第7話 おれ、幼女。警察のお世話になる。3
お姉さんは爪切りでぱちっと俺の爪を切ると、プラスチックの試験管みたいなものに入れて液に浸す。
俺は見ていただけだったが。あんなのでDNAの測定ができるのか半信半疑だった。
「そんなものでわかるものなんですか?」
俺の質問に警察のお姉さんは試験管を頭上まで持ち上げ、くるくると容器を振り、液体を回転させた。
「普通はわからないわ。でもこれは腕利の知り合いに調べてもらうから心配しないで」
プラスチックの試験管がソケットに差し込まれる。ソケットはコードが後ろから伸びており、それがパソコンに接続されていた。容器の中の空気がボコっと泡立つと中の液体が緑から紫に変わる。
「問題ないようね。それじゃぁ次はこのタブレットの上に指をつけるように手を置いて」
「はい」
白い画面の上に俺は両手を押さえつけるように置いた。小さい手だったので両手とも画面内に収まった。
「うん、よく撮れてる」
画面にくっきりと黒い指紋が浮かび上がり、お姉さんはタブレットを何回かスワイプして他の画像と見比べ、俺の方へ向き直る。
「採取した指紋と残念ながら一致はしてないの。といっても大きさだけで指紋の皺は一致しているから問題なく本人と確認できるわ」
「ありがとうございます」
俺はお礼を言った後に彼女にきこうとしていたことを尋ねるのをためらった。
「どうしたの」
うつむく俺をお姉さんが心配そうに見ていた。
「あの、おれ今回のことで罪に問われたりしますか」
俺の質問にお姉さんは表情を和らげた。
「安心してけっこうおおごとになったけど、事件が起きていたわけじゃないから。今日中に帰れると思うの。ただ少し検査とか必要なことがあるから時間はかかっちゃうわ」
お姉さんから無事に帰れると話を聞いて俺はホッとひと息をついた。
「よかった」
緊張の糸がほぐれ、俺は椅子に寄りかかる。だらしない格好をしてしまった。いけない、いけない。お姉さんはそんな俺の姿を見てにこにこしていた。この人はずっと笑顔ですごい。
「じゃぁ、早速だけど測らせてもらうね」
お姉さんに俺の身長や体重、胸囲や座高など色々なことを調べた。小学校の時にやった身体測定みたいだったが、違うところは腕の長さや、足の長さなど部位ごとの長さを細かく調べられたことだ。結構、細かく記録する。
あとはレントゲンを撮ったり、血液検査など、健康診断みたいなこともした。警察署にどうしてこんな設備があるのかわからなかったが、お姉さんの話によると、病院も併設しているらしい。
「あら、もうこんな時間。ようじちゃん協力してくれてありがとう。記録は全部取れたからもう帰っても大丈夫。入り口に妹さんが待ってるからそこまで送るね」
そう言ってお姉さんは俺の手を引く。柔らかな手の感触に、気持ちが落ち着いているせいか少しドキっとする。
「あの……1人で歩けます」
「あっごめんなさい。つい癖で」
そういうとお姉さんはゆっくりと手を離した。俺は恥ずかしくて口にしたが、これは言わなかった方が役得だったかもしれない。残念なことをしてしまった。
そう思った俺の両手を握って彼女は俺と顔を合わせるようにかがんだ。
「でもまだ他の部署には、ようじちゃんが大人だって知らないから。子どもの手を離して危ないだろうって私が怒られちゃうの。だから私を助けると思って入り口まで手を繋いでくれないかな」
小首を傾げてお姉さんはきいた。
うん、そのポーズ破壊力ありすぎでしょう。
「まぁ、それだったら……」
親切にしてくれたお姉さんのお願いを断る理由もないので、俺は素直に手を引かれることにした。今の俺は女児。そう女児なのだ。
しばらく手を繋ぎ警察署の入口まで行くと、自動ドアの前に妹のほのかが立っていた。
「待たせた」
妹は俺の姿を見つけると、近づいてきて目の前で立ち止まった。
「本当にすみませんでした」
普段の妹らしくなく、しおらしい態度で頭を下げた。俺にではなく隣のお姉さんにだ。
