死神少女とオルガンズボール

一陽吉

英雄

「戦争が終わる……」


 操縦桿を握りながら三十代の男は呟いた。


 男が乗っているのは大国と呼ばれる国の最新型ジェット戦闘機であり、任務を終えて帰還している途中であった。


 それによって、およそ二年に渡って繰り広げられてきた血生臭い戦いが終結に向けて大きく動くことになる。


 あまり実感はないが自分はやり遂げたんだと思いながら、男は単機で青空を飛んでいた。


 ──コンコン。


「?」


 不意に右側から音がした。


「!?」


 振り向くと、そこに一人の少女がいた。


 黒髪をボブカットにした十歳くらいの少女が、家の窓を外から覗き込む感覚で男を見ていた。


 現在、高度一万フィートで巡航速度のまま飛行しているが、およそ人が近づけるところではなかった。


 ましてやマッハでないにしても飛行する戦闘機に張り付いていられるはずもないのだが、そこだけ空間が違うように、少女の髪や黒のワンピースは風にはためくこともなく、紅い瞳でじっと男を見ていた。


「おじさん、ミサイルを撃ったね?」


 静かな声で少女は言った。


「あ? ああ……」


 状況がよく分からないまま、少女の質問に答える男。


「たくさん、人が死んだよ」


「……」


「いまだけで千人を超えた。これから、もっともっと増えると思う」


 その言葉を聞いて、男は納得したかんじで受け止めた。


 街の中にある兵器工場へ向けて開発したばかりの新型ミサイルを発射したのだ。


 それくらいの死者が出てもおかしくはなかった。


「そのなかには、兵隊さんだけじゃなく、街で普通に暮らすお爺さんやお婆さん、生まれたばかりの赤ちゃんまでいる」


「……」


「罪もない人たちを苦しめることは悪いこと。ましてや殺害となれば大罪だよ。だからおじさんは食べられて罪を償わなければならない」


 少女の言葉に違和感を覚えると、男は両腿の上に何かがのった感触があった。


 確かめるように見ると、バレーボールほどの大きさをした茶色いボールがちょこんとのっかていた。


 そして、それは中心から外側へ向けて花が咲くように開いていき、奥から人間と同じように並んだ歯が現れ上下に展開した。


「!」


 すると男の身体から半透明の裸体が浮かび上がり、そのままボールの喉というべき最奥へ吸い込まれた。

 

 半透明の裸体は魂であり、それを失った肉体は脱力して、頭は前に倒れ、両腕はだらりと下がった。


 ボールは役目が終えたとばかりに再び閉じていった。


 このボールはオルガンズボールと呼ばれる内臓だけの精獣であり、少女に従属する、いわば使い魔のようなものであった。


 そして少女もまた人間ではなく、死神であり、不必要に命を奪う者の命を刈り取っていた。


 今回、私利私欲というわけではないため、肉体は全て残ったが、そうでなければ首だけ残して地獄へ送るところであった。


「このままじゃ墜落して地上の人が死んじゃう。ギー、基地まで戦闘機を操縦して」


 少女がボールに呼びかけると、ボールは縫い目のような臓器と臓器の間から小腸をのばして操縦桿を含め、必要なレバーに巻きつくと、そのまま男に変わって戦闘機を操縦した。


 ──魂のない戦闘機が基地に着陸。


 だが、それを向かい入れてくれる人物は誰もいなかった。


 この基地はパイロットの他、整備員や司令官、オペレーターなど数百名に及ぶ人間がいたのだが、全員、死神たちによって魂を失い倒れていた。


 静まり返り、抜け殻のようになった基地を残して、勝者がぼやけたかたちでその戦争は終わった。

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