第3話 執筆と選択といふ名の人間関係の苦難への感謝について
拝啓、かつて物だった僕へ
まず君に言っておかなければならないことがあります。
「言葉は、君が思う以上に、武器になります」
発病後、熱烈なファンという名で顔写真を要求してくるストーカーさんに出会ったあとの君なら知っているでしょうが、それまでの君はとても軽率に自分の言葉(武器)を振りかざします。
これまで虐げられてきた恨みは水面下にして、バタ足を見せない白鳥を演じる君は無自覚にさまざまな言葉(武器)を、振りかざしていることにすら気づかないで振りかざします。
君はサイトを始めます。
闘病生活のこと、病気のことを知ってほしいと書き始めます。
でも僕はそれが、嘘だと知っています。
厳密には、君が僕になる過程で気づきました。
君は病気を知ってほしかったんじゃありません。
病気を理解してほしかったんじゃありません。
たくさんの人に、君の背負う「難病」を知ってほしかったんじゃありません。
君が発信する理由は、そんな高尚なものではありません。
君は、両親に見てもらえなかった。
わかってもらえなかった。
理解してもらえなかった。
血の繋がる人よりも赤の他人を信じる君は、どうか誰かに、自分の背負う苦痛を、病気の苦しみを含めて、知ってほしかった。
わかってほしかった。
病気のことではなく、君を君として見てくれる人を探していた。
君を認めてくれる人を探していた。
落ちていく記憶力。
赤ちゃんよりも弱い握力。
何も感じられない触覚。
失った記憶と学歴。
すべての場で疎外されていく自分。
それが気遣いだとわかっていても、君は孤独に耐えられなかった。
君が「サイトをつくる」に至った理由はそれだけです。
人間嫌いで人間不信の君は、とても人に飢えていた。
それがすべてです。
サイトを始めて、母には色々と咎められることになります。
父には「傷ついた」と言われます。
下の子にも「ショックだった」と言われます。
君が君の心をえぐって書く文章は、君の人生や生き方の話です。
当然ながら、そこに関係する血縁者をときに傷つけることになります。
他人を傷つけることもあります。
読んだ人からなんやかんやと言われることもあります。
炎上することだって、何度もあります。
今の僕に炎上が少ないのは、恐らくサイトメインで活動していないからです。
パソコンの不調が原因です。
根本は変わりません。
君のようにサイトを書き続ければ、僕はまた叩かれるのでしょう。
ところで君の執筆は、僕まで変わらず続きます。
君は感じたことをそのまま書きます。
だからこそ、読む人によっては「傷つく」内容になります。
「人は勝手に傷つくから」
そう僕は言います。
それはかつて
「傷つくからそんな言い方をしないで!」
と怒った君へ、下の子が言い放った言葉そのままです。
当時の君は理解できませんが、君が僕になる頃には同意しています。
「人は勝手に傷つくから」
どんなに気を遣っても、君の言葉(武器)は、見方によっては傷口を覆う盾であり、傷口をえぐる剣や銃になります。
君はいずれ、サイト、小説、SNSと、すべての文章を書く場へかけられる圧力を拒むようになります。
「僕の口を塞ぐな!」と怒ります。
気軽に外出できない君にとって、書き続けることだけが外界と自分とを対話で結んでくれるからです。
僕から「君は、君の感じる怒りは正しい」と安易な慰めをかけても、ただの自己正当化にしかならないのでやめておきます。
ただ君は「自分と違う意見もあって当然だ」と知っておいた方がいいです。
そうでないといつか、賛同者以外の声を聞かなくなります。
幸いにも僕はそれを知っているので、26歳の僕については「批判的な意見を聞く耳もある」と確約できます。
非難される気分はあまりよくありません。
ただ君自身が小説で「反対してくれる人がいないと碌なことにならない」と書いていたように、賛同者の海に浸って溺れることがないのは、きっと幸せなことなのでしょう。
ただし老化は人格を変えるので、未来の人格についての確約まではできません。
