま入院している同期の見舞いに来ただけで、別にあなたのお兄さんに興味があってここにいるわけではありませんよ? そうたまたまあなたのお兄さんと同じところにたまたま私の同期がいるのです。これは偶然、決して私が日頃あなたのお兄さんを見守りに来ているわけではありません」

 ビジネスマンの男はそういうとサーリットのバイザーを少しクィっとあげた。

「フンっフンっ」

 バケツヘルムを被った巨漢はただ頭を上下させ前の二人に同意するように頷く。

 ほのかは疑問に思ってことを口にする。

「なんで初対面で私にお兄ちゃんがいること知ってんの」

「ぎくっ」

「ギクっ!?」

 ガシャーン!!

 三人は肩をビクッとさせた。そしてバケツヘルムの巨漢は驚いた反動で地面に落とした盾を急いで拾う。

「まぁ、いいや。あなたたち強いんでしょ?  ちょっとお兄ちゃんの所に行きたいんだけど、前のあれに困ってて」

 ほのかが指差した方向には、黒い3体の影と、亡霊のような看護師。そして患者がいた。

「どうにかできない?」

 ほのかの言葉に3人は頷き前に出た。

「あいわかった。拙者がなんとかしよう」

「フゥウン。この私の敵ではないですね」

「フンっ!」

 3人は武器を構えて戦闘体制をとる。

「これは雑魚ばかり話になりませんね。私の弓で一撃で仕留めてあげましょう」

「拙者の剣を抜く機会はなさそうでござるな」

「……フンっ」

 3人が戦おうと走り出した時、目の前の3体の人影は急に姿を変えた。

 その姿を見た瞬間、ほのかは驚いた。

「お、お兄ちゃん!?」

 目の前の三体の影はようじに姿を変えていたのだ。

 しかし、目の前で変身されたらいくらそっくりでも偽物とわかる。

 だが、それを見た屈強な3人は違った。

 カラーン、カラーン。

 ドサッ。

 ガシャーン。

 三人は手に持っていた武器を地面に落とした。

 まるで戦意を喪失したかのように。

「えっ? ちょっとどうしたの!」

 ほのかは背後から呼びかける。

「た、戦えぬ」

「私はマイ、エンジェルに刃を向けるわけにはいかない。クッ!」

「……コクンッ、コクンッ!」

 突然、及び腰になる3人にほのかは呆れた。

「何言ってんのそれはお兄ちゃんじゃなくて、偽物でしょ」

 ほのかの言葉に3人は首を振った。

「どんな生き物であろうと、あの姿は我の主君でござる。そんな不敬をいたせぬ」

「ロリコンだと言うだけで社会から爪弾き者にされていた私に、救いの手を差し伸べてくれた女神……例え偽物であろうとも私は手をくだせない」

「……コクリ」

 3人の言葉を聞いてほのかの脳裏には宇宙が広がった。

 お兄ちゃんが主君? 女神ってなに?

