第11話 おれ、幼女。ダンジョンに行く。2
「動物園のパンダはこんな気持ちなのか」
歩いている冒険者や、トロッコに乗車している同じ冒険者から、四方八方視線を集め、俺は諦めたようにトロッコによりかかり体重を硬い板に預けた。
揺れるトロッコは一層の各場所で止まり、その度に冒険者がトロッコから降りていった。
最後の一人になった。俺はしばらくトロッコに揺られ、目的の場所で手をあげて降りた。
「気をつけて行けよ。嬢ちゃん」
トロッコのおっさんはそう言うと、立てていた大きな木の棒を横に倒しトロッコのブレーキを外した。
俺は動き出したトロッコと、遠く小さくなっていくおっさんの背中を見送ってダンジョンの中に入った。
ダンジョンの中は洞窟でも暗くはない。一層は冒険者運営の手が行き届いているので、照明があり、明るい。
俺は以前来た時の記憶を頼りに、あのゴージャスな宝箱があった場所へと向かった。
「ないな」
宝箱があった部屋には木片一つ落ちていない。
「他の冒険者にすでに持ち去られた後か……誰かが通った痕跡が残ってないのは不自然だな」
宝箱は当面の資金としてあてにしていたので少しショックだった。
「中身、なんだっただろう」
罠が発動した後なので、見つけた冒険者は宝を簡単に取ることができただろう。あの時の俺は、早くその場を立ち去ることで頭がいっぱいだった。もし宝箱の中身を手に入れていたら、男に戻る手がかりが掴めたかもしれない。しかし、今となっては儚い夢だ。
「仕方がない、気分を切り替えて、鉱石でも掘って稼ぐか」
一層の各地には鉱石の発掘場所がある。そのうちの一箇所がここの近くにあった。
「おっよしよし。誰もいないな」
採掘場に着くと、俺は壁に立てかけてあった自分の腰くらい長さがあるツルハシを両手で持った。
「おっととと」
ツルハシを振りかぶると、重さでよろよろと横へ身体の重心がずれてふらつく。
「男の身体と違ってこの身体は、ツルハシ一つ持ち上げるのもひと苦労だな」
前の身体なら軽く掘れば、その日の日銭を稼ぐことができた。
しかし、今の身体ではツルハシが重すぎる。たった2〜3回振り下ろしただけで、腕が根を上げた。
「掘れたのは燃料石一個か」
燃料石一個でだいたい駄菓子が一つ買える。チリも積もれば山となると言うが、たとえ掘れたとしても腕を休めて15分に一個。加えて掘れば掘るほどペースが落ちていくため、これではあまりにも効率が悪すぎる。俺は掘った衝撃で痛めた腕を揺らしてほぐし、渋い顔をして石を拾い上げ、リュックにしまった。
「モンスターを狩るほうにするか」
一層のモンスターはプチスライムがほとんどだ。苦戦する相手ではない。
「あまり稼ぎにならないけど、贅沢を言ってる場合じゃないよな」
プチスライムの体液は化粧品などで使われるため需要がある。ただ、簡単に狩れてしまうため単価は安い。
「さて、どこにいるかな」
プチスライムを探して移動する。移動には対して時間がかからなかった。
「おっ、さっそく見つけた」
道を曲がった先に一匹のプチスライムが跳ねているのを見つけた。
俺はリュックサックをその場に下ろし、その中にしまっていた刃元が太いナイフを取り出して構える。
そして気づかれる前に走り出し、プチスライムに突き刺した。
「ーーーーっ?」
ナイフの先端はしっかりと獲物をとらえていた。
しかし、プチスライムは何事もなかったように地面に着地して、こちらを向き直ると。身体を縮めて力を溜め、俺の腹部目掛けて頭突きを放った。
「ーーがぁっ」
普段ならそれほど痛みを感じないはずだ。しかし、俺の身体には一瞬呼吸ができなくなるほど強い衝撃と激しい痛みがほぼ同時に来た。俺は腹部を片手で押さえる。
バッターが打った野球ボールが誤って腹に直撃した時と同じ痛み。
その痛みに俺は耐えきれなくなった。
「うぅ……おぇっ」
俺はその場に膝をついた。開いた口から唾液が地面にたれる。プチスライムはその周りを飛び跳ねていた、と思ったら俺の身体の上に引っ付く。
俺が気づいていなかった。
プチスライムは他にも天井や壁の隙間に9匹も潜んでいたことに。一発で仕留められると考えていた俺は周囲の警戒を怠っていた。ここはダンジョンだ。
そのことに気づいた時はもう遅かった。9匹のプチスライムは俺のことを獲物だと認識し、飛びかかってくる。
「や、やめろ」
ヌルヌルとした感触がいくつも肌を伝う。それらはより肌に近いところを求めて。衣服の中へと入っていく。身体をずるずるとはって通った証として粘液を残し、数の猛威を振るう。
「そこは下着のっなか」
抵抗しようと下着を押さえるが、ヌメヌメとしたプチスライムの体液で滑る。加えてどんどん力が抜けていく。
「ちくしょう」
プチスライムのドレイン攻撃だ。ダンジョンにいるスライムは生物の生命力を吸収してそれを糧とする。
俺はナイフを身体に貼り付く1匹のプチスライムに突き刺す。
刃が通らない。もう一度突き刺す。ダメだ。もう一度。プチスライムは風船が割れたようにその場でパシャっと弾け散った。
「はぁ、はぁーーっ」
基本プチスライムは10匹いたくらいで普通の冒険者が苦戦するような相手ではない。
武器を一振りすれば倒せるそんな相手だ。
「このっ、うぅ……やろう……このぉやろう」
しかし、今の俺にはその1匹でも3回攻撃しなければ倒せない。
「あうぅ……はぁっ、はぁっ」
息が荒くなる。苦しい。辛い。意識がふわふわする。
俺はとにかく刺した。刺して刺して刺しまくる。そうしているうちに何匹かは倒せた。
あと、数匹だ。
ぴとっ、ぴとっ、ぴとっ、ぴとっ。
背中に何か張り付くような感触が伝わってくる。
嫌な予感がした。
俺は急いで立ちあがろうとすると、ドッと力が抜ける。
ドサッーー
おかしい、身体が動かない。
なんでだ。
なんで、なんで?
倒れた俺の身体は起き上がらすことができなくなっていた。
ちくしょう。
まだスライムを倒さなくてはならないのに……あぁ、くそっ、目が重い。意識を向けて瞼を開こうとするがその意識も段々と遠くなっていく。
俺、どうなるんだ。
身体中をプチスライムに這っている。その数は減らず、少しずつ増えていく。
気持ち悪い。自分の身体が少しずつ食べられている感覚がわかる。
「ほの……か……」
霞む視界には遠くのほうから跳ねてこちらに近寄ってくるプチスライムが何匹かいた。
「帰る……から」
身体に1匹、また1匹とひっついてくる。
「待って……」
手にしていた短剣を俺は手から離した。
あ……もう……眠くて目を開けてられない。
俺の顔面目掛けてプチスライムが3匹が立て続けて張り付いた。
そこで俺の意識はプツンっと途切れた。
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