教祖

「神はあなたたちを見捨てたりはしない。あなたの善意に神は必ず応える!」


 男がそう言うと会場から一斉に拍手がおくられた。


 ここはとある宗教団体が所有するホールであり、満員となっているおよそ五百人の人間は全てその宗教の関係者だった。


 しかも今日は教祖自ら説法を行うというので入信して間もない信者たちが多く集まっていた。


 そして教祖というのが壇上で白を基調に金の刺繡が施された祭礼服を着る、御年六十になる男なのである。


 温和そうな顔だちで日焼けとは無縁の肌からも分かるように数十年の間、宗教家として自分の信仰する教義を説いてまわり、年々、確実に信者を増やしていた。


 話を終え、拍手に見送られながら壇上から去ろうとしたが、突然、その音がぴたりと止まった。


「?」


 不思議に思って会場に目を移すと、信者やスタッフなど全員が、まるで時間が止まったかのように、感動の顔をさせながら拍手の途中で固まっていた。


「これはいったい……」


 男が動揺していると、目の前の空間から一人の少女が現れた。


 年齢は十歳くらい。


 黒髪をボブカットにして、両腕の部分が透けた黒いワンピースを着ており、その雰囲気から葬儀に出席するような印象があった。


「き、君は……?」


「はじめまして。私は、エル」


 抑揚のない声で名乗る少女。


 紅い瞳でじっと男を見上げていた。


「エル、ちゃんか。なるほど」


 状況がつかめないまま、男はとりあえず言った。


「さっそくだけど、おじさんは悪い人。だから罪を償ってもらいにきた」


「は?」


 少女の意外な言葉に、男は素っ頓狂な声を発したが、徐々に気持ちを取り戻して、にこやかに話しだした。


「いいかい、エルちゃん。私はね、超神光天教ちょうしんこうてんきょうを立ち上げ、神様を超えた神様のお力によって困っている人を助けているんだ。それは多くの人に受け入れられて、信者になった人が全国で三万人もいるんだよ。みんな、ありがとうと言って感謝している。だから、おじさんは悪い人ではないんだよ」


 そう言って男は微笑んだ。


 その笑顔にいままで数えきれないほどの人間が感激していた。


 男は同じ反応をするものと思っていたが、少女はふるふると顔を横に振った。


「たしかに人の心から神が生まれることもある。だけど神を超えた神なんていないよ。力の強弱はあっても神は神だから。それに、おじさんがみんなに言ってた神は、おじさんがお金を騙し取るために創作したもので、存在はおろか働きすらない名まえだけのもの。誰も救うことができない。むしろ苦しめている。見る者が見ればそれはとっても気持ちの悪いものなんだよ」


「……」


 表情こそ微笑んでいるが、男の心の中では怒りの四つ角が幾重にも展開していた。


 これが若い男性で、熱く否定したのならばまあまあと冷静で大人な対応をしたり、批判を論破して黙らせることもできるのだが、いかんせん、少女が相手では対処が難しい。


 ましてや子ども相手にカッカしては教祖としての威厳に関わる。


「あのねエルちゃん。君は超神光天教について知らないからそう言うんだ。それとも神様がいないって、誰か大人の人が言ってたのかな? 残念ながら世の中には自分と違う考えの人を嫌ったり、おとしめようとする人がいるが、私たちは、そういう人も受け入れているんだよ。エルちゃんも一度体験してみるといい。神様がどれだけ素晴らしく、人々をお救いくださっているか分かると思うよ」


 決まった。


 心の中で男はニヤリとした。


 子どもは大人の真似をして話すもの。


 例えば親などが神はいないと会話しているのを聞けば、子どもは深く考えることなく神様いないんだよと、相手を選ばすに話をする。


 それを踏まえて優しく語れば、単純な子どもはキラキラと目を輝かせて慕うようになるだろう。


 そう思っていた。


 だが、少女はまたふるふると顔を横に振った。


「ううん。私は誰からも言われてない。自分で思ったことを自分の言葉で話してる。それに、神のことはよく知ってる。だって、私はその一人だから」


「!?」


 夢中になって話していたが、その言葉で男は思い出した。


 いま会場は信者などが固まった、おかしな状況にあるのだ。


 そして、突然現れた少女は、神の一人だと言った。


「は……」


 気配を感じて見上げると、そこには丸いボールのようなものがあった。


 バレーボールほどの大きさをしたそのボールは、落下しながら花が咲くように開いていき、その中央から人間のように並んだ歯を見せると、上下に展開。


 ある程度の物理法則を無視して一直線に男を飲み込んだ。


 はずむことなく床につき、その場でくるっと自転すると、ボールは吹くようにして何かを吐き出し、それを演台の上にのせた。


 それは教祖と呼ばれた男の頭部であり、会場に向かってその顔は向けられていた。


「行こう、ギー」


 少女が声をかけると、それに応えてボールは閉じて、その足元まで転がった。


「それじゃあね、おじさん」


 両手でボールを拾い上げ、呟くように言うと、少女らの姿は消えた。



 ──続きからはじまる拍手。


 だが、それはすぐに悲鳴の嵐に変わった。


 自分たちが信頼していた教祖が頭だけになってこちらを見ていたのだから。


 しかもその表情は神の断罪を受けたかのように絶望したものだった。


 

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