第32話 おれ、幼女。目が覚めたら病院生活が始まる。4
「行こう。ようじさん」
「う、うん」
シュンとする2人とまふゆを置いて俺は彼女の後について行った。
「ようじさんは『1ヶ月』も寝たきりだったのよ」
「えっ? 俺、そんなに眠っていたの?」
「その反応はまるで竜宮城から帰ってきて、自分のいない間に何年も時がたっていたことを知った浦島太郎みたいの反応だわ」
めいはクスクス笑いながら前を進む。
「でも、1ヶ月くらい寝てたくらいでどおして立てなくなるんだ?」
「筋肉は使わないと衰えるの。今のようじさんは前の半分くらいの筋力しかないだから立てないのよ。私も寝たきりが多いから車椅子が手放せない」
「そうなんだ。立てないと困るな。すぐにダンジョンに行きたいのに」
「ダンジョン? それはなに?」
めいは止まって俺のことを見た。
そうか、めいはずっと病院にいるからダンジョンのことは知らないのか。
「えっとモンスターとか出て危険な所なんだけど、お宝とかあって、うまくいけば一攫千金できるところ?」
「へぇ、ようじは私と同じくらいなのに、そんなところに行ってるのね」
そう言って彼女は再び車椅子を漕ぎ出した。
「いやぁ、まぁ……」
ここで俺はめいに本当のことを話すかどうか迷った。話せば彼女は俺のことを軽蔑するかもしれない。そう思うと自分の身の上を話すのは、はばかられる
「私も本当ならもう中学生だけど、どう見ても背は小学生のままなの」
めいはそう笑いながら言った。彼女の背は確かに小さく感じる。むしろ車椅子の方が彼女の背より大きく、より座っている彼女を人形らしくさせた。
「ここです」
めいは器具が置かれた広い部屋の前で止まると振り返った。
そこは歩行を補助するため両脇に手すりがある平行棒が置いてあるリハビリ室だった。
「これに手をかけて歩く練習をするの」
めいは車椅子で、平行棒の前まで行くと俺の方へと振り返った。
「へぇそうなんだ」
「使ってみる?」
「勝手に触っていいのか?」
「いつも私が使ってるから大丈夫! 本当はダメだけど職員さんには後で私が言っておいてあげる」
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
俺は平行棒を掴んで車椅子から立とうとした。
「ふっ、ふにゅぅうううう!!」
しかし、いくら身体を腕で引っ張っても、奇声だけが持ち上がり、うまく立てず腰が車椅子から少し浮いただけで俺は力尽きた。
「はぁ、はぁ」
「ようじさん、腕の力だけじゃ立てないですよ」
そう言ってめいは車椅子から立ち上がった。
すくっと車椅子から立ち上がるめいに俺は驚く。
「えっ? めいは立てるの?」
「立てますよ。ちゃんとリハビリを受けてますから。でも突然倒れたりするんで、付き添いがない時は、車椅子で移動して欲しいって言われているんですよ。めんどくさいけど。さぁ、私の手に捕まって」
「わ、わぁ!?」
めいの手に引かれて前に倒れ込むように重心が移動する。
「た、立てた」
自分が立ち上がれたことに驚き、俺は目をぱちくりさせた。
「面白いですよね。人って一度、前傾にならないと立てないとですよ。でもそのことを普段から自然に行っているから、いざ立てなくなった時にどう立ち上がればいいかわからなくなるんですよ」
めいは俺の手を繋いだまま、一歩ずつ少し後ろに下がる。
俺は立ち上がったのはいいが、一歩が踏み出せない。足がブルブルと震え手だけが引っ張られる。
「む、むりぃいー! 歩けないよ。手が千切れちゃう」
「立てただけで上出来です」
めいはそう笑みをこぼし、ゆっくりと引っ張った腕を戻した。俺は車椅子にストンっと腰を落とす。ここまで自分が動けなくなっていたなんて思わなかった。
これはしっかりとリハビリしないと、ダンジョンには戻れないな。
そう俺が考えているとめいは平行棒に手をかけて、俺を見下ろした。
「ねぇ、ようじさん。もしも、一生立てないと言われたら、元の生活に戻ろうと思います?」