「いいえ、別に大丈夫ですよ。誰でも間違えはありますから。それにあの状況に遭遇したら私だって動揺しちゃいます」
「でも、通報までしてご迷惑をおかけして……」
妹はしゅんと肩を落として反省しているようだった。
「気が動転していたんですからしょうがないですよ。気にしないでください。これも警察の仕事ですから」
優しくお姉さんに声をかけられ、妹は下げていた顔を上げて、パァーと笑み輝かせ見せた。
まるで犬が尻尾を振る喜びようだ。
おい、そんな態度、お兄ちゃんにはしたことないぞ。
「お兄さんのDNA鑑定の結果は明日にわかるのでまた明日いらしてください」
「わかりました。ほら、お兄ちゃん行くよ」
妹に手を引かれて俺は警察署を後にする。
後ろを振り返るとお姉さんが胸の前で小さく手を振っていた。
これは振り返さないと。
俺が手を振りかえすと、お姉さんはそれに応えるように大きく手を振った。いやすごいな、あんな元気に飛び跳ねて、こっちまで元気をもらえちゃうよ。
市民思いの警察のお姉さんがいるならきっと俺たちの住む街も安全だなと思えた。
「お兄ちゃん、私は今日からお兄ちゃんの部屋に住むことにしたから」
「へ?」
唐突の妹の同居宣言に俺は不意をつかれた。
「な、なんでだ」
「だって、ほら。お兄ちゃん、まだ女の子になって日が浅いでしょ? 今日だって着替えも1人で買いに行けないで部屋でうだうだしてたんだから、私が来なかったらどうなっていたことやら、本当に心配でしかたないよ」
ぐぬぬぬぬ、痛いところを突かれた。
でも、それとこれとは別だ。俺は何年も1人で暮らしてきたのだから今頃になって神聖な俺の城を荒らされるのは嫌だ。
ただでさえ、俺は自分のことでさえ手一杯なのに、これから妹のお守りまですることになると荷が重い。
ここは兄として威厳を示さなくては。それらしい理由をつけて大人しく帰ってもらおう。妹よこれが社会人の洗礼というものだ。高校生気分の君とは違うのだよ。
「そうは言っても、父さんと母さんがいいって言わないだろう」
「それならもうお父さんとお母さんに連絡して許可もらってるから安心してお兄ちゃん」
なんてできた妹なんだろう。俺の行動を予測して根回しするなんて恐るべき社会人力。
「お、お前、高校はどうするんだよ。おれのアパートからは遠いだろ?」
「別にお兄ちゃんのアパートからでも全然余裕でいけるし」
うん、一駅くらいしか変わらないもんな。
「一人暮らしの男の部屋に年頃の女の子が一緒に住むのは……」
「お兄ちゃん今は女の子でしょ。それとも部屋に私に見せられないものがあるの」
「何も問題ございません」
俺は有無も言わず即答した。
くっ、妹に見つからないうちにお宝コレクションを安全な場所に隠さなくては。
交渉術は妹の方が上だった。
そんな焦り始める俺とは反対に、妹は突然、思い詰めたような表情できいてくる。
「ねぇ、お兄ちゃんは本当にお兄ちゃんなんだよね」
「なんだよ。藪から棒に。俺はお前のお兄ちゃんだぞ。こんな姿だけど……」
「そうだよね」
「…………まさか、おれを妹にしようと」
ふふっ、自慢じゃないが今の俺は天使のごとく美少女で限界突破した可愛さだ。妹が骨抜きにされるのも当然のことだろう。
「34歳のおっさんの妹は親に頼まれても欲しくない」
グサっと胸を抉られました。
妹、容赦ない。俺、こんなに可愛いのに。
「なんで泣きそうなの?」
「見るなよ。こんな無様なおれを見るなよ」
すみません調子乗っていました。
「変なお兄ちゃん。ほら、さっさと服を買いに行くよ」
「あっ……」
手を引かれる。昔は俺が引いていたのに今は反対だ。懐かしい記憶に浸りながら俺は妹の後をついて行った。
そのあと、俺は3時間ほど着せ替え人形にされた。
買い物が終わっても妹は上機嫌で調子がよさそうだった。一方の俺はげっそりと疲て切り、鏡に映る表情が完全に死んでいた。妹よ何でお前はそんな元気なんだ。
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