私刑
「ざまあみろ」
そう言って男は吐き捨てた。
二十代半ばで髪を金に染め上げたその男の手には血まみれになった木製のバットがあり、足元にはかつて人間だったものがあった。
そう人間だったもの。
三十代の男性だったそれは金髪男によって徹底的に殴打され、手足の関節はありえない方向へ曲がり、頭部は潰れ、うつ伏せのような状態で死体となっていた。
夜の九時を過ぎている、人里離れた別荘のリビングでは、本来、ゆったりと寛いでいるはずだったが、床や壁は飛沫した人の血で汚れ、お洒落なイスやテーブルなどの家具は無残に破壊されて激情を叩きつけた跡が残っていた。
──すると、男の目の前に一人の少女が現れた。
「なんだ、てめえ」
「こんばんは。お兄さん」
驚く男にかまわず、少女はアイサツをした。
両腕が透けた黒いワンピースを着た少女は十歳くらいに見え、黒髪をボブカットにして紅い瞳で男を見上げていた。
「私はエル。死神だよ」
「死神? へ、ずいぶん小せえじゃねえか」
「ずいぶん、散らかってるね」
「ああ、俺がぶっ壊してやったからな」
「この人、死んでるね」
「ああ、俺がぶっ殺してやったからな」
「どうして殺したの?」
「まえまえから気に入らなかったんだよ。いかにも成功者です、みてえな顔しやがって、にこにこしやがってな」
「この人、あなたに何か酷いことしたの?」
「したさ。こいつはバイト先の上司で、俺のヘマも笑って済ませてやがった。そうやって、バカな男だが俺は寛大で偉大な人間だから許してやってるんだなんて素晴らしいんだろうとか思ってるんだぜ。こいつの自尊心のために俺がいるわけじゃねえ。だから、思い知らせてやったんだよ」
「そう思ってるとなんで分かったの?」
「でなきゃ、俺がいままでバイトできてるはずがねえ」
「そう。でも、それはあくまであなたとこの人のことよね。どうして奥さんや幼い息子さんまで殺したの?」
頭から血を流して倒れている三十代の女性と五才になる児童を見ながら少女は訊いた。
「あいつと一緒に暮らしてる直接の関係者、家族だと思ったらムカついたからな。同罪だ、同罪。一緒に地獄へ送ってやったぜ」
苛立ちにちかい気持ちを思い出しながら金髪男は答えた。
「そう。でもこの人と奥さんや息子さんは地獄へは行かないわ。天国でもないけどそれに準ずるところへと旅立った」
「ああ? なんでだよ!」
「特別な罪もないし、あなたの手で理不尽に殺されているから。むしろ地獄へというなら、あなたが該当する」
「ふざけんな、このガキ! ぶっ殺すぞ!」
怒りの言葉を吐くと、金髪男は右手にあるバットで殴りつけようとした。
「!?」
だが振り下ろす瞬間、何かに引っ張られるようなかんじで動かなかった。
見ると、バットの先になにやら肉のような細長いものが巻きついていた。
さらにその細長いものを目で追っていくと床に丸いものがあった。
直径二十五センチくらいの大きさで茶色いそのボールは、縫い目のような境もあるが、なんの球技に使われるものか不明だった。
「くそ! なんだよ、これ!」
金髪男は力任せにバットを動かそうとするがびくともしなかった。
「って!」
そうしているうちに、細長いものがくいっと力を入れたのと、その反動で振られて、男は転倒した。
「くそが!」
怒りが頂点に達した金髪男が起き上がると、床に転がっている木製のイスをつかんでボールに叩きつけようとした。
トン。
すると、少女の右手が金髪男の背中を触った。
同時に金髪男の身体、首から下がまるで時を止められたかのように動かなくなった。
「な、てめえ、何をした」
正面に回った少女に、金髪男が言った。
「あなたがもつ行動の自由を少しだけ残して刈り取った」
そう答えて、少女は右の手の平にある小さな光球を見せた。
「刈り取っただと。それが、俺の自由だってのか」
「そう。そしてこれはギーが食べる」
茶色いボールが転がってくると、少女はその光を押し当てた。
飲むようにして光がボールに入ると、内部で
「お、おい。俺、どうなるんだよ!」
叫ぶようにして言う金髪男。
すると少女は答えた。
「あなたのものがギーに食べられてつながったから、あなたが死ねば自動的に魂はギーの口へ移って、地獄へ行くわ。だけどその前に、あなたはあなたの罰を受けなければならない」
「は? 罰だと」
するとボールの一部、肺の部分が息を大きく吸って膨らんだ。
そしてそれに呼応して、三つの死体から黒い
いっぱいに吸った息をボールが吐き出すと、靄ははっきりとした形になって姿を現した。
「これは……、俺?」
驚きの目で言う金髪男。
黒い粘土で作られたような形ではあるが、それは間違いなく等身大の金髪男であった。
「これは三人が見た、あなたの姿。あなたはあなたによって罰を受ける」
少女が言うと、ボールは細長いもの、小腸が巻きついて持ったバットを黒い金髪男に渡した。
「まさか、こいつ。それで俺を殴る気か?」
「そうよ。あなたはさっきまでやってたじゃない」
当たり前でしょ、とばかりに少女が素っ気なく言うと、黒い金髪男は金髪男に向かってバットを振り上げた。
「おいおいおい、待てよ、無防備な俺にそれは──」
ドグ。
フルスイングしたバットが金髪男の左前腕に直撃。
「ぐわああああ!」
金髪男は骨を折られた衝撃と痛みで叫んだ。
それにかまわず、バットは次々と振られていく。
ドボ。
バズ。
バム。
バグ。
ドゴ。
右脇腹、左腰、右太股、左肩、右上腕と、左右交互に力のこもったバットは金髪男を打ちつけていき、その度に悲鳴のような叫び声が発せられた。
だが、その振りは早くなっていき、しまいにはどのタイミングで打たれたときの叫び声か分からなくなっていった。
「三人の恐怖で作られたそれは、あなたに対する恐怖が無くなれば消えるわ」
その様子を見ながら呟くように言う少女。
しかしそれは、一日ていどの時間では終わらない雰囲気があった。
「行こう、ギー」
声をかけ、少女は小腸を収納したボールを両手で持ち上げた。
「それじゃあね、お兄さん」
そう言い残すと、少女はそのまま姿を消した。
──数日後。
とある別荘で一家三人の死体と、肉塊が発見された。
そしてその横には、血を吸って赤くなり、感情を叩き込んで折れた木製バットがあ転がっていた。
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