第18話 おれ、幼女。悩む。3


「お兄ちゃんの馬鹿ぁあ」


 妹はそう言って俺に抱きついてきた。


 俺は圧迫された腹部に激痛を感じた。


「痛い、痛い、痛い! ほのかぁあああ痛いぃいいいいいいいい!!」


「あっごめん」


 パッと手を離され、俺は腹部を押さえ涙目で見上げた。


「怪我人なんだ優しくしてくれよ」


「なに、お兄ちゃんは妹の愛情に不満?」


「それは愛情じゃない物理攻撃だ」


 愛情とは相手を気遣うものである。


「それはそうと、お兄ちゃん。どうしてこんな怪我してるの? 私ね。突然警察のお姉さんに病院呼ばれて現状が理解できてないんだけどちゃんと説明してくれる?」


「えっと……それはだな。派手に転んで……」


「へぇ派手に転んだの」


「うん、そうだよ」


「派手に転ぶだけでよく顔に殴られた後がつくね」


「…………」


「それにどうしてダンジョンに行くはずのお兄ちゃんが、顔に化粧して商店街の裏路地にいたの? 一張羅のワンピースなんか着て。いったい何してたの?」

 なんで知ってるんですかほのかさん。

 黙っている俺に妹は詰め寄る。

「お兄ちゃん私は怒ってるんだよ。ちゃんと本当の話をして。私は聞くから」

「でも……」

 ほのかは言い渋る俺の手を優しく両手で包み込むように握った。

「何があろうとも私はお兄ちゃんの味方だよ……たぶん」

「たぶん!?」

「うそうそ、そんな泣きそうな顔しないで」

「だっ、だってぇ」

「泣かないでよ」

「泣いてない」

「ほら鼻をかんで」

 ほのかがテッシュを俺の鼻に押し当てる。

「自分でかめる」

「嫌なの?」

「うっ……今日だけだぞ」

 俺はチーンと鼻をかんだ。

「よくできました。お兄ちゃん。えらいえらい」

「お前、馬鹿にしてるだろう」

「馬鹿にしてないよ」

 ほのかはベットに腰掛けた。

「それでなんであんなことをしたの?」

 改めてきかれ、俺は顔を下に向けた。

「お金がなかったから……」

「お金がないとあんなことするの?」

「だって仕方がないだろう。それしか方法ないんだから」

「別に冒険者じゃなくても働けるとこならいくらでもあるでしょ?」

 その言葉に俺はプツンと今まで我慢してきた不満が溢れ出た。

「そんなとこあるわけないだろう!! いったい誰がこんな幼女になった男を雇ってくれるんだよ。男の時だって面接に行って落とされた今のおれをいったい誰が雇ってくれるんだ!」

 言葉を吐き散らして落ち着いた俺はハッと我に帰る。

 ほのかが見ていた。不満を撒き散らかす醜い俺の姿をじっと見ていた。

「わかった、いいよ。お兄ちゃん」

「ほのか?」

「私、高校辞めるよ。それで私が売りをやる。そうすればお兄ちゃんがもうこんな目に合わなくて済むでしょう」

 高校を辞める? 売りをする?

「お前……何言って……そんなのダメに決まってるだろう!」

「そう言うことだよっ!」

 下向いて叫ぶほのかの気迫に俺は驚いて大きく目を見開いた。

「私だってお兄ちゃんにそんなことしてほしくない。お兄ちゃんがこんなに怪我するなら私が代わりに働く。だからもうこんな危険なことしないで…………もう目を覚さないかと思って怖くて、怖くて」

 妹に胸元で泣きながら言われた。

「死んじゃやだよお兄ちゃん」

 そう言われて俺は改めて自分の過ちに気づいた。

 あぁ俺は馬鹿だ。こんなにも妹を心配させて泣かせ、後悔と罪悪感が胸を締め付けた。

「ごめん。ほのか」

「いいよ。次にしたら絶対、ぜーたい許さないから」

「なぁ、ほのか」

「お兄ちゃん?」

 俺は妹の胸に顔を埋める。

 突然のことに妹は驚いて胸から離そうとする。

「怖かった」

 ほのかの手が俺の肩を掴んだまま止まる。

「えっ?」

「こわかったよ」

 ぼろぼろと涙が流れてくる。妹の前では泣かないと決めていた。それなのに、そんなプライドが剥がれ落ちるように涙が溢れてくる。

「おれ、男だから知らなかった。あんなにも男性が怖いなんて。襲われた時、もうほのかに会えないと思った」

「お兄ちゃん……」

「今まで嘘ついてごめん。本当は冒険者上手くやれてなくて……お金も、もうなくて、どうすればいいかわからなかった。毎日そのことばかり考えて寝れなくて、ほのかに迷惑かけたくなくて」

「迷惑なんて思ってないよ」

「で、でも……俺、何もできなくて」

「何もできなくたってお兄ちゃんがそばにいてくれればいい」

「嫌いにならないか?」

「お兄ちゃんを嫌いになる妹なんていないんだよ」

 ほのかはそう言って笑った。俺は彼女に抱きしめられようやく安心できた。そして胸に突っかかってたものがスーッと消えていった。

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