第8話 おれ、幼女。妹に怒られる。

 買い物が終わっても妹は上機嫌で調子がよさそうだった。一方の俺はげっそりと疲て切り、モール内の通路で衣装が展示されたガラスにうっすらと映る表情が完全に死んでいた。妹よ何でお前はそんな元気なんだ。


 アパートに帰ってきた俺は畳の上で倒れ、半分魂が抜けかけ、放心状態となる。


「お兄ちゃん、先にお風呂入って、私が夕ご飯を作るから」


 制服に水色のエプロンをつけて髪を縛る妹に、俺はむくりと顔だけ起こしてきいた。


「おれも手伝おうか?」


 妹は首を横に振った。


「髪長いを洗うのに時間がかかるから、先に入っていてくれたほうが私もゆっくりと浸かれて嬉しい」

「ほいほい」

 買ったばかりのパジャマ(妹が選んだウサギ柄)を持って俺は脱衣所へ向かった。

「お兄ちゃん、借りた着替えは明日返すから洗濯機に入れといてね」

「うぃ」

 妹の指示通り俺は着ていたワンピースを上から脱ぐと洗濯機の中に入れ、浴室に入る。

「おぉ、寒い寒い」

 黄色いケロリン桶で身体を流し、髪の毛をいつもの使うシャンプーの5倍の量で念入りに洗い込んだ。そして湯船に浸かり至福の時間を味わう。

「はぁ〜生き返る」

 浴槽に黒い髪の毛が広がり、若干ホラーチックだが気にしない。

 それに、寒い日に入る風呂ほど至福なものはない。

「ごくらく、ごくらく」

 以前に酔っ払って買ったおもちゃのアヒルも湯船に浮かべ俺は満足するまで湯船に浸かった。

「ふぅー、そろそろ上がるか」

 水を吸った黒髪から大量の水滴が落ちる。うーん髪の毛短い方がやっぱ楽だな。近いうちに切りに行くか。

 そう考えながら、風呂から上がり、身体を冷やす前に手早く着替えた。

 そしてキンキンに冷やしてある牛乳を風呂上がりに一本飲もうとるんるんと脱衣所を出て居室に向かう。

「お兄ちゃん」

 しかし、風呂から出てきた俺を待ち受けていたのは、ちゃぶ台に置かれた大人のお姉さんが写った雑誌とにっこりと微笑み背筋を伸ばして正座をする妹。俺は髪を拭こうと持ってきたタオルがパサっと床に落とした。

「これはなに?」

 俺はその場で正座して尋問に耐えるべくうつむいた。

「本だと思います」

「ふーん、キッチンの収納棚の中に入っていたんだけど?」

「それはどうしてでしょう」

 うん、完全に忘れていた。一人暮らしが長く、彼女がいない期間が長すぎるとお宝の隠し場所がどんどんズボラになって、見えないところに置いとけばいいやくらいの感じになってしまう。

「お兄ちゃん、こういうのが好きなの」

 笑顔なのに黒いオーラがゴゴゴっと溢れ出ている妹。

 顔が怖いぞ。

「あの……人並みだと」

「好きなの?」

 ドスのきいた低い声。妹よ。なぜそんなに怒っている?

「…………ものすごく大好きです」

「ふーん、そうなの。それじゃぁ妹とエッチな本どっちが大事?」

 俺はチラッと雑誌を一瞥する。いやどう考えてもお宝のほうが……

 バンッと握り拳でちゃぶ台を叩いて俺のことを睨みつけるほのか。

「どっちが大事?」

「……妹です」

「じゃぁこのいかがわしい本は処分していいよね」

「えっ……」

 そんなもったいないこと。

「いいよね?」

「……はい」

 その日、俺の部屋からお宝本がいっそうされた。ばいばい俺の青春。ばいばい、可愛いお姉さんたち。俺は夜空に浮かぶ星空に彼女たちの姿を思った。

「寝るか」

 ちゃぶ台をどかして、敷いた布団には妹がすでに就寝して寝息を立てていた。

 ポニーテールにしていた金髪を下ろして本当にやり切った綺麗な顔をしてやがるぜ。

 俺は布団の中に入ると、目を閉じた。

 こうして妹と布団を横に並べて寝るのも久しぶりだなとか考えていたら一瞬で意識が落ちていく。

 スヤー。

 さすが子どもの身体。寝つきも良い。

 隣で目を開けて俺の寝顔を見ていた妹に気づかず、俺は爆睡する。

「むにゃむにゃ。それはおれのハンバーグだぞほのか」

 幼い頃、母が作ってくれたハンバーグを妹と取り合った夢を見て、俺は寝言を言う。

 妹はクスリっと笑った。

「ハンバーグなら毎日だって作ってあげるから、ちゃんと帰ってくるんだよ。お兄ちゃん」


 翌日ーー


 俺は手の空いてる午前中にダンジョン管理センターに行った。冒険者登録の写真を新しくしないとダンジョンに入れないからだ。

 緑の部屋で撮影してもらった俺の写真は、笑顔が引きつり、チュールを食べる猫のように目が細く不細工に写る黒髪ロングの美少女だった。

 そして午後に俺は、妹に持たされたお土産、地獄温泉の湯気で蒸し焼きにされた、あっさりとした味で有名な名物プリンと借りていた着替えを紙袋に入れて、警察署まで来ていた。

「えっお姉さん。いまいないんですか?」

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