第5話 おれ、幼女。警察のお世話になる。


「ほのかぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 大声で叫んだ声が近所一体に響いた。


「なんで……私の名前……知ってるの?」


 ほのかがスマートフォンから耳を離し、目を見開いて驚いた顔で俺を見ろした。


「なんでって、それは……」


 この格好で自分の正体をばらしていいものか……いや正体をばらさないと男の俺の社会的な死が待っている。ここは羞恥を覚悟で肝を据えるしかない。



「驚くな、おれがお前の兄の大分ようじだ!」


「えっ?」


 ボトっとスマートフォンが地面に落ちる。

 いい音がした。ほのか、それ完全に画面が割れたじゃん。


「お兄ちゃんが」

「うん」

「お兄ちゃんが……」

「うんうん」

「お兄ちゃんが……幼女になってる」


 ほのかは玄関でしなしなーと崩れるように座り込み、ペタンと女の子座りをする。


「わかってくれたか、ほのか。おれは幼女誘拐するようなやつ悪い大人じゃない」

「…………」

「そしておれの尊厳を守るため言うがこの格好は服がなかったからしてるだけだ。けして趣味じゃない」

「…………」 


 俺の言葉を聞いていないのかほのかは口を開けて呆然としている。


「ほのか?」

 ツンツンと指で突いてみる。

「…………」

 あっ、これは膨大な情報に脳がショートして魂が抜けてます。

 どうしよう。しばらく意識が戻るのに時間がかかりそう。

 まぁとりあえずこれで服のめどはたったし、一見落着。

 あとは、ほのかに着替えを買ってきて貰えば、無事生活もできるぞ。

 よしよし、うまく回ってきた。

 このままなら行けば俺がダンジョン探索に復帰できるの日も近い。


「んーそれにしても今日はサイレンの音ががうるさいな」


 外でなんか事件でも起こったのだろうか。

 空いている玄関の扉を閉めようと外を見ると、俺が住んでるアパートの前に3台、その後ろに2台のパトカーが停まっていた。

「ひぇ」

 本当に通報していたのか、ほのかさん。

 気がつけば何人かの警官がゾロゾロと狭いアパートの階段を登ってきている。


「あわわ、あわわわっ」


 狼狽える俺を男の警官3人が囲む。そのうちの一人が肩についていた黒いトランシーバーのボタンを押しながら話す。


「こちら、保護対象の女の子を発見、至急保護します。誘拐犯は現場にはおらず、逃走したと思われます」

「あ、あのおれ……」


 突然の出来事に弁明しようとするも、戸惑っている俺の様子を見て一人の若い婦人警官が男性警官の間を割って入ってきた。

「もう大丈夫、何も心配いらないから」

 彼女は俺の身体を覆うくらい大きな白いバスタオルをかけると目線を合わせるように話しかけてきた。

「怖かったでしょ。安心して」

 制服の膨らみからその胸が巨大なことがわかる。くるくるとカールしたセミロングの上品な髪からシャンプーのいい香りが漂ってきてきた。しかし今の俺にはその二つを堪能する余裕はない。

「す、しゅみません……」

 俺は警察の誤解を解こうとするが、立って周りを取り囲む警察官が変に威圧を感じ上手く口が回らなくなっていた。


「あ、あにょおれ、おれは」


 どうしたんだ俺。なんで警察を怖がっているんだ? いつもダンジョンで警察よりも怖いモンスターをいっぱい倒しているのに……もしかしてこの身体のせいか? 

 もしそうならば子どもから見た大人ってこんな怖いものなのか……

 しばらく忘れていた感覚が呼び起こされ、俺の萎縮はますます進み、手をもじもじとし始める。

「あの、そにょ」

 おどおどと視線を彷徨わせて話そうとする俺を見て警察のお姉さんは優しく抱き寄せハグをする。なんかすごく柔らかいものが当たっていたけど。それをじっくり味わってる余裕はなかった。

「もういいのよ。無理しなくて、お姉さんと一緒に安全なところにいきましょう」

 そう言って俺は子どものように手を繋いで引かれる。

「だから、そにょ」

「その?」

 お姉さんが振り返り俺をまっすぐと見つめた。その幼子を保護するという使命感を持った曇りもない瞳に俺は言い出すことができず屈した。

「そ、その…………はい」

 素直に返事をし、手を引かれ従うしかできない。なんて無力だ。そしてお姉さんはなんていい笑顔なんだ。たぶん俺を怖がらさないように気を使ってくれているんだと思うけど、この人に中身のことを知られたら、羞恥で悶えそうだ。

 俺がはくサイズの合わないサンダルがパカパカと音を立てた。

 俺は婦人警官に連れられてアパートの階段を降りる。

 その道中、近所の人が奇異な目で見られた。

 そして近くに止められたパトカーに婦人警官と一緒に乗る。

 俺が連れて行かれる最中に、ほのかも階段から降りてパトカーに乗り込む。

 衝撃を受けすぎたのか、なんか抜け殻状態だった。大丈夫かな? 

 そんな心配をよそにパトカーは動き始める。窓の外では建物や人が通り過ぎ遠くなっていった。あぁ俺の人生終わったかもな。

 大分ようじ、幼女になってから2日目。

 パトカーに乗せられ、幼女誘拐の現行犯として警察署へ向かう。

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