第10話 おれ、幼女。ダンジョンに行く。
このままだと本当についてきそうだったので、俺は振り切るように家を飛び出す。錆びで赤褐色に変色した階段をカンカンっカンと軽快におり、俺は走り出した。
目指す先は、ダンジョンだ。
「届かん」
ピンポンっと隣でサラリーマンが駅の改札通り過ぎて行くのを見送り俺は立ち止まった。
そう、届かないのだ。ICをタッチする場所に。背伸びしても身長が少し足りなかった。ここの改札はICカードをかざす場所が高すぎるだろう。
ピンポンっとまた隣の改札に人が通り抜けていく。ぐぬぬぬぬ。届かない。
これは駅員を呼んで対応してもらったほうが……
俺は駅員が駐在している所を見る。そこには駐在している男性駅員と歳をとり杖をつくおばあさんがいた。
2人が話す会話からはどうやらおばあさんが道に迷ったらしく駅員が道案内に対応しているのだが。おばあさんの耳が遠く上手く意思疎通がとれていないようだ。
しばらく時間がかかりそうだなと思い、困った俺は急に身体を持ち上げられ驚いた。
「ほら、タッチしなよ」
「あ、ありがとうございます」
後ろを振り向くと女の人が俺を持ち上げていた。
見たことのない人だった。
俺は親切な人に持ち上げてもらい、もの凄く助かった。しかし彼女は視線を向けるには少し戸惑ってしまう派手な見た目だった。
ひと目見てわかる薄ピンクの髪。といっても染めてあるのは表側だけで首の後ろは黒く、髪型はツインテールにしている。そのツインテールも外側は薄ピンク色で内側は黒かった。右耳には十字架のイヤリングが揺れ。妹に昨日、教わった地雷系というメイクをしていた。
彼女が着ているゆったりとしたパーカーはスカートの裾丈ほど長さがあり、上半分が白で会社のロゴが赤い糸で刺繍され、腕の袖が黒い。下半分がパステルチックな水色で裾のゴムのところが髪と同じ薄ピンクだった。
黒いプリーツスカートは細い皮ベルトに金の金具がつき、そこから色白の細い脚が伸びていた。靴は紐で結ぶ黒い厚底ブーツをはいている。
「気をつけて行けよ。ガキンチョ」
彼女の腕の中から下され、俺は改札の中に入る。
一方の彼女は眠そうにあくびをすると、口に手を当てた。
「あー眠い。しんど」
そう言うと彼女は俺に背を向け、軽く体の横で手を振って去っていった。
早朝だけど今から家に帰って寝るんだろうな。
飲み明かして朝帰りをしたことがある俺は、彼女の行動が予測できた。うん、すごいアルコールの匂いだ。
「それにしても、どこかで見たことがある気がするだけど」
あんな派手な子と知り合いなら忘れないはずだが、記憶にはなかった。俺は何か引っ掛かりを感じながら、階段を降りてホームに向かうとちょうど駅に着いた電車がきていた。
俺はいつも通り乗り込んだ。
「うぅ……」
吊り革が目の前にある座席に座った。そんな俺をやけに周りの人が見てくる。
電車が駅に止まり、人が乗るたびに、その人数は増えていった。
まるで観察されているようだ。
確かに俺は、人の目を引く容姿をしているが、それにしたって視線を集めすぎていると思う。
(子どもだ)
(子どもがいる)
(なんで子どもが?)
(これダンジョン行きだよな)
(間違えて乗ったか)
(可愛い。お持ち帰りしたい)
(声かけたら……不審者だよな?)
(写真撮りたい)
(なんで誰も話しかけないんだ?)
「おれ、何かしたか……」
周りの視線に耐えられなくなった俺は目的の駅に着いた途端、一目散に走って改札口に向かう。今回、改札口のICは背伸びすればタッチできた。
「よっと」
肩紐が少しずれたリュックサックを背負い直し、駅構内から出る。目の前には商店街が並び立ち、その奥に大きな山が見えた。
俺がいつも行っている洞窟型のダンジョンだ。そして女児化した因縁がある場所でもある。
きっとあそこに行けば男に戻る手がかりが見つかるだろう。
「よし」
ダンジョンにむかってゆるい坂道になってる商店街を登って行く。すると周りの冒険者が立ち止まり目を点にして俺を見てくる。
そんなに珍しいか。
確かにこの辺りで子どもの姿は見たことない。だけどこんなにも見られるのはおかしい気もする。
周囲の視線にはならべく気にしないように歩いていたが、流石に前を歩く冒険者までも足を止めて俺を見るので、顔を伏せて登った。
ダンジョンの入り口付近は人がさらに多くなる。
これから冒険に向かう相談をしているグループ。パーティーメンバーを募集する人たち。出店を出して商売したり、冒険者同士が手に入れたアイテムを個人売買を行ったりしている。そのため人が集まりやすい。小さな酒場もあったりして、こんな時間から飲んでいる人もいた。
俺は歩く。先ほどよりは人の視線を集めないがそれでも見られる。
「一層行き、出発するよ〜」
金を鳴らし威勢のいい声をあげる男を見つけ俺は駆け寄った。
「乗ります」
「お嬢ちゃん、ここはアトラクションじゃないんだ。探索証がなければトロッコは利用できないよ」
男は小さい子に言い聞かせるような物腰の柔らかい声で言った。
「これでいいですか?」
俺は妹がなくさないように首にかけてくれたカエルのポーチの裏を見せた。
「確かに探索証だな。まさか偽造じゃないだろうな」
男は俺のポーチから探索証を出して確認する。
「間違いなく本物だな。何やってんだよ事務のやつはこんな子どもに普通発行するかよ」
どうやら目の前の男は顔写真だけで探索証の生年月日は見ていないらしい。
「見た目、こんなのですが中身は大人です」
「へぇ病気かい? 苦労してるな」
「まぁ……そんなところです」
そう言うあんたとはずいぶん顔見知りなんだけどな。
そうして俺がトロッコに乗り込むと、徒歩で冒険から帰ってきた冒険者パーティの1人がギョッとした顔で俺を見た。
まぁ普通はそういう反応するわな。
俺だってダンジョン探索用のトロッコに子どもが乗ってたら二度見ぐらいするぞ。
俺が彼と視線を合わせているうちにトロッコはゆっくりと走り出した。
こうして走り出す時間が、トロッコに乗っている時間の中で1番長く感じた。
「動物園のパンダはこんな気持ちなのか」
歩いている冒険者やトロッコに乗車している冒険者など四方八方から視線を集める俺は諦めたようにトロッコによりかかり身体を預けた。
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