まっとうな人生、幸せな人生が待っているかもやっぱり確約できませんが、そこは僕次第なのでしょう。
君の問題ではありません。
ところで君の執筆について最も理解を示してくれるのは、サイトを咎めた母です。
母は小説のプロットの悩みまで聞いてくれます。
君は母を拒絶しますが、いつか頭を下げて詫びます。
僕にとって昨日のことでした。
最初に君を認めてくれるのは、君と僕の可愛い下の子です。
外で働けるようもがく君に、「小説家はねーちゃんの天職やと思う」と言ってくれます。
病気で休載していた小説も、ファンの方が毎年送ってくれる応援メッセージでなんとか完結させられました。
下の子に寝物語として聞かせていたものを現代版に組み替えて書いて早14年。
下の子とファンのみなさまがいなければ、君は執筆を続けられていません。
エンディングの相談相手となってくれた母がいなかったら、もっと浅い物語になったかもしれません。
君の、僕の執筆は、たくさんの人に支えられています。
だからここまで書き続けられました。
小説を書いていることを理由にいじめられても、書き続けることができました。
「傷ついた」と、記事の撤回に謝罪と何かしらの称賛を求めた父と、「ショックだったけど読んだ自分が悪かった」と言った下の子。
どちらが大人なのだろうか?と君は思いますが、きっと感性の違いなんだろうと僕は思います。
きっと誰のせいでもありません。
それでも父を責めたいのは、君自身が別の理由で父を恨んでいるからです。
執筆への圧力は無関係、いや関係はありますが、それがメインではありません。
君は「子どもだからといって何を言っても許されるわけではない」といつか知ります。
ただそれを「幼いからといって大人に何を言ってもいいわけではない」と解釈します。
その解釈は僕まで続き、現在の僕は「幼いからといって何を言っても許されるわけではないけれど、子が親に対して口ごたえするのは自立の一歩ではないか?」と考えます。
賛同して親を持ち上げることばかりが子の役割ではないと理解しています。
この理解は間違っているかもしれませんが、少なくとも君が僕になるまではそう考えています。
親と子で意見が違うのは、親と子だと言って別の人間だからです。
それを君は、もうすぐ自分の子どもが生まれる時期に理解します。
自分の子にはどうか自分の意見を押しつけないようにしようと誓うことになります。
君が奇っ怪な人生を送ってきたからです。
君は不安障害だと診断されます。
しかし医師も僕も、これだけの人生を送ってきたのだから当然だと言います。
病気ではありません。
当然の帰結でした。
だからこそ君の小説は、たくさんの人に続きを望まれ、涙をもらえるものになります。
君がここまで波乱の道を選ばなければ、僕の小説にここまでの深みは出ませんでした。
苦労してくれてありがとう。
僕は今、別の苦労を抱えています。
それもきっと、今後の僕の肥やしになるのでしょう。
僕が執筆を続けるのなら。
諦めずにいてくれてありがとう。
「幸せになろうと凄まじい努力をした」と褒められる人生を選んでくれてありがとう。
僕にやりたいことはありますが、不思議と後悔はありません。
不器用だけどかわいい人生を送ってくれてありがとう。
僕は今、恨まれる人には相当に恨まれているのだろうけれど、それ以上の人に愛されているんじゃないかな。
君の選択は、あんまり間違っていません。
要領は良くありません。
楽でもありません。
でもきっと最期には笑う力になる選択でしょう。
君が「どの後悔ひとつ欠けても今の幸せにはたどり着けなかった」と小説で書いた通り、どの不幸ひとつ欠けても今の自分(僕)には至らなかったでしょう。
今の僕は少し苦しみの渦中にいるから、断言はできません。
でもこれまでを思えば、これもまたきっと幸せを得られる選択でしょう。
ありがとう。
連載を終えた僕から、苦難を抱える君へ最大限の敬意を表して
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