「えっ?」
その質問をするめいはどことなく怪しい笑みを浮かべていた。
「わからない……ただ戻れなかったら、俺は……」
どうなるんだろう。今まで冒険者としてしか生きてこなかったから。それ以外の生き方はあまり考えたことがなかった。
たぶん、車椅子で一生生活することになる。そしてほのかにもの凄く迷惑をかけると思う。ほのかはなんだかんだ言って世話を焼きたがる性格だから、俺がいいと言っても聞かないだろう。両親にもバレるし、性別を戻す手段も失うと思う。歩けない身体でできる仕事を探さなくちゃいけない。事務なら歩けなくてもいける。だけど資格を持ってないから勉強をしなくちゃいけない。その間、両親やほのかの手を煩わせることになるだろう。毎日、誰かの手を借りて、生きていく。一人じゃ何もできない。
そうなったらもう手に剣を握ることはない。
同じことを繰り返す変わらない日々。朝起きて、仕事して、休みの日にはテレビを見て、たまにほのかが外に連れて行ってくれて、そんな普通な毎日。案外幸せかもしれない。
だけどそこにダンジョンはない。
当たり前の生活は確かに幸せかもしれない。だけどその世界の俺の胸には、ぽっかりと穴が空き、味気ない世界に見えた。
「そうなったら、どう生きたらいいかわからないな。だから、たぶん歩けるまでリハビリをして諦めないと思う」
俺の言葉にめいは一瞬だけ、ものすごく怒った顔をした。いや、それは俺の見間違いだった。彼女は相変わらず笑みを見せていた。
「そう、じゃぁもし。ようじさんが歩けなくなったら、私と一緒にここにいよう」
「えっ? どう言うこと?」
そう俺が聞き返すと、まふゆの声が部屋に響いた。
「ようじ!」
リハビリ室の入り口に息を切らせたまふゆが、壁に手をかけ立っていた。彼女の顔は普段よりも白く、血の気が引いていた。
「伝えなくちゃいけないことがあるの」
まふゆの声がかすかに震えていた。俺は悪い予感がした。まるで後ろから誰かに肩を掴まれて知らない暗闇に連れて行かれる。そんな嫌な感じがする。
「落ち着いて聞いて」
「まふゆ、どうしたんだそんな慌てて」
俺が明るい声色で聞き返すと、まふゆは目を伏せて言った。
「ほのかちゃんが亡くなったの」
「へっ?」
俺の口から気の抜けた声が出た。
何を言ってるんだ?
ほのかが死んだ?
さっきまで、俺と話してたじゃないか。
「嘘だろう?」
俺の言葉にまふゆは首を振った。
「病院の入り口にトラックが突っ込んできたの。その時、偶然に外に出ようとしたほのかちゃんが……」
「嘘だ!! 嘘だ!! 嘘だ!!!」
信じられなかった。信じられるわけがない。ほのかが死んだ? そんなの間違いに決まってる。
だってさっきまで、あんなに元気で……俺なんかよりも……
めいが俺の手を握る。
「大丈夫?」
彼女は俺の顔を心配そうに覗き込んだ。
俺はどんな顔をしていたのだろう。
わからない。
心臓の鼓動が耳元で高鳴っていた。それなのに生きた心地がしなかった。
俺は状況のわからないまま、死体安置所へ連れて行かれた。そして身元確認を行うことになる。
気が狂いそうになる。
寝台に横になったほのかを見た時、本当に生きていないからことを実感して、抜け殻みたいに身体から力が抜けた。
「妹です」
そう短く答えて部屋を出る。
死臭が漂う死体安置所の前でめいが俺のことを待っていた。
めいは車椅子から立ち上がり、俺を前から抱きしめて優しく髪を撫でた。
俺は泣いていいのかわからなかった。
ただ、生きてることが苦しかった。
「あーぁ、可哀想なようじさん。大丈夫、私がついてるから一人じゃないよ」
そう俺を慰めるめいの言葉も頭を通らず耳からすぐに抜け落ちた。
「これからは私がずっとそばにいてあげる。だからね。安心して。ずっと、ずぅーと一緒よ……」
そう薄笑いするめいに、俺はほのかを失った悲しみで動揺し気づかなかった。
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