第9話 おれ、幼女。警察のお世話になる。4
そして午後に俺は、妹に持たされたお土産、地獄温泉プリンと借りていた着替えを紙袋に入れて、警察署まで来ていた。
「えっお姉さん。今いないんですか?」
「すみません。ただいま外回りに行っていて、この時間ならたぶん小学校のあたりをパトロールしているかと」
受付のお姉さんに困った顔をされ「荷物預かりましょうか?」と聞かれたが、手渡しでお礼が言いたかったので、俺はお姉さんを探しに行くことにする。
「どこにいるかな」
小さい歩幅でとてとてと街を歩く。買ったばかりの黄色い靴はまだ履き慣れていないのか少し歩きにくい。薄紫のシャツ型のワンピースと薄桃色のカーディガンが歩くたび揺れた。ちょっと下がスースーする。
幸いお姉さんは受付のお姉さんに言われた通り小学校の近くにいた。
校門の近くに白いパトカーが止まっていたので、近づいて中を覗くとお姉さんがいたのだ。
コンコンと車の窓をノックすると、校門の方に顔を向けていたお姉さんが、こちらを振り向き。俺の顔を見た途端、笑顔でドアを開けてくれた。
「いらっしゃい」
「お仕事中にすみません」
「ふふっいいのよ」
俺はぺこっとお辞儀をし、荷物を車の座席に乗せた。それから両手を使い、身体をぐいっと持ち上げ、よじ登る。
「これ、借りた着替えです。それと大したものじゃないんですが……」
お姉さんは紙袋を受け取ると開いて中を見た。
「別に返してくれなくてもいいのに。あげたつもりだったから」
「こんな高そうなもの貰えません」
そうは言ったが、警察から借りパクする勇気など俺にない。
「そう? 残念だわ。随分と似合っていたからまた着て欲しかったのに……」
「着るのは構わないんですけど」
俺は少し頬を赤くしてうつむく。どうしてそんなことを口にしたのかはかわからない。わからないけど、残念そうなお姉さんの顔を見ると、たとえ嫌でも着てあげたくなってしまう。女性が困ってたら手を差し伸べる。それが男ってもんじゃないですか。
けして自分が着たいとか、気になってるとかそんなわけない。
そうこれは誠意なのだ。
困っている人を助ける良い行い。
「ふーん」
お姉さんは俺の顔を覗き込み、耳元で小さく呟く。
「じゃぁ、今度2人でお着替えしちゃおうか」
「えっ……うん」
一瞬、「一緒にお着替え」のところで変な妄想をしてしまい、期待している自分が情けなく思えた。お姉さんはそんなつもりで言ったわけではないだろう。
それに断ろうと思えば断れた。だけど断ったらこの少し居心地のいい関係がそこで終わってしまう気がした。お姉さんの可愛い衣装が見れない気がした。おぉん見たいよ。
俺は本能に忠実だった。
「プリン食べる?」
お姉さんはそう言って俺にプラスチックのスプーンと丸い形の瓶に入ったプリンを手渡した。
俺は受け取ってプラスチックのプリンの蓋を開けた。
「そういえばDNAの件だけど」
俺はすくおうとしていたスプーンを持ったまま、お姉さんの顔を見る。
「検査の結果、DNAは男性のもの。身体検査の方は女性と判定されたわ。戸籍は男性のままだから女性との結婚も法律上できる。あともう少し詳しく調べれば男性と子どもが作れるかもわかるんだけどどうする?」
「それはいいです……」
俺は下を向いて答える。
「そんな青い顔しないで、私も必要ないってちゃんと断ってあるわ。提案してきた向こうはデータが取れなくて残念そうだったけど」
「ありがとうございます」
男との結婚は考えられない。そんなの嫌だ。俺はまだ彼女すら出来たことないのに、初めてを男に捧げるなんて悲惨すぎる。
それにこのまま女でいるつもりもない。
この身体で女性と結婚できると言われても結婚してくれる相手がいないだろう。子どもができないんだから。
悩む俺を隣にお姉さんはハンドルに寄りかかり、校門から出てくる小学生を眩しそうに目を細めて眺めた。
「私ね。この仕事につけて本当に良かったと思うの」
「えっ?」