「で、でも戦わないと。ほら目の前に来て……」

  3人は偽物のようじが目の前に来てもその場から動かなかった。

「……クッ」

「……神よ」

「……」

 その結果、近寄ってきた偽物のようじから無防備に攻撃を受ける。

 偽物ようじはまずビジネスマンの腹を殴り、膝をつかせた。

「フグゥッ」

 そしてもう一体の偽物はバケツヘルムの男の兜を取ろうと身体をようじ登り、巨漢が必死に取られないと両手で海老反りになりながら死守していた。

「ハァッ、ハァッ」

 黒装束の男は股を蹴り上げられ、悶絶し倒れたところを馬乗りに偽物にポカポカと身体を殴られていた。

「あ、あっ、あぁ……」

 一瞬にして3人は地面に膝をつき、幼女に敗北した。

「こ、これがさっきの人たちなの……」

 子どもに刃が立たない大人たちにほのかは顔を青くし絶句した。

 ただ一つ言えることは、最強の冒険者たちは今の状況まったく戦力にならないと言うことだ。

「に、にげろ……ここは危険でござる。グフッ!?」

 偽物のパンチが黒装束の男のお腹にクリティカルヒットして、声にならない悲鳴をあげうずくまる。

「妹さん。君だけでも逃げてくれ。ここは危険だ。ふぐぅっ!?」

 ビジネスマンは大きく振り上げた足で思いっきり股間を蹴られ、股を抑え悶絶し、たえたえの息を吐く。

「フンヌー! フンヌー!」

 兜を取られまいと奮戦する巨漢。

「な、何。この地獄絵図」

 ダメだ。こんな大人に頼っていたら、私もやられるとほのかは思った。

「私がなんとかしないと」

 拳を握り気合を入れるほのかの背後に、ブゥウウウウンという刃が高速に回転する音が響く。

「えっ?」

 ほのかが振り向くと、そこには眉間に矢が刺さったままの女が、大剣を横に振りかぶりっていた。

 そしてほのかの顔を狙って大検を振るった。

「えっ?」

 ほのかの目の前に火花を散らし回転する刃が迫る。

 距離にして数ミリ。

 ほのかの耳に低い声が聞こえた。

「おい、誰の許可を得て私のマネをしてんだ」

 それは低い姿勢でほのかの横を駆け抜けた。

 黒い髪の中にピンクの派手な髪がなびいて揺れる。

 赤い瞼にピンクの唇。

 地雷系と呼ばれる黒とピンクを基調とした服装。

 彼女は振り下げた大剣を地面を削り火花を散らしながら自分と同じ女性に振り上げた。

「ーーー!?」

 その大剣の刃は高速に回転して獲物をとらえ、ほのかの前にいた女を遠ざけた。

「かっとべッ」

 フルスイングされた大剣が女の身体を切り裂く。その引き裂かれた女の脇腹からは血肉ではなく黒いモヤのようなものが溢れ、壁に吹き飛んだ。

「ちっ、マジで本物の私よりも胸が大きいのがムカつく」

 彼女はそう言い終えると、大剣を床に突き立てた。

「あ、ありがとう」

 ほのかは床にお尻をぺたんとつけ座り込んでお礼を言う。

「ん? あんた無事?」

「あなたのおかげでなんとか」

「あっそ、でも危ないから。下がってて」

「えっ?」

 ほのかは襟首を掴まれて、前の彼女によって後ろに投げられた。

「わ、わぁー!?」

 ほのかが瞼を閉じた一瞬。そこに立っていたのは、刀と剣を防ぐ先ほどの彼女の姿だった。

「2対1はちょっと厳しいじゃない? でも私は推しに会うまで死ぬ気はないし、貢ぐまで死ねないんだよ」

 襲いかかってきた二人のを追い返すと、彼女は大剣を思いっきり横に振り下げた。

「ちょっと……邪魔しないでよねぇ」

 目の前の二人を大剣の刃でとらえ、そのまま真っ二つに切り裂く。

 切り裂かれた二人は黒い塵を傷口から放出し、やがて姿が溶けるように黒い塊になり、最後は塵となって霧散し消えた。

「シャァー! 撃破ァー! 待っててね。たっくん。さゆりがまふゆからお給料貰ったらすぐに行くから」

 目の前の二人を倒し終わってルンルンと先に進もうとする彼女をほのかは呼び止めた。

「あ、あの?」

「ーーア゛?」

 機嫌が悪そうな彼女の声にビクッと肩を振るわすほのか。

「わ、私もまふゆちゃんにようがあってー、だからその……一緒にどうですか?」

 相手を刺激しないようにほのかは感情の起伏のない棒読みで話した。

「なーんだ。そう言うことか。いいよ。別に断る理由もないし…………私はさゆり。あなたは?」

「ほのかです」

「ほのかちゃんね。短い間だけどよろしくウェーイ!」

「う、ウェーイ」

 感情の変化が激しいさゆりに少し押され気味だが、差し出された手にハイタッチするほのかであった。

「さてと歌舞伎町で私のことを待っているたっくんのためにもさっさと面倒ごとを片付けていきますか。ところでほのかさぁーあそこでなんかよくわからないプレイをしている人たちは仲間?」

 さゆりが指差した方向には、先ほどほのかを助けた3人がいた。

「あっあん! あぁああぁーーー!!」

「フゴッーコヒュー、フゴッーコヒュー」

「せ、拙者はこんな責苦では屈しない。絶対に屈しない!! 屈しなんか……あぁあ!」

 しかし、その3人はようじの姿をした偽物にしばかれている。

「いえ、知らない人です」

 ほのかは感情を無にして言った。

「あっ、そっかーじゃぁ助けなくてもいいかや」

「さゆりさん。さっさと行きましょう」

 ほのかはさゆりの背中を押しその場を早く立ち去ろうとする。

 するとほのかのスカートを黒い影の女の子が掴んだ。

「ん? どうしたの」

 立ち止まったほのかを、さゆりは不思議そうに見た。

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