「小さな子の輝く未来を守るお仕事なんだもん。とても素敵なことでしょ」
仕事に自信が満ち溢れるのかお姉さんの表情はイキイキとしていた。
反対に俺は自分が小さく惨めに思えた。
「お姉さんはすごいんですね。おれなんか毎日、ダンジョンに潜っても自分が生活することだけ考えて周りのことなんてちっとも」
「すごくないよ。私はわたしにできることを行なっているだけ、ようじちゃんにだってきっと自分にしかできないことが見つかるわ」
「……おれに見つかりますか」
「うん、見つかる。きっとね」
お姉さんはまっすぐ瞳で俺の目を見た。
なんでこの人はそんな自信を持って断言できるのだろう。未来なんて、誰も予想できない不確定なものなのに。
俺は小さな手を見た。この手では以前に使っていた剣先の長い武器は使えない。身体も小さいため持てる荷物も限られる。本当に自分はダンジョンへと戻れるのだろうか。戻って以前のように生活できるのか。そしてダンジョンには男に戻れる方法はあるのか。考えれば考えるほど答えのない問いが頭をぐるぐるとした。
「そんなに急いで答えを出さなくてもいいじゃない」
お姉さんは窓の外を眺めて言った。
「えっ?」
「物事はじっくり腰を据えてゆっくり行うことが成功の秘訣なの。それにようじちゃんは今の身体になってまだ日が浅いでしょ。その身体で新しい人生味わって知らないことをたくさん知って、それからゴールしてもいいじゃない?」
お姉さん視線の先には、赤いランドセルを背負った2人の少女が、仲良く手を繋いで通り過ぎた。お姉さんはそれを優しい笑みを浮かべ見ている。あぁそうか、確かに俺は小さいけど、男の時よりも元気だし、これからたくさん成長できる。しかも男に戻れないなんて決まってない。
「お姉さんも力になるから」
「お姉さん……」
そうだ。俺もまだ始まったばかりなんだ。悩んでいたってしょうがない。行動しよう。
「ありがとう、お姉さん」
「えへっ……えへっ……えへへへっ、へ?」
お姉さんは視線を窓の外から俺へと戻し、手の甲で口元から溢れる涎を拭った。どうやらさっきのプリンの味を思い出し一個では食い足りなかったようだ。大変気に入ってもらえ選んだ妹も喜ぶだろう。また買ってきてあげよう。
「これ持っていって」
帰り際に、俺はお姉さんに返したワンピースを手渡された。
俺は紙袋とお姉さんの顔を見比べた。
「いいんですか?」
「私にはサイズが小さすぎるから。それに服も飾って置くより着てもらった方が喜ぶし、できるなら一番似合う子に着て欲しいの」
「ありがとうございます」
俺が服を受け取ると、お姉さんは俺の頭をポンポンと撫でた。子ども扱いされて不本意だが、本当に素敵な人だなと思った。
ーーーー翌日
「お兄ちゃんこれ」
「なんだ」
赤い包みを渡されて俺は首を傾げた。
「お弁当……別にお兄ちゃんのために作ったわけじゃないから。変なこと思わないでよ。自分のを作るついで、ついでだからね」
腕を組んだまま弁当を差し出され俺はとりあえず受け取ることにした。
「あー助かるわ」
弁当をリュックサックの奥へと仕舞い込む。
「お兄ちゃん、ちゃんとハンカチ持った? 水筒は? あと着替えもある?」
ほのか気になるのか後ろからリュックサックの中を覗き込む。
「子どもの遠足じゃないのだから、そう言うのいちいち確認しなくてもいいだろう」
「わかってるけど……心配なの。電車賃は持った? あと知らない人に話しかけられてついて行っちゃダメだからね?」
「だから子どもじゃないって」
「でも今のお兄ちゃんは女の子だし……やっぱり学校休んで私がついていこうか?」
「そんな世話を焼かなくてもいいから!」
このままだと本当についてきそうだったので、俺は振り切るように家を飛び出す。錆びで赤褐色に変色した階段をカンカンっカンと軽快におり、俺は走り出した。
目指す先は、ダンジョンだ